32.パイロット談義。
前回の出来事: サキュバス少女の持つ白いチューブをじっと見てしまった。
「……すみませんでしたわ」
漸く自分を取り戻せたアリエスは、モアーズに失礼が無いようにゆっくりと彼女の両手に握られた自分の手をほどいていく。
先ほどの羞恥の色はだいぶ収まったようだ。
しかし、よく確認すると、アリエスの頬と握られていた手は、まだ赤く染まっている。
「アリエス様の方のチューブは名前の通り赤いのですね」
「そうなのですわ。私も共和国では結構、好奇な目で見られて困りましたの」
モアーズの巧みな会話の誘導により、アリエスはまた自然な形で彼女と会話が出来るようになってきた。
顔の熱も次第にとれてきたアリエス。
だが、この熱はこの先も完全に無くなる時は訪れなかった。
◇
通常、巨竜機人の操縦は2人で行われる。
巨竜機人の操縦室には主座席と後部座席の2つの座席があり、名称の通り前方に位置する主座席に主操縦士が座って操縦を行う。
後部座席に座るのが副操縦士で、その役割は主操縦士の補佐になる。
実は主座席と後部座席で出来ることの違いはなく、後部座席でも主座席とまったく同じ操作が行える。
では、何が違うのかというと、いちばんは『操縦士の視界』である。
主座席からの視界は後方以外の視界を全て確認できる。
後部座席からの視界は前の座席に座る主操縦士の状況を常に把握出来るような配置になっている。
そして、後方の視界の確認は副操縦士の役目になる。
「モアーズさんはどちらの席が好きですの?」
「ボクはどちらかというと『後ろ』が好きですね」
食事を終えた2人の会話は自然と巨竜機人の操縦談義へと移っていた。
操縦士同士は自然とこのような話をよくして、相性が良い相手を探す生き物である。
そして、その相手を見つけてパートナーを組んだ後は、お互いどんどん無口になっていくのが常であった。
「そうなのですね。でもモアーズさんは『前』もかなり出来るタイプと感じましたわ」
「ありがとうございます。アリエス様は完全に『前』のタイプですね」
巨竜機人の操縦士を目指す者たちは、殆どが『前』――即ち、主座席に座ることをどちらかというと好む傾向がある。
巨竜機人を操縦するということは、かなりの爽快感と万能感を伴うが、それは主操縦士の方がより強い。
「私恥ずかしながら『前』に合わせるのが苦手みたいで、『前』にばっかり乗ってましたの」
「アリエス様はそれでいいと思いますよ。アリエス様の『前』は『後ろ』から見ていて気持ちいい主っぷりで、副のしがいがありました」
パートナーの組み方のパターンとして、「同程度の能力同士で組み、搭乗ごとに『前』と『後ろ』を交替する」のパターン1と、「『前』を好む者と『後ろ』を好む者が組む」のパターン2という2つに分けられる。
『後ろ』を好む者は少ないため、殆どがパターン1になるが、訓練や実践を通して向き不向きが分かってくる事で、将来的には座席が固定されることになる。
『後ろ』を好み、その技量も高いモアーズは、普通なら人気物件になるはず。
どうして、彼女が1人余っていた状態になっていたのだろうか――――
「『前』でもボクがいちばん技術が上だったんですよね……」
このモアーズのセリフで、アリエスは全て納得できた。
いくら『後ろ』を好んでも、自分より『前』の適性が劣る者の『後ろ』には乗りたくない。
巨竜機人の操縦士とは自尊心の高い生き物――それは、同じ存在であるアリエスにも十分に理解できる感情である。
2人でパートナーを組んでまだ1回目の訓練。
その関係性はまだ未定である――――。




