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EP01::魔法使いと助手



「おい、おいってば。起きてくれ、我が助手」

「……一体なんです?」

 列車に揺られ、転寝していたソラは別の力に揺り起こされた。

 正体は正面に座る雇い主である。

 車窓の外はまだ暗い。

 夜の闇が引けてない状態で、車内の灯りで反射し、その座席に座る彼らを写していた。

「見ろ。窓は黒く、車内には人っ子一人いない。私は手持ちの本も読み終わってしまって、とても暇だ」

「……それで?」

「キミ、起きて私の話し相手くらいは務めたまえよ。一応キミの雇い主だぞ」

 むう、と口を尖らせて彼女は言った。

 ソラは頭を左右に振った。

 夢を見ていた気がした。何、たいしたことはない。悪夢でもなければ、幸福な夢でもない。

 ただの記憶だ。

 つい先日の記憶。

 妹との痴話喧嘩のようなものだ。

「寝かせてくださいよ……まだ着かないんでしょう?」

「うん。所要時間はざっと五時間ほどだ。つまりあと二時間はかかる。何しろここからあの町は遠くてね」

「魔術師の町、でしたっけ?」

 ぐ、と身体を伸ばしてソラは呟いた。

 ただの列車ではない。

 乗り場こそ福渡町の駅にあったものの、辿り着くまでに壁を通り抜けたりした。

 それだけでもソラにとっては疲れる事案である。

 目に見えたもの、その手で触れたものだけが信じられる全てだったソラにとって、そういう、わけのわからないものはどうにも慣れない。

「サン・ジェルマン伯爵が最後にした仕事は魔術師からの依頼だった。ともすれば、総本山たるそこに乗り込めば何か掴めるだろうし」

「はあ。ところでそこって外国って扱いになるんですか?」

「所属国はやはりイギリスになるのかね。ただ、あそこはとあるイギリスの魔術師が空間ごと切り離した異世界のようなものだ。時間の流れも似て異なる場所だよ」

 ちっとも想像できなかった。

 否、ちっとも、ではない。

 多少は想像できた。あの、得体の知れないグミが出てくるような町並みは想像した。

「……ラビさんて、あっちはいったことあります? パーガトリー」

 苦虫を噛み潰したような顔で、ソラは呟いた。

「ああ。あの独立水上都市か。もちろんあるとも。……ってなんだ、その嫌そうな顔は」

「いえ、別に。ただ、その、なんつーか、あそこってラビさんたちみたいのがいっぱい居るんでしょ。どうして隣町のそこじゃなくて、福渡町なんかに身を置いてるのかなって」

 ラビは目を輝かせた。

 あからさまに嬉しそうに、身を前のめりにさせる。

「なんだキミ。つんでれってやつだな? 嫌だっていうわりには、私の話し相手になってくれようとする!」

「どうせ逃げられないって思っただけですよ。寝たってまた起こすでしょ」

「そりゃまあその通りだが。うん、それでもね、嬉しいものだよ」

 列車が揺れる。

 その揺れにあわせて体勢を変えるように、ソラは窓枠に頬杖をついた。

 視線を窓の外に逃がす。

 とはいっても、相変わらず真っ黒なのだが。

 結局目に映るのは、反射した窓越しにもわかる嬉しそうなラビの姿だ。

「とはいえね、パーガトリーには頼まれたって住みたくない。だってあそこは本物がうじゃうじゃいるだろう? あんな場所じゃ、私程度の魔法使いは中の上だ。たいしたことはできない」

「本物って、ラビさんだって本物ってやつじゃないですか」

「そりゃね。でもキミ、魔法使いと悪魔はデキが違うよ。日本のカミサマやら妖怪やらともルーツが違う。女神なんかもそうだが、彼らは現代風にいうとチートキャラだ。そんな連中に混ざって探偵家業なんて、地獄をみるに決まってる!」

