短編:神産みの剣 後編
この短編は「035 : 魔法の練習と、広い空間」の後として考えた短編の、後編です。
「なに? この状況?」
世界が滅びる気配がした。
私は、魔法少女の戦闘形態になり、異常な力が渦巻く場所に『転移』すると、焦げ臭く、生臭く、少し遠くには、勇者と魔王らしき者達がいる。その反対側には、何故か武装した軍人がいる。そして目の前には、真っ黒に焦げ、腐り、それでも生きている『何か』がいる。
「たすけ……て……」
黒い塊が、かろうじて腕だと思える物体を、私に伸ばしてくる。
すると、ガラスが割れるような音が聞こえた。同時に、転移前に発動させていた魔法が、一つ破壊されたのを感じた。
(これ、触ったらダメな奴だ)
直感で『触らない方が良い』と思った。なので私は、聖域を発動させる。
(聖域:起動)
弾かれたように、何者かの腕は空中で止められる。
「シルフ、これ何?」
「多分だけど……神かな」
「……これが神?」
「力の総量だけで見れば、かなり上位の存在かも」
悍ましい物体、それ以外の言葉が出てこない。百歩譲って生物だと仮定するなら、口から破壊ビームを出す、某アニメの巨大生物を思い出す。
「でも、誰か居るね……。依り代にされた人間の魂かな」
「……私にも"視える"よ」
黒い生物は、私へ縋るように、聖域の境界へ手を伸ばし続ける。境界に触れた部分から、血が滴り肉が抉れ、それが地面へ落ちていく。その中には、白い塊もあり、腐った肉の中から、親指と同じ大きさの芋虫が現れる。
「私を殺して……お願い、たすけて――」
先ほどよりも、言葉に鮮明さが増していた。
あまりの凄惨さに、目の前の存在が望むように『殺そう』と思うが、自分の持っている力では『不可能』であると思った。そもそも、相性が悪いのだ。
私は因果を操る性質を持つが、目の前の存在は『不滅』という因果を持っていた。対処は出来るが、殲滅にまでは至らない。
「シルフ、どうすればこの人の、苦しみを終わらせられる?」
この存在を、目の届かない場所へ飛ばすだけなら簡単だった。量子空間に閉じ込め、封印したり、気まぐれで作った攻撃魔法で、無限に終わらない苦しみを与える事も出来る。
私が作った攻撃魔法は、作った時は仕組みまで考えていなかったが、今ならその構造が理解できた。負の時間軸を持つ量子空間の中にブラックホールを作り出し、外部との因果が永遠に交わる事の無い事象の地平線に閉じ込める魔法。プラスとマイナスが逆転するように、三次元の世界とは時間に対する概念が逆転している位相世界で、何億年もかけてブラックホールが発生する前の状態に戻ろうとするが、ブラックホールの中心では停止と呼べるまで時間が引き延ばされる。肉体は朽ちることなく、ゆっくりと再生していき、死ぬ事が無い。体感時間も、負の時間軸が停止しようとする負の方向への力で相殺され、この世界と同じように感じる。つまり、無限地獄が始まる。
閑話休題。
話が逸れてしまったが、封印ではなく『殺害』を目的とすると、途端に難易度が変わる。
私は肉体的な強靭さでは、相手に負けなかったとしても、例えば夏美のように、高エネルギーで相手を焼却する特殊な攻撃手段は持っていない。
もし物理で殴っても殺せない相手で、それが『不滅』という因果を持っていたら、いったいどうやって、消滅させられるというのか。
この結論を出したのは、聖域より先に、カウンターとして発動する、因果を操作する魔法が突破された時。相手に実力があるから破られたのではなく、因果を操作する魔法自体は『発動』したが、結果が存在しないから何の現象も起きなかった。
強さで言えば、私の方が上だろう。それは分かるが、殺せないのだ。封印し、実質的に殺す事はできるが、それでは、この存在の苦しみは終わらない。
