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歌うたいと逆さ虹の森  作者: 月見ヌイ
1/2

歌うたいと逆さ虹の森(前編)

〖ドングリ池〗


「どうかお友達が出来ますように……」


静かな森の中、動物達からはドングリ池と呼ばれるその小さな池からそんな声が聞こえてくる。

その姿は森に住む動物の中で他の誰よりも獰猛で、強靭、且つ剛強……そうその体が情けなくも縮こまってさえいなければそんな感想を抱けそうな


立派な巨躯を持つ「クマ」だった。

彼は両手いっぱいに宝石のようにキラキラ輝くどんぐりを持ち、この池を訪れていた。理由はこの池に流れる「噂」


「どんぐりを投げ入れたら願いが叶うってリスさんとアライグマさんが言ってたけど、本当なのかなぁ……?」


聞いた通りにやってみたクマだったが

なんの音沙汰も起きないので段々と不安が混み上がって、その場をウロウロと彷徨い始めてしまった


思えば自分にこんな噂を教えてくれた小さいけど自分よりずっと賢くて意地悪なリスさんや、アライグマさんはこういう嘘や冗談を好みそうな気がする実際今までにも結構騙されてきているし……あれ、もしかして。また?


「……はぁぁ。もう、お家に帰ろっと」


クマは情けなくも背中を曲げてトボトボとドングリ池を後にして、自分の住処である穴蔵へと戻っていく

着いたらちょっとご飯を食べてさっさと眠ってしまおう。寝て起きたら、きっと朝日が優しく心を包んでくれる


クマの姿が見えなくなると、入れ替わるように小さな二つの影が現れた。

見るからに意地悪そうなアライグマとその頭にちょこんと乗る調子の軽そうなリスだ、クマを唆した張本人らでもある。彼らはコソコソと足音を消して池のほとりまで近付くと、クマが置いていったドングリを拾い上げる


「ぐふふ……やっぱアイツって馬鹿だよなぁ?リスさんよぉ」


「ぷぷっ!そうだねアライグマさん!まさか本当にどんぐりを池へ投げ入れに来るなんて、どんだけ友達欲しいんだって感じだよねー!」


アライグマはどんぐりを一つ手で弄び

リスは口いっぱいに頬張り二匹揃って高笑いした

クマの思った通り、二匹は嘘をついていたらしく彼の去っていった方向に向けて「あっかんべー」とおどけて舌を出した


「さーて、俺らもちゃっちゃと穴蔵に戻るとしようぜ。寝て起きたら、明日もあの間抜けなクマを虐めて楽しむんだ」


「おぉっー!楽しみだねアライグマさん!そうと決まればいっぱいどんぐり食べなきゃ!お腹いっぱいで眠るとすっこい幸せなんだ〜」


そうして二匹は華麗なスキップでドングリ池を去っていった。残ったのは池の水が風にそよいで静かに波打つ音だけ


だから、池の水が少しの間不思議な淡い光を発していたのを誰も見る事は無かった。


▶▶▶


クマは一人暗い帰り道を歩いていた。

トボトボ、トボトボ、トボトボと

しゃんと伸ばせば木の頭にすら触れられそうな程高いその巨躯も、しょんぼりと頭を下げて歩いているとリスにも見下げられてしまうほどに小さく見えてしまう。そんな重い足取りで歩くこと暫く、クマはふと自分の歩くけもの道の先に何か落ちているのを見つける


(……なんだろう?)


クマは誰かの落し物かはたまたアライグマかリス辺りのイタズラかと疑いながら近寄り、そしてハッと驚いた


それは落し物でも、イタズラでもなく小さな、とても小さな小鳥だった。仰向けに倒れ、ピクリとも動かず地面に落ちている


(し、死んでる……!?)


つん、つんつん。とクマは何度か小鳥の腹をつついてみる、が特に反応を示さない。本当に死んでしまっているのだろうか?