 独立都市パーガトリー。

 日本であって日本ではない、奇妙な入場制限が設けられた島。

 福渡町の隣町として一応存在はしているし、福渡町からならば船かレールが通っている。

 しかし、しかしだ。

 奇妙な入場制限が存在し、一般のニンゲンは立ち入れない。

「もちろん、彼らが居る分、私も魔力不足には事欠かないけどね。あの島、魔力の溜まり場だから。でもそれを含めたって、私は長居したくはないな」

 ぴしゃりと言い切られて、ソラはますます顔色をにごらせた。

 ソラはその都市を知らない。見たことはない。聞いたことがある程度だ。

 彼女がいうのだから、そうなのだろう──とは思うが、言葉通りに、悪魔やら女神やらが闊歩する町、なんて想像がつかなかった。

 魔法使いの彼女の存在でさえ、認めて飲み込むのに一週間はかかったというのに。

「……その、危険、とか、ないんですかね」

「危険なんてあるに決まってだろう。それよりなんだい。キミのトモダチでもパーガトリーに攫われたのかい?」

「…………」

 ソラは押し黙った。

 サン・ジェルマン伯爵とはまた別の理由である。

「……いや、その」

 ややあってから、言葉を紡ぐ。

 どういっていいかわからない、そんな様子で、困ったように言った。

「俺も、よくわかんないんですけど」

「うん」

「妹が、ですね」

「うん」

「パーガトリーに進学する、とかいって、ちょっと前に家出たきり、帰ってこなくて」

「あらま」

 ラビは目を丸くした。

「なるほど。心配なんだね?」

「……まあ、それなりに。一応、妹なんで」

「しかし、パーガトリーに進学か。厄介な学校にいったものだ。そりゃ今生の別れかもしれないな」

 今度はソラが目を丸くして振り返った。

 その形相に、ラビは慌てて訂正した。

「ああ、ごめん。ちょっと表現が重すぎた。けど、うん、方向は間違ってない。だってあそこ、特殊な職種しか育ててないだろ?」

「……悪魔使い、とかになる、て」

「悪魔使い! ああ、なんてことだ。魔法使いの助手の妹が悪魔使いとは」

「もう一人の妹は、家出してて、そのあと一回会ったんですけど、なんか、エクソシストとかいってましたけど」

 ブフッ、とラビはたまらずふきだした。

「まて、まてまて。傑作すぎる。なんだそれは!」

 怪訝な顔をするソラの前で、ラビは今にも笑い転げそうだった。

 腹を抱えて、ひーひーと息をする彼女の姿は道化そのものである。

「そりゃキミも助手じゃなくて弟子にしなきゃつりあいがとれないな!」

「勘弁してくださいよ。俺、そういうの苦手なんですってば」

「もちろん冗談だとも。弟子なんてロクなもんじゃないことは、私も身にしみてるさ!」

 がたん。

 列車が大きく揺れて、ようやくのこと真っ黒の窓に景色が灯った。

「あ」

 ──町だ。

 中世ヨーロッパを思わせる町。

 その真上を、列車は飛んでいる。

「おお、ようやく中間地点か。ここが異世界への入口だよ、助手くん」

「中間地点?」

 ソラは聞き返した。

 確かにまだ到着予定の時間までだいぶあったが、眼下に見える町が『普通の町』には見えない。

「世界を広く構築してあるんだ。ここに住んでいるようにみえるものは全部ニセモノ。とくに意味はない」

「じゃあ、ここもヨーロッパとかじゃない、と?」

「平たくいえばね。キミの知るヨーロッパではないとも。ええと、なんだ。君たちでいう模型だよ。モデルルームみたいな」

「なんでそんな……」

「無駄なことを、かい?」

 ラビはパチンと指を弾いた。

 彼女の目の前に、コトン、とティーカップが現れる。

 続いて、まるで彼女の手にあわせたように、ティーポットが現れた。

「そりゃさっきみたいにずっと車窓が真っ黒だったら気が滅入るだろ。目の保養ってやつさ。あとはアレ、どこの異世界にもね、なんらかのバグで迷い込むものがいる。そういったものをここでせき止めて、本拠地にはいけないようにしているのさ」