「神としての力が、不死に近い現象を引き起こしてる。封印が駄目なら、いっそ、力そのものを書き換えた方が早いかも」
「出来るの?」
「冷なら出来る」
シルフは、具体的な方法を語り始める。
「冷の力で『精霊』を作って、この人を魔法少女にすればいい。僕の方で、神の力を分解して魔力に変えるから、生み出された魔力で魔法少女の身体を作って、この人の精神と繋げれば良い」
「……魔法少女に変えたとして、生身の肉体はもう手遅れな気がするけど……」
既に、人間では無くなっている。焼け、爛れ、腐り、溶けているモノ。
瞼は焼け落ちているが、目だけが無傷であり、口に見える窪みからは、呪詛としか思えない叫び声が聞こえてくる。およそ、まともな生物とは思えない。
「……元の人間には、戻れないだろうね。魂の方も、神の力と融合してるから、分離できない。だから分解して『魔法少女』に再構築する。それくらいしか、対処方法が思いつかない。ただし、力を分解したくらいじゃ、神はいずれ再生する。でも、僕たちがその魔力を取り込んだら、力が穢れすぎているから、僕たちの魂が不純物に汚染される。だから、魔力のまま物質化を促し、肉体を作って、魔法少女の力で上書きするしかない」
「なるほど」
方法を考えていると、シルフから知識を共有される。
最近、シルフとの精神的な同調が進んで、情報の伝達が早くなった。言葉にするのが難しい時は、考えるだけでお互いの考えが、伝わるようになった。
(これが、以心伝心ていうのかな)
(冷は最近、人間の域を超えてる気がするよ)
「……始めようか」
まずは、聖域を解除する。
私と、外部を隔てる壁が無くなる。
血と腐肉、それを食べている蟲と、よく分からない液体が目に入る。吐き気を催すような悪臭で、気分が悪くなるが、私がそうすると決めたので、歩み寄る。
(触りたくない……でも、救いを求めてくるなら、応えてあげないとね……)
数か月前の自分なら、確実に封印を選んだのに、今では自ら進んで面倒事に関わっている気がする。
「あっ……」
触れた瞬間、黒い塊が人間らしい声を上げる。
(分解を始めるよ)
(お願い)
シルフが、神の力を分解していく。魔力になったそれを、量子空間に集め、聖域の魔法で支配下に置く。これで、自分以外の魔力を扱えるようになる。
「貴方の『理想』をイメージして」
私は、問いかける。
聞こえているか分からないが、魂も魔力へ分解されるので、質問が届いていれば、集めた魔力を通してイメージが伝わってくる。
「苦しみを終わらせる為に、苦しみを背負う覚悟はある?」
神が何なのか、細かい部分は分からないが、力を再構築しても、それを身体に宿して生きるとなれば、人間らしい生活になど戻れるか分からない。不滅という性質ともなれば、何十年、何百年、下手をすれば何千年も生きる可能性がある。
「生きる覚悟はある?」
黒い塊は、全てが魔力に溶かされ、この場から消える。
(魂の分離)
(精神の抽出)
(『精霊』の創造。人格のベースは私)
(肉体の構築)
(分離した『神』を、神格として精霊に付与)
(神格の制御に不足する魔力の譲渡)
神だったものを、魔法少女へ再構築していく。
精霊が持つ性質は『炎』と『不滅』になる。次に、杖を作ろうとしたら、何故か『剣』の形を取り始める。これは、神の力に影響されたのだろう。一応、私が与えた『精霊』の方が、力の総量は上回っているので、暴走するような事はないだろう。
身体は、無事に作ることに成功した。髪は赤みのある黒で、鋭い眼差しが特徴の少女になった。
自分を参考にしつつ、アレンジを加えた魔法少女の衣装も、作り出す。
(これ、魔法少女って言えるのかな……?)