と、その時だった


「……お、おなか……へっ、た。」


小鳥が喋った。息も絶え絶えと言った様子だが喋るという事は生きているという事だ、クマは慌てて小鳥を拾い上げ両手で優しく持ち上げる


「お、お腹空いたんだね!待ってて!」


クマは走った。幸いにも目的の穴蔵はすぐそこにあって急いでそこへ駆け込み、奥の方に来たるべき冬の為に溜め込んでおいた食料を適当に掴み、小鳥の口元に近付ける


「食べて!いっぱいあるから!ほら、小鳥さん!」


「ん、ん……?」


小鳥は食い物の気配を感じ取ったのかツンツンと小さな嘴で何度かつつき、はむっ。と齧った

そしてもう一口、もう一口。と段々勢いを増してその小さな体に見合わぬほどの豪勢な食いっぷりを見せてあっという間にクマの手にあった木の実や果物を食べきってしまった


「げぇっぷ……食べた食べた、お腹いーっぱい食べたぁ……!って、あれ?」


「よ、良かったぁ……あ、ご、ごめんね僕の手の上じゃ、ゆっくりくつろげないよね……」


すっかり元気を取り戻した風の小鳥を尻目に、つい先程まで平気で小鳥の体に触れていたクマは突然アワアワと木のテーブルの上に置いてしまった。

その目は何故かクマ自身が悪い事をしたかのような申し訳無さが滲み出る目をしていた


それからもアワアワと口を開けては閉めてを繰り返すクマを不思議そうにしばしば見つめる小鳥だったが、辺りをキョロキョロと見渡してからふと口を開いた


「さ〜かさにじ〜をみにいこ〜♪

きれ〜いなに〜じぃ〜を〜♪」


それは、歌だった

小鳥の嘴から紡がれる流麗な歌声が暗くて湿っぽい穴蔵の中に響き渡っている。クマは唖然とした、口をポカンと開けて目まで点にしている。実に分かりやすい驚きよう


「ふぅ〜、と、いう訳で助けてくれてありがとうね大っきいクマさん!」


「な、な、何がという訳なのか分かんないけど……ど、どういたしまして。その、えっと……き、君は?」


「あ、そっか!自己紹介がまだだった!ごめんごめん……僕は「コマドリ」って言うんだ。好きに呼んでいいよ」


コマドリ、小鳥は自分の綺麗な羽根を限界まで広げて精一杯自身を大きく見せた上でそう名乗った

それを受けたクマもたどたどしく名乗るが、あまりにも噛み噛みで少し伝わりにくかったかな。と言い終わってからクマは後悔したがコマドリは大して気にした様子も見せず、変わらぬ笑顔で続けた


「ところでさ、この森に出る逆さ虹ってクマさん、知ってる?」


「さ、逆さ……虹?ご、ごめん。ちょっと、分からないかな……」


「そっかぁ……うーん、どうしよ」


「ね、ねぇコマドリ、さん?逆さ虹って何なんだい?えっと、普通の虹ならこの森でも見れるけど……それとは違うの?」


クマやアライグマ、リス。その他いっぱいの動物達が沢山住んでいるこの森では時々虹が現れる。それは決まって雨が上がって空に晴れ間が見えた時なのだけど、それは何故なのかクマは知らない。が、クマはそれについてなにか知識を持ってそうな顔を知っていた


コマドリが小首を傾げてうんうん唸っているのを見たクマは、小さく深呼吸を何度かして、意を決して口を開いた


「あ、あのっ!もし良かったらその……逆さ、虹?っていうの知っていそうな僕の……と、友達?の所に、一緒に」


「行く、絶ッ対行く!ありがとうクマさん!」


クマが言い切るより早くコマドリは元気にそう答えた。ついさっきまで空腹で倒れていたのが嘘みたいだ

クマはその勢いに負けて少々仰け反りながらも、提案を気持ちよく了承してもらえて内心とっても歓喜していた


(一人以外でお、お出かけなんていつ以来だろう……良かったぁ……!)