 もう一度、パチン。

 ラビの指が鳴って、今度はシュガーポットが出てきた。

 四角い砂糖が、──ぽちゃん。ティーカップの紅茶へと沈む。

「ここに迷い込んだら、そいつはどうなるんです?」

「どうって、決まってるだろ」

 付属品のようにソーサーについてきたティースプーンを手に取ると、ラビはぐるぐると紅茶をかき混ぜた。

「ここに出口はないんだ。死ぬしかあるまい」

「……!」

 ソラはゾッとした。

 眼下に広がる、美しい町並みのどこかに、今も誰も触れることの無い死体がある。

 そう思うといたたまれない気持ちになった。

「我々なら滞在も可能だがね、君たち、水と栄養が必要だろう? そういうもの、備わってないからね。ここは」

「ラビさんは降りたことが?」

 こくり。ラビはうなずいた。

「誰も来ない、居るはずのない場所というものは『傷を癒す』のにちょうどよくてね。それから考え事をするときも、ここにくる」

「じゃあ、迷い込んだひとを、みたことも?」

「いいや。そうそうそんなレアケースはあるまい。私だってここは『お気に入り』というには程遠いからね」

 そういうと、ラビはティーカップに口をつけた。

 ソラの目は眼下の町に釘付けだった。

 もし、何もしらない自分が、あんな町に迷い込んだならとても生きていける気がしなかった。

「さっきから熱心だね。さては人影でもみつけたかい?」

「いえ。そういうわけじゃない、ですけど」

「そんなに興味があるなら、今度連れて行ってあげよう。君一人なら死んでしまうが、私も一緒ならば問題あるまい」

 目の前で優雅に紅茶を啜る彼女が、ソラには異様に見えた。

 いや、それは今までも何度かある。

 けれど今は、そんな異常なことを普通に話す彼女が、異様に見えた。

 自分とは全く違うものだ、と見せ付けられているようだった。

「……ていうか、ラビさん。魔法で紅茶いれてますよね。普段からそうすればいいのでは」

 無理矢理に話題を変えた。

 視線も町からそらした。

 受け入れるのには、まだ時間がかかりそうだった。

「おいおい。キミね、そんなの毎日、毎時やってごらん? それこそ魔力の無駄だ!」

 ラビはむっとした顔で応えた。

「それにね、自分でいれるよりもいれてもらったものの方が私は好きなんだ」

「味って変わるもんですか?」

「変わるとも。キミの気持ちが入る。複雑な味がするんだ」

 にわかには信じがたかった。

 おや、とラビはクツクツ笑った。

「信じられないって顔だね? いいだろう。そのうちわかるようになるとも」

 ずず、とラビは紅茶を飲み干した。

 ぱちんと指を弾くと、それらはすぐに消えてしまった。

「他の車両には、客って乗ってるんですかね」

 不意に思い出したように、ソラが呟いた。

 おのずと視線が眼下に落ちそうになるのをこらえていた。

 車窓からは、この車両以外にちらりとも見えたりしなかった。

「ああ。もちろん。客のグループごとに分けられてるだけで、我々以外にも乗ってるよ」

「それ、つまり、それぞれの客にそれぞれ一車両割り当ててるってことですか!」

「隔離は大事な行為だ。客同士のトラブルで空中分解とか、御免だろう?」

「ええ……、思ってたより過激な理由なんですけど……」

 ソラは立ち上がった。

 テーブルとソファとの隙間を抜けて、通路へと出る。

 車両を区切るドアには、一切の窓がついていない。

「これ、あけても?」

「いいよ。やってごらん」

 ドアノブを握る。

 ソラは、一思いにそれをまわしてドアを開けた。

「え……」

 そこは中間の通路やつなぎ目などではなかった。

 闇だ。

 夜の闇が、そこにあった。

 ドアから先がまるでみえない。

 そも、足を踏み出したら何もないのでは、落ちてしまうのでは、と思った。

「こうして客と客を隔離し、我々は大人しく目的地まで運ばれる」

 いつの間にか、ラビはまたティーカップを手にしていた。

 ソラが席から離れている隙に、またいれたようだった。

「だからサービスとして菓子を売りにきたり、飲み物を販売しにきたりもしない」

「ああいうのは嫌いですか?」

「いいや。私もニンゲンに混ざって乗ってみたいものだよ。昔はそうはいかなかった。私たちにひどく過敏な反応を見せる連中が多かったからね」

 彼女の言う昔が、どの程度の昔をさしているのか、ソラにはわからなかった。