魔法少女というより、漫画やゲームで描かれる『女勇者』みたいな姿になってしまった。
(精神の結合)
準備が出来たので、量子空間に収納してある身体を、この世に出現させる。
「……?」
自らの身体を『少女』は確認している。腕を撫でてみたり、顔に触れてみたり、短いスカートを引っ張ってみたり。
「私……生きてるの?」
呆然と呟いている。
「貴方、名前は?」
「えっ、あっ……」
声をかけると、少女は私の存在に気付いて、畏まったように姿勢を正す。元の性別は不明だが、見ている様子から判断するに、女性っぽく見える。
「……私を、助けてくれたんですね。全て、思い出しました」
「なんて呼べば良い?」
「片桐 理名です。助けて下さって、ありがとうございます!」
言葉は大人びているが、雰囲気は若く感じる。姿でそう感じるだけかもしれないが、高校生か大学生くらいだろうか。
「感謝するのは、早いと思う。まだ伝えるべき事が、いくつかあるから……」
片桐 理名という人物が、今の状況をどう認識しているのか分からないが、身体が新しくなり、不都合な事も出てくると思う。それを知る前に、感謝を述べられても、むしろ後ろめたさが勝ってしまう。
例えば、今のままでは、家族や友人がいても、元の人物だと理解されない可能性が高い。仮に、納得してくれる人がいても、今度は面倒事に巻き込まれるかもしれない。
「貴女はこれから、魔法少女として生きていく。元の人間の身体は、既に残っていないから、誰も貴女の事に気付かない」
「……分かってます」
手のひらに乗る程度の、小さな兎の姿をした『精霊』を、少女へ差し出す。
「細かい事は、この『精霊』が説明するけど、貴女は死ぬ事が許されず、生きる事を強制される。魔法少女としての義務はないけど、身寄りを失ったこの世界で、生き続けなければいけない。それはとても、大変だと思う」
それも、魔法少女になる過程を考えたら、私が滅ぼせない存在である上に、私が作り出したのだから、私を超える力の持ち主が現れなければ、滅びる可能性は少ないだろう。
「それでも、私に感謝するの? 苦しみは終わったけど、新しい苦しみが貴女を襲うかもしれない。魔法少女として再構築はしたけど、下手をしたら、一万年後も生きてるかもしれない」
それでも感謝するのかと、暗に問いかける。
「苦しみが終わっただけで、私は救われました。今聞いた事が本当だとして、可能性は低いですが、いつか私があなたを恨む日が来るとして、そんな未来は、ずっと先です。家族の元に帰れない事も、最初から、帰るつもりはありませんでした」
それよりと、少女は言う。
「ご自分を、責め過ぎでは? 助ける事に、引け目を感じなくて良いです。手を差し伸べても、その後の生き方まで、責任を持つ必要もありません。私は、そこまで弱くありません」
確かに、その通りかもしれない。私は理名を魔法少女にした責任について、考えていた。
(……助けたのは、余計なお世話だったかな?)
