3 伊佐奈美勇士
全く、この二人がなぜ付き合わないのかわからない。
確かに、男女の末路が必ずしも付き合うということではないことはわかっている。
事実、付き合わないで程よい距離を保っている男女だっている。
だけど二人の距離感は、恋人を凌駕している。
そう、あの距離感は——夫婦。熟年夫婦の域だ。
法律が邪魔をしているだけで、この二人は結婚してもいいくらいだ。むしろ推奨。
「今日私、服買いに行きたい」
「ん」
「コーディネートよろしく」
「りょ」
こんな会話も日常茶飯事。
陰で「婚約してます」と言われても、二人のことを知る人なら疑いすらしないだろう。
「勇士は、部活か?」
「あぁ。まぁ大会近いししょうがない」
「そうか。じゃあまた今度一緒に行こうぜ」
「おう」
——嘘である。
今日は顧問不在のため、急遽オフになったのだ。
だけど、俺にはやることがあった。
秘密裏に進めてきた、あることを。
「じゃあ行くか」
「ん」
二人が仲よく並んで、教室を出ていく。
俺はその後ろ姿を見届けたあと、あの二人には内緒で軽音部の部室に向かうのだった。
***
『明日、私告白しようと思う』
『……そうか。ついに、か』
チャットで会話をする。
相手は俺のネッ友であり、たまに三人で協力プレーをする三人のうちの一人である——ナミ。
今日も今日とて、俺はナミから恋愛相談を受けていた。
『心の準備とかは大丈夫なのか?』
『大丈夫。イザナミのおかげ』
『そりゃどーも』
イザナミとは、俺のキャラネームのことだ。
なぜイザナミにしたかと言われれば……言わなくても分かるだろう。
苗字をいじっただけだ。
『で、告白するなら中庭がいいぞ。明日の放課後は広場で軽音部のライブをやるらしいから、誰もいないと思う』
『わかった。イザナミの言うとおりにする』
ちなみに、同じ高校の生徒というだけで、三奈は俺が伊佐奈美勇士であることを知らない。
佐久馬も同様である。
『あと、告白はシンプルでいい。小説みたいに、うまく言葉が出てこないからな』
『ん、分かった。簡潔に伝える』
どこか抜けているところがある三奈だから、少し心配な気持ちもある。
けどここまで大掛かりなことをして頑張ってきた三奈だ。きっと成し遂げるに違いない。
あとは、俺が最後のアシストをするだけだ。
『応援してる。きっとナミなら、大丈夫だ』
『ん、ありがと、イザナミ。ほんとは直接会ってお礼をしたいけど……』
『俺はシャイなんだ。許してくれ』
『そっか。ならしょうがない』
嘘だ。シャイどころか、毎日言葉を交わしている。
だが、やはり恋は観客席で程よく野次を飛ばしながら見るのがちょうどいいのだ。
それにこういう陰で暗躍する裏方業務……嫌いじゃない。
『じゃあ頑張れよ』
『ん、本当にありがと』
『おう』
そこで三奈はログアウトした。
俺はログアウトの文字を見て一息つきつつ、別のルームを開く。
三奈がメッセージを送ってきたときにちょうど、もう一人からもメッセージが送られてきていたのだ。
『ヤバい。俺明日、好きな人に告白されるっぽい』
その相手は——サクマ。
この二人、ほんとに息ぴったりだ。
『なるほど。詳しく話を聞こうか』
俺はこれから徹夜になることを覚悟して、そう返した。
——さてと、最後の仕上げに入るとするか。
***
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」」」
割れんばかりの歓声が広場を包み込んだ。
相当広い広場にも関わらず、人がぎっしりと広場に集まっていた。
俺はステージに立って、最高潮の盛り上がりを見せる観客たちを一望した。
「皆さん初めまして、伊佐奈美勇士と言います」
「「「知ってるぅ~!」」」
観客からそんな声が揃って聞こえた。
すげぇ嬉しいけど、すげぇ恥ずかしい。
「今日は軽音ライブのシークレットゲストとして登場させていただきました。ほんと、無理言って頼み込んだ甲斐あったぜ」
「いやいや何言ってんだよ。頼み込んだのはこっち!」
「あはは、そうだっけ?」
軽音部のドラム担当とそんな会話を繰り広げると、たちまち観客から笑いが起こった。
掴みは万事おっけー。これはいけそうだ。
「えぇーでは早速、今恋をする特別な人に、この曲を捧げます。少しでもあなたの背中を押せますように」
息を吸い込んで、マイクの前に立つ。
さぁ、始めよう。
これでミスったりしたら、許さないからな——佐久馬!
「聞いてください。『サプライズ』」
二人に向けて……二人だけに向けて。
俺は歌い始める。
そっと背中を押すみたいに。