 確かにラビの外見は異質だ。美しいブロンド髪も、その澄んだ目も、ニンゲンからは少し離れている。

 見慣れてきたからそうは思わないが、顔立ちは整っているほうだ。

 ──しかし、その程度である。

 羽が生えているわけでも、角があるわけでも、隠せないほど大きく鋭い爪や牙があるわけでもない。

「別に、普通に乗れそうですけどね」

 ソラはぽつりと呟いた。

 昔のニンゲンが何を感じ取れたのかはわからないが、少なくともソラにはわからない。

「そうかい? じゃあ今度、旅行に付き合ってくれよ」

「いいですけど、仕事としてですよ」

「むう。それだと私が必要経費としてキミの旅費も出す感じじゃないか!」

「そりゃ、俺そんなに金とか持ってないですし」

 ソラの両親はいない。ある日を境にいなくなった。死んではいないようだが、行方不明も同然である。

 妹二人を養うため、高校も中途半端に働いたが、その妹二人も独立。

 ……いや、片方はまだ学生だが、学費についてはソラの手から離れた。

 何でも、学費を出してくれるものがいるのだとか。

 ゆえにソラは今、以前よりも少し余裕はあるものの、家のローンと自分の生活費を捻出するために働いている。

「両親が家のローンさえ全額払ってくれたなら、少し樂なんですけどね」

「ふむ。いっそ売り払ってアパートか、あるいはうちの事務所に住めばいいのに」

「勘弁してくださいよ。妹たちが帰る場所、なくなっちゃうでしょ」

 そういうものか、とラビは不思議そうな顔をした。

「……ラビさん?」

「いや、なんでもないよ」

 ソラが覗き込むと、すぐにラビは顔を横に振った。

 ほんとに、と言葉で防壁を張るようにその単語を繰り返し呟いた。

「ならいいですけど」

 そのあとはしばらく無言だった。

 快調にしゃべっていたラビがしゃべらなくなった。

 何か思うことがあったのだろう、とソラは仕方なしに車窓へと視線を戻した。

 二時間が過ぎる。

 町が次第にニセモノからホンモノへと変貌していって、最後には煙を吹いた。

「蒸気機関……!」

 フィクションで語られる、スチームパンクの世界がそこにあった。

 そこかしこに当てはめられた歯車が、ガチガチと噛みあって動く。

「はは、驚いたかい。すごいよね。これが、錬金術師と魔術師、色んな連中が寄せ集まって作った町だ」

「お土産とかありますかね」

「あるともあるとも。本物から偽物まで勢ぞろいだ。妹さんにかい」

「ええ、まあ」

 ふふ、とラビは微笑んだ。

「この列車は高いのでそう何度も乗車できないが、そうだな、飛べないこともないし、今度は妹さんも一緒に来ようか」

「飛べないこともないって……まさか……」

「もちろん箒だよ。そうじゃないものもあるが、箒が一番手軽なんだ」

 ファンシーな回答に、ソラは思わず想像して吹き出した。

 箒にまたがってラビが飛ぶ姿は、なんともいえない。

 滑稽ではない。似合ってはいると思う。が、どうしても笑えてしまう。

「なんだよ。失礼なやつだな……あー、でもな、昔と違って人類は空にも進出したから、今うかつに飛ぶと、戦闘機に追跡されたりするんだよな」

「戦闘機に!?」

「うん。日本までくるときに、追跡されて困ったよ。魔法で認識を阻害してなんとか逃れたってところだ」

 ウソみたいな本当の話だと思った。

 ラビはため息をついて、さて、と立ち上がった。

「そろそろ到着だ。気を引き締めてくれよ、助手くん。名探偵の助手は死にかけるものだからな!」

「それもしかして自分はホームズ気取りですか? 勘弁してくださいよ。それじゃ俺ワトソンくんじゃないですか」

「ああ、ワトソンって名前にかえるかい?」

「かえないですよ」

「かえようよ」

「かえませんって」

 ほどなくして、列車はぎぎぎぎと音を立てて停車した。

 がちゃん、と大きな音が鳴る。

「空間が結合したね」

 いこうか、なんてラビはソラの手を引いた。

「荷物持ちますよ」

「おお。助手っぽいなワトソンくん」

「ワトソンじゃないですけどね」

 ソラはラビの持っていたトランクを受け取ると、ラビの後に続いた。


 

もしかしたらこのあとに追加するかもしれません。

追加したら***で区切っておきます。


エブリスタで投稿していた「九織魔術用品店の備忘録。」ともリンクするところがあったりします。

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