最難関は母。
「それって飼われたいってこと?」
私の言葉に小瑠璃は尾を真っ直ぐに立てた。
「か、飼われたいですって!? 馬鹿なこと言うんじゃないわよ! 飼われるのは下僕の方!」
慌てふためく姿に思わず奏悟と顔を見合わせる。
「……猫又は尾が二つわかれているだけで、大した力のない妖だ。強いて言えば、長く生きてる分、知識が豊富ということかな。翁には負けるけど。杏香が飼ってもいいと思うなら、柚月さんと相談してみたら?」
「猫又を飼うと言ってもなぁ」
「ちょっとまた無視するんじゃないわよ!」
ぷりぷりと怒る小瑠璃に、私は屈んで視線を合わせた。
「うち、お金が足りなくて満足にご飯食べさせてあげられないよ」
その言葉に小瑠璃は怒りを収め、座り直す。
真面目に聞いてくれるようで、真っ直ぐ私を見てきた。
「……いいわよ。猫又になったからなんでも食べられるようになったし、食べるものが無ければ自分で獲りに行くわ」
「柚月さん……お母さんに訊いてないからまだわからないけど、その尻尾は一本に出来る?」
「出来るわ」
「それと、私以外の人前では人の言葉で話さないって約束出来る?」
「それは貴女の母親の前でもってことかしら」
「そう」
「わかったわ。約束する」
大人しく受け入れる小瑠璃が何だか健気に見えて、私は思わず頭を撫でた。
「じゃあ、何とか飼えるように柚月さんを説得してみる」
すると小瑠璃はくわっと牙を剥いた。
「私を飼うんじゃないわ! 私の下僕になるのよ!」
「はいはい」
小瑠璃の言う下僕という意味がわかれば、可愛らしいという気持ちしか湧かない。
撫でていると、次は喉も撫でろと身体を押し付けてくる。暫くもふもふしていると、奏悟が帰ろうと促してくる。
「それじゃ、行こうか」
歩き出すと小瑠璃も後ろからついてくる。揺れる尾はいつの間にか一つだけになっていた。そのまま、奏悟と話しながら帰路につく。別れ際に奏悟が小瑠璃に向かって話し掛けていた。
「杏香の家が駄目だったらうち来る?」
「はんっ。あんたのとこ行くくらいなら野良のままで結構よ!」
そんなやりとりをして、彼と別れて家に入る。小瑠璃には玄関で待ってもらい、私は先に上がって柚月さんを探した。今なら台所にいるだろう。読み通り、台所には柚月さんの姿があった。
「お母さん。ただいま」
「おかえりなさい。遅かったわね」
「う、うん。あのね、ちょっと、相談があるんだけど……」
首を傾げる柚月さんに、私は猫を飼ってもいいかと訊くと少し眉を顰めた。慌てて、自分のバイト代でご飯を賄うからと言うと、ますます眉を顰めた。
「動物を飼うのにかかるお金はご飯だけじゃないのよ? お世話だってあるし、病気になれば病院に連れて行かなきゃいけないの。そこでまたお金がかかるし、最後は看取って、さよならしなければならないのよ。最後までお世話出来るの?」
その言葉にグッと言葉が詰まる。何か言わなければと思考を巡らせていると玄関から小瑠璃の鳴き声が聞こえた。
にゃーん。
「え? もしかしてもう居るの?」
驚いた柚月さんに怒られる覚悟で答える。
「連れて来ちゃった。でも、賢い子だからずっと大人しくしてるよ」
柚月さんは溜息を吐くと玄関へと向かう。
小瑠璃は捨てられるのだろうかと思って付いていくと、小瑠璃と柚月さんが睨み合っていた。
「…………」
「……にゃうん。みゃああ」
きゅるんと瞳を潤ませて柚月さんを見る小瑠璃。とても可愛らしいが、柚月さんにも効いているのだろうか。
暫く見つめ合っていた両者だが、先に動いたのは柚月さんだった。
「……猫用のトイレとか、ご飯は自分で用意するのよ」
「!!」
我が家に新しい家族が増えた。猫又だけど。
私は元気に返事して、財布を握り締めて急いで小瑠璃を迎える準備をした。