4 笑顔ってさ
「——知ってた。いや、実は昨日知った」
俺は「してやったり」という顔をしている三奈の不意をついてそう言った。
俺の言葉に、三奈は珍しく口をポカンと開けている。
俺は未だ聞こえるあいつの演奏を小耳に挟みながら、言葉を紡いでいく。
「ナミが三奈であることも、三奈が俺が気づいていることを知っていたのも……三奈の気持ちも。全部全部、知ってた」
「っ……!」
「実はある奴に激励を受けてさ。『お前は何もしなくていいのか?』って。その言葉聞いて、どっか目覚めたんだよ」
未だに三奈は「信じられない」といった様子で俺のことを見ていた。
すべては、計画通り。
——あと十秒。
あと十秒もすれば、すべて終わる。
そして、あとたった十秒で——すべてが変わる。
「でも俺口下手だし、日本人のくせして日本語下手だからさ……」
三秒、二秒——一秒。
「だから、これだけ言わせてくれ」
俺がそう言った瞬間、「バンッ!」という野太い音と同時に何かが空中で弾けた。
観客の歓声が中庭まで響き渡る。
三奈はその方向を見て、固まっていた。
俺はちらりと空中を確認して、「フッ」と笑う。
そして三奈の方を見て、永遠にも感じられる一瞬の青春の音をBGMに——叫んだ。
「好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
空に浮かぶ、大きなハート。
軽音ライブというのを表向きに、『イザナミ』が俺たちに用意してくれたプレゼント。
そしてあいつが拗らせてややこしくなったこの恋に用意してくれた——最高のサプライズ。
それは想像以上に、俺の背中を強く押していた。
三奈の視線は、全人類誰もが持つ、誰かに抱く愛を物語るかのように大きなハートから——俺へ。
「…………ぼっ」
顔が真っ赤になって、顔から湯気が出始めた三奈。
三奈の口から言葉は出なくて、ずっと「あばばばばばばばばばば……」と壊れた機械みたいになってしまった。
そんな三奈の姿に笑顔を浮かべつつ、消えゆくハートに視線を向けた。
「ありがとう——勇士」
俺が相談して、この計画をすべて一人で組み立てたイザナミ。
どういうわけか正体を明かさないが、俺はイザナミが勇士であると、最初から分かっていた。
こんなにもめんどくさい俺たちの背中を押す奴なんて、この世界に一人しかいないからな。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばば……」
未だにショートする三奈。
俺は赤子を撫でるように、そっと囁く。
「三奈」
「ひゃ、ひゃいっ! あ、あぅ……あっ」
「ん?」
「佐久馬、笑ってる」
急に正気を取り戻して、いつもみたいにそう呟いた三奈。
俺はそんな三奈に最高の笑顔を向けて、言うのだった。
「あったりまえだ。だって笑顔ってさ、こういう時に笑うためにあるんだぜ?」
俺の言葉に、三奈は俺が見てきた中で最高の笑顔を浮かべて言うのだった。
「佐久馬のばか。でも、そんなところが——すき」
三奈が不器用ながらも不思議でややこしいアプローチをしてきて。
勇士がどうしようもない俺たちの背中を最後まで陰で押してくれて。
そんな夢みたいな奇跡が叶って、紡がれた『すき』の二文字。
青春の全てがこもった演奏は終わり、後は余韻に浸るだけ。
でも俺たちはきっと、いつまでも続くこの余韻を、噛みしめ続けるのだろう。
完