「すみません。変な事を言ってしまって。それでも、私に恨まれるように誘導してまで、自分の行動に責任を持とうなんて、考えなくて良いです。私は救われた。それ以上の意味を、私は必要としていません」
「……そう、かもね」
「そういえば、お名前を教えて頂けませんか?」
「私は、冷」
口の中で反芻しながら、記憶に刻み付けるように、少女は私の名前を小声で呟いていた。
「冷様……救って頂いた恩は、一生忘れません」
「忘れて良いよ」
理名という少女は、私の前に跪く。
「周りで呆然としている人たちがいるし、場所を変えようか。落ち着いた話もしないと」
「走りますか?」
「いいえ――転移する」
そう言って、私は理名という新しい魔法少女の手を取る。
どこに行くか迷ったが、自宅へ連れて行く訳にはいかず、魔法で部屋を作り出す。最低限、生活するのに必要な設備を用意し、余裕を持った広さに設定する。
作ると同時に、私たちは見知らぬ部屋の玄関に転移する。靴を脱いで部屋に入ると、キッチンやトイレ、お風呂もある。部屋には窓もあったが、白い霧で遠くが見えない仕様になっている。
(私の部屋より、広い……)
自分で作っておいて、私の部屋より広くなっていた。部屋にはソファーと机があり、まずはここで、今後について話し合う事にする。
「とりあえず、座って」
部屋を広くしすぎたそのせいで、魔法を維持する魔力も、それなりの量になってしまう。仕方ないので、理奈が中に居る間の維持は、彼女の魔力で行うように魔法を作り変える。
魔力の総量では私の方が上だが、この魔法は消費が激しく、常駐させると他に割けるリソースが無くなってしまう。
上限は私には及ばないが、理名が持つ力の規模は大きく、なにより回復量だけは、私に比べて異常に早かった。試しに、部屋を維持する魔力に、精霊経由で理奈の魔力を使って見ると、減る量と増える量が均衡していた。存在の核となる神格が、魔力を消費すると同時に回復させていた。例えるなら、魔力の永久機関と言っても差し支えなかった。
(……何か、危険な存在を生み出したような?)
一瞬、少女の行く末を考えて、とんでもない化け物を生み出したように思ったが、私が言える立場ではないと思いなおす。
「しばらく、この部屋を使って良いから」
「……家賃が高そうですね」
「玄関から出ると、人気の無い場所に出入り口が作られて、外出も可能。肉体は、私の身体をベースに作ったから、申し訳ないけど、私の服と下着をとりあえず渡すから、使ってね。外で買い物できるよう、生活に必要なお金も置いとく」
最低限の衣食住は用意した。
この少女が、これからどのように生きていくのか、本人の意思を尊重し強制することは無い。もし肉体は変わっても、元の場所へ帰りたいと望むなら、勝手にすれば良いと考えている。
それより、私が心配すべきは、これが『誘拐』と思われないかである。そうは言っても、超常の力で肉体を失い、紆余曲折あって、新しい身体に生まれ変わったと周囲に説明しても、信じる者はいないだろうこと。もし信じたとして、異常な力を身に宿す事が知られたら、どう扱われるのか。
どう転んでも、普通の生活に戻れそうにない状況で、どんな生き方を勧めろと言うのか。
「連絡は、精霊経由で伝言が可能だから、いつでも呼んでね」
「何もかも、ありがとうございます」
「ここで過ごすなら、最低限の支援はするけど、生き方を強制する事は無いから、安心してほしい」
簡単に聞こえるが、世間から失踪したまま生活するのは、この日本では簡単ではない。まず、国籍や身分を証明できないと銀行口座が作れない。その理由で、仕事は現金支給で本人の素性を気にしない仕事である必要がある。そもそも、連絡手段として携帯を作ろうとしても、身分証が必要になるなど、堂々巡りになってしまう。
もちろん、新しく戸籍を取得する方法が、全く無い訳ではないし、非合法な方法も含めれば、不可能ではないだろう。しかし、普通に生きていれば、そんな知識や方法を、知っている訳もない。私は、冷として新しい戸籍を用意したいと考えた時期もあるが、あまり情報が出て来なくて諦めた。
「今日のところは、気持ちの整理もあるだろうし、私は失礼するね。また明日、この時間に来るから」
「あっ……」
私は、コミュニケーションが苦手である。改めて、その事実を認識する。仕事以外では、初対面の人物に対して、一方的に話す事はできるが、会話のキャッチボールが出来ないのだ。
返事を聞く前に、転移を発動させていた。何か質問でもあったのか、声が聞こえた気がするが、気付いた時には既に手遅れだった。
(今日は、疲れたな……)
最近、危険な気配を感じる頻度が、上がっている気がする。そして、危険度も上がっているように感じた。
世界には、私が知らないだけで、まだ不思議な事が、たくさんあるのかもしれない。
そう思いながら、仮眠を取ろうと布団に横になった。
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