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EP00:口無し伯爵




 ──目が覚めたら、家財道具一式、力を分け与えた十人の愛弟子たちも、何もかもがなかった。

 おまけにちょっと眠るはずが、数世紀も眠りについてしまっていた魔法使いラビ・オウル。

 眠っている間に失われたものを取り戻すため、東洋の島国のとある町、吹く渡町に住み着くこと一ヶ月。

 現地で助手も調達し、特異な事件専門に解決をする探偵として現代に溶け込みながら生活していた──。





 



 三月の終わり頃、一人の男が訪ねてきた。

「──おや。珍しい客がきたものだ」

 少し嬉しそうに、彼女はそう言って開いていた本を閉じた。

 ぱちん。指を鳴らす。

 まるで使い魔でも呼ぶような動きだった。

 実際、かつてはそうして『何か』を呼んでいたのかもしれない。

 ややあってから、応接間兼事務所に併設されたキッチンからソラが顔を出す。

「はいはい。紅茶でよかったですか」

「む。そういわれると、珈琲を頼みたくなるな」

 彼女の言葉に、ソラはわざとらしく大きなため息をつく。

 それからすぐに、湯気が立ち上るティーカップを二つ、お盆に載せて持ってきた。

「そういわれると思って、珈琲を用意しました」

 ティーカップからは、珈琲のよい香りが立ち上っていた。

 彼女はすぐにティーカップを手に取った。

 お気に入りのティーカップだった。彼女専用のものだ。

 数世紀も前に、とある王族を助けた際に礼としてもらいうけたものである。

 一口啜ると、満足げに頷いた。

「手馴れてきたな、ソラ。助手の成長をこんなところに感じるとは」

「こんなこと褒められても嬉しくないですけどね」

「そういうなよ。この私が褒めてるんだぜ。この偉大なる魔法使いラビ様が!」

「自分でそういうこと言わなければ、すごい魔法使いだなとは思いますけど」

「なんということだ。助手が成長どころか、どんどん生意気になっていく!」

 男は、そんなやり取りをじ、と眺めていた。

 それに気付いたのか、気付いていないのか、はたまたどうでもよかったのか、彼女はふふ、と笑うと視線を男へ投げた。

「それで、どうしたんだい我が友(サン・ジェルマン伯爵)。まさかキミともあろうものが、私の新しい事務所にわざわざ遊びにきたわけでもあるまい?」

 もちろん、キミにこの場所を教えた覚えもないんだがね! と彼女は付け加えた。

 しかしどうしてここがわかったのか、など彼女は尋ねなかった。

 どこにいても用さえあれば、調べて辿り着く。そういう存在こそ彼であると、彼女は知っていた。

 彼女の問いかけに、男は無言で応えた。

「もしかして、紅茶がご所望だったかな? 我々に食事が必要ないことは言うまでもないが、まさか私の主張する『味覚の大切さ』が数世紀越しに理解できたとか?」

 これにも、男は無言で応えた。

「──ああ」

 そうしてようやく、彼女は頷いた。

 そうして、おもむろに自分の口元を指差して、トントン、と叩いた。

「キミ、舌でも『奪われた』のかい?」

 男は口を開けて応えた。

 そこには、舌どころか、歯も、何も無かった。

 あるべきものがなにもない──まるで、口の中に宇宙でも在るようだ。

 不可思議な光景だった。ソラは、それを物珍しげにしげしげと見つめた。

 ブラックホールを飲み込んだのか、あるいは口の中にブラックホールが発生したのか。

 或いは、そのどちらでもないのか。

「ああ、それはひどいな。我々にとって身体の一部を盗まれるなど、耐え難いストレスだ」

 彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「ソラ、そのカップは下げていい。ソレに飲み込まれたものがどこにいくのかわからんが、そのカップは高いんだ」