もうそれはそれは喜びのあまり天にも昇りそうな勢いでクマは喜んでいた。コマドリもコマドリで捜し物の手掛かりが見つかった事が嬉しかったのか木のテーブルの上でダンスを踊っている

そのダンスに乗せて自ら歌まで歌うのだからテーブルはたちまちコマドリのコンサート場へと変貌した。

ゆっくりと、優雅に踊る時はしっとりとした歌い口で。逆にダンサブルになっていくとそれに比例して歌のテンションも上がっていく

クマも思わず手拍子をしていた。半ば無意識の事だっただけに少し照れたような表情を浮かべて俯き、手拍子を止めようとしたがコマドリに「もっと!」と煽られ、驚きつつも笑顔もそのままにコンサートの盛り上げ役に徹する事が出来た。


・・・それからどれ程の時間が経っただろう。綺麗な月もすっかり小さな星に混じって夜空を煌々と照らしている

歌い、踊り、騒ぎ疲れたコマドリはクマの手に乗ってベッドへと寝かされた


「やっぱり悪いよクマさん。君のベッドでしょう?」


「良いんだよコ、コマ、ドリさん。そのいっぱい楽しませてもらった……あのお礼、だから、さ?」


しどろもどろな口調の中でもその優しさは充分コマドリに伝わっているのだが、クマは依然「あぁ、またどもっちゃった……」と項垂れてしまった。


「じゃ、有難くクマさんの優しさを受け取るとするよ。でも、君は一体何処で寝るんだい?」


「あ、そ、それは……その、い、椅子とか?」


「いやいやいや、君の大きな体がそんな小さな椅子で休めるわけ無いじゃないか!」


クマドリが指……いや、羽で指したのは先程まで自分が踊っていたテーブルの近くにあった切り株のような小さな椅子だ。よくよく見れば他の家具もクマの巨躯を考えるとえらく小さい物ばかりで、部屋全体に不思議なアンバランスさをコマドリは感じた


怖がりのクマはよく相手の顔を伺う癖の弊害か、相手の感情の機微については誰よりも聡かった。勿論コマドリがこの部屋に感じた事も何となくでだが察することが出来た


「あ、あのね。このお部屋は僕がまだ小さな子グマだったころ、僕のお母さんが作ってくれたお部屋なんだ……だから、その家具も、ね。小さい時の僕に合わせてあるんだ」


クマは愛おしげに小さな椅子の背もたれを撫でり、それからコマドリに恥ずかしげな笑みを向ける

成程それならこの家具たちの妙なサイズ感も納得いくね、とコマドリは手を打って分かりやすく納得していた。しかし、それがクマを小さな椅子で寝かせる理由には決してなりやしない


その後もコマドリによる必死の説得は続き、当初こそ恥ずかしいし、君を押し潰してしまうかもしれない。と遠慮しきりだったクマも段々と懐柔されていって、結局終いにはコマドリと共に二匹ベッドに横になる事になった。


「う、うぅ……本当に僕は寝相が悪いから……その、き、気を付けてね?」


「あはは!大丈夫だよクマさん、僕達みたいな小さな生き物は命に関してはとっても敏感だからさ。あと歌とね〜♪」


コマドリは本当に歌が上手いとクマは心から感心していた。今のたった1フレーズでもクマの心は湧き上がり、少し目が冴えてしまった程だ。それだけ生き物の心を動かせる、という事だろう


(もしかしたら、僕だけが変なのかもしれないけど…………)


クマはそんな事をふと頭に思い浮かべ、すぐに首を横に小さく振って自分自身のそんな考えを否定した。だってこんな素晴らしい歌声は今までに聞いた事が無かったから


だから、明日はそんな素敵な歌声をプレゼントしてくれたクマドリの為に自分も出来る限りの事をしよう。あの二匹ならきっと何かを知ってるはずだしそうだ、お土産にはとっておきの蜂蜜を持って行って…………ふふっ