「え、いいんですか」

「ああ。どの道その口では飲めまい」

 申し訳なさそうに、ソラは男の前からカップを下げた。

 男は無表情だった。

 その程度のことは気にしていないのか、あるいは、表情というものを持ち合わせていないのか。

「さて、伯爵」

 彼女はお気に入りのソファの上で、両手を組んだ。

「私への依頼は高いよ。旧友といえど、そこそこ値は張る。何しろ家賃の支払いと、そこの助手の給料の支払いがあるからね。いや助手の分は、まあ、なんとでもなるんだが」

「なりませんよ。俺魔術も魔法も使えないんですから、そういう用品じゃ誤魔化されませんからね」

 すかさずソラが口を挟んだ。

 初給料日のことを思い出すと、彼も自ずと警告せずにはいられなかった。

「いやいや。そんなもったいないことはしないとも。ほら、認識を摩り替える魔法とか」

「ブラック企業どころか地獄そのものなんですけど!」

「何をいうか。私なんて優しさの塊だろうに。──ほら、キミが抗議するから話がそれてしまった」

 切り替えるように、彼女は珈琲をぐいと一飲みした。

 かちゃん。

 ソーサーが鳴る。

「少なくとも見た感じ、骨が折れそうな厄介事と見える。高額になりかねんが──それでも私に依頼するかい、伯爵」

 ……こくり。

 男はゆっくりと頷くと、どこからともなくアタッシュケースを取り出した。

 ぱち。ぱち。ぱち。

 男の指がロックを解除していく。──かち。

 最後のロックが外れると、アタッシュケースが開かれた。

 そうして──奇妙な窃盗事件が始まった。



***



「いや、凄かったですね、さっきの」

 落ち着かない様子で、ソラが呟いた。

 キッチンからの声だった。カチャカチャと食器を洗う音がする。

「さっきの、とは?」

「紙幣ですよ。凄い金額でしたよ、アレ」

 半ばくい気味に、ソラは呟いた。

「初めて見ました。あんなの」

「サン・ジェルマン伯爵は噂によればソロモン王すらみたことのある男だ。そのあたりからずっと世界をまたにかけてスパイ活動をしている。あの程度不思議じゃないさ」

「じゃあ、なんであんな確認したんです?」

「お金をたくさんもっているからといって、大金を出すことを皆が快諾するわけじゃない。むしろ金持ちだからこそケチるやつはケチる」

 彼女はソファの上で寝転がって書類を眺めていた。

 セミロングのブロンド髪が、ソファの硬い革に押し付けられていた。

「向こうはああみえてもやり手でね。私も何度か一緒に行動したことがあるが、うん、得をしたことは一度もない!」

「ああ、すごくよくわかります。あんた、凄い力持ってるのに、そういう策略とか苦手そうですもん」

「あんたって、キミね」

 キッチンから顔を出したソラを、彼女はじとっと睨みつける。

「一応私はキミの雇い主だぞう。もうちょっとだけ言葉遣いどうにかならないもんかね」

 彼女に睨みつけられながら、ソラは向かい側のソファに腰掛けた。

 応接ソファではあるものの、普段はこのように日常の家具に過ぎない。

「そりゃ難しいっすね。そういうの慣れないっつうか。なんて呼んだらいいかいまだにわからないっていうか」

「何度も言っているだろう。社長でも、ボスでも、マスターでも、ラビさんでもいいって」

「全部口が拒否するんですよ」

「イケナイお口だね。伯爵のブラックホールを移植してあげようか」

「無口な助手がお好みでしたら、どうぞそのように」

 ソラはポケットからスマートフォンを取り出した。

 これ以上会話をするつもりはないようだった。

 しかし、彼女はそれには構わず、ソファから身を乗り出した。

「それ、現代科学の象徴だろう? 私も欲しいなあ、それ」

「買ってくればいいじゃないすか。最初の事件の報奨金、まだ残ってるはずでしょ?」

「何をいってるんだい。キミになくなく支払った給料と、それから家賃代、ついでにアレの解決のために取り寄せた魔術用品の代金でもうほとんどないよ」

 もっともらしく、彼女は頬を膨らませていった。

 むくれる子供のようだった。

「……経理の子でも雇ったほうがいいんじゃないですか?」

 じとっとした目線を、ソラは投げかけた。

 その報奨金の額だって別に微々たるものではなかった。

 普通の人間には過ぎたる金だ。

 もちろん今回伯爵がキャッシュで持ってきたものには及ばないが、その半分ほどはあった。

 それが、一ヶ月足らずでないとは。

 金銭感覚が破綻しているのではないのだろうか、と思わざるをえなかった。

 しかし、彼女はさして気にしていないように、手にしていた書類をバッと空中に放り投げた。

「いいや、問題ない。これ以上は雇えないし、キミがその役割を果たしてくれ」

 にこっと彼女が笑いかける。

 ソラも、にこっと笑っていった。

「追加分の給料さえあれば、喜んで」




このままだと忘れてしまいそうなので書いてみることにした、comicoベスチャレで公開中のさーヴぁんと。もといハローデビルのスピンオフ小説です。

向こうの主人公、黒宮朔ちゃんのお兄ちゃんが助手として登場。

あとゲスト出演していた刑事さんたちも出てくるやもしれません。

力も家財も弟子も失った魔法使いが、朔のお兄ちゃんとなんとか福渡町で暮らすお話ですが、どうぞよしなに。

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