(…………楽しみだなぁ)


「僕もだよ……クマさん……」


「えっ、あっ……ご、ごめん。声に出てた?」


「ふふ……おやすみ、クマさん……」


そう言って、コマドリは目を瞑ってしまった。もう口を開く素振りすら見せない、今呼びかけてもきっと応えてはくれないのだろう


だから代わりに感謝する事にした。

こんな自分の隣で無防備に眠っているコマドリと、本物のウワサを惜しげも無く教えてくれた意地悪な「あの2匹」に

心からの感謝を込めて


「おやすみなさい」


予想通り、クマの言葉に返事は返ってこなかったのだった。


▶▶▶


次の日は実に良い朝だった。

澄んだ空気、木々の隙間から漏れる涼しげな木漏れ日。「おはよう」という声

何処をとっても最高の朝だった


ご機嫌な朝食もそこそこに、二匹は穴蔵から出てとある場所を目指し歩き始めた


「クマさんクマさん、何だっけ、えっと……ね、ねっこ」


「根っこ広場だよ。え、えっとね、そこにはこの森で一番物知りな動物が居るんだ」


まるっきり同じ事を朝食のハニートーストを食べている時にも言ったのだが

どうにも食べるのに夢中だったらしいコマドリに出来る限りどもらず、優しい声音で教えているクマ

そんなクマの両手には、抱き抱えるような形で大きな壺が収まっている。今から逢いに行く動物らへの手土産だ


「何ていう動物さんなの?」


「キ、キツネさんとヘビさんって言うんだ……二匹とも色んな事を知ってて、僕も時々分からない事を教えてもらったりするんだ…………友達の作り方とか」


「友達の作り方?クマさんお友達居ないの?」


グサリ。クマの心にそれはそれは大きな言葉の矢が刺さった、その肩に乗っているコマドリはその事には全く気付いていないのか、変わらぬ調子で喋り続ける


「あのね!お友達を探すには歌を唱えば良いんだよ〜!明るい調子で奏れば皆ノッてくれるし、そしたら皆友達さ!」


「う、うん。そだね……」


「クマさん一緒に歌おう!さんはい!」


えっ、えっ!?と思わず挙動不審に陥るクマを尻目に一匹陽気な歌を紡ぎだしたコマドリ、その合間合間に顔はオドオド口はパクパクとひっきりなしに動かしているクマの目をジッと見つめる。「入っておいで」と言う事なのだろう


折角出来たこんな自分と仲良くしてくれる優しいコマドリの期待を裏切りたくない。人前で歌なんて歌った事は無いが、それでもやるしかない


(よ、よーし!)


「「さ〜かさにじ〜をみにいこ〜♪

きれ〜いなに〜じぃ〜を〜♪」」


結論から言うとそれはそれは見事な二重奏となった。自信満々で歌うコマドリに比べてクマの声量が多少劣るのは致し方ないとしても、高く伸びるコマドリと低い所でよく響くクマの互いの歌声は見事なハーモニーを奏で、あっという間に森中を駆け走った。


「ひゅ〜、なんだ。上手じゃんかクマさん。何でそれでお友達出来ないんだろうね?」


グサリ。2つ目となる言葉の矢がクマの背に刺さった、が今度はクマもそんなにしょげず寧ろ恥ずかしげに微笑んでコマドリに優しく語りかける


「歌なんて恥ずかしくて……ふふっ、コマドリさんと一緒なら何でか歌えたけど……あっ」


「ん?どうかした〜?」


「い、いやっ、ナンデモナイヨ……」


思わず恥ずかしい事を口走ってしまった。ついさっきもやらかしたし、今日はダメな日のもしれない。というかコマドリさんと居るとどうにもテンションがおかしくなってしまう


「そ、そんな事よりさ!その、逆さ虹って何なんだい!?」


「ん?あ〜、逆さ虹って言うのはね〜願いを叶えてくれる凄い虹なんだ。ちゃんと目で見てお願いしないとダメなんだけどね?でも凄いよね!何でも願いが叶うなんて……」


「願い?願いなら────」


ドングリ池だって願い事は叶うよ?と言おうとしたクマだったが、途中で言葉を切ってしまった。もし、自分がコマドリにドングリ池の事を教えて行き先を変更する事になったどうなるか?


そうなったら、コマドリは手早くドングリ池に沢山のドングリを投げ込んで願い事を叶えてしまうだろう。そしたらもう自分とは遊んだり、喋ったり歌ったり……会ったりする事は無くなってしまうだろう。そんなの嫌だ、やっと会えた友達なんだ。隠し事なんて酷い事だと分かっている、分かっているけど


まだ、一緒に居たい。その一心だったクマはまたも慌てて会話の内容を少し逸らした。頑張って笑顔を取り繕ってなるべく明るく見えるように


「じゃ、じゃなくて、コマドリさんのお願いって何なの?やっぱり歌の事?」


「んー……それ、大体あってる!僕ねコンサートを開きたいんだ!僕がステージに立って皆に歌を聴いて貰うの!」


「コンサート、かぁ……凄いね、コマドリさん」


「そう?」


「うん、凄いよ」


夢。コマドリさんには夢があった、自分はどうなんだろう?自分の夢と言えば「友達が欲しい」、たったそれだけで

それ以上なんて求めた事も無かった

だけど、こうやって実に楽しそうな表情で自分の夢を語るコマドリさんを見ているとどうにも胸の辺りがむず痒くなってしまう。自分にはもう夢といえるものが無いからだろうか?


「で、クマさんの夢は何なんだい?」


「夢、夢……そうだ!僕は夢を見つけるのを夢にするよ!……あっ、ダ、ダメかな?」


「ダメなもんか!夢を探す夢、そんなのもあるんだね……!とっても素敵だよクマさん!」


あまりにもコマドリがべた褒めしてくるので、クマとしても何だか恥ずかしくて仕方なくなって思わず頬を赤く染めてしまう。単なる思いつきの発言だったがコマドリの為にもちゃんと夢を探す事をクマは固く誓う


そして、目当ての場所に辿り着いた。


〖根っこ広場〗


「なぁリスさん、アレってドジのクマだよな?」


「んー……うん、そうだね。あの見るからにドジ踏みそうな大きいのはクマに違いないよアライグマさん」


根っこ広場の中心部に生える立派で、この森のシンボルでもある大樹の枝をベッドにして寝ていたアライグマとリスは腕に蜂蜜を抱えたクマの姿を目敏く見つけ、素早くその姿を隠した


「何しに来たんだろうね」


「さぁな……って、クマの肩に何か乗ってんな……ありゃ何だ?」


オロオロと広場を見渡すクマの肩にチョコンと乗る小さな影、あれは動物なのだろうか。だとしたら大変珍しい光景だ


リスも目を凝らしてその影の実態を追うが、あまりにも小さ過ぎて目で捉える事が出来ない


「下に降りて確かめる?」


「……もう少し様子を見てからだな。ここに来たって事は多分キツネら辺に用事があるんだろう、だったら焦る事はないだろ」


そうして二匹は意地悪く薄ら笑いを浮かべながら、下のクマとコマドリの姿をジッと見つめるのだった

さて、そんな事は露知らず未だ姿が見えないキツネとヘビを探してウロウロしているクマは、コマドリの助言に沿って大きな声を出してみる事にした


「キーツーネさーーん!!!へービさーーん!!!何処に居るのー!?」


自分でも出した事が無かったから分からなかったが、どうやら自分はそれなりに大きな声が出せるらしく、木々がとても反響した事もあり思っていたより周りに響き渡った


すると、ノソリ。と沢山ある内の根っこの一つからその姿を覗かせた動物の影があった


「うるさいな……何だいこんな朝っぱらから?一体誰だい?」


「あ!キツネさん!」


姿を見せたのはえらく眠たげに目を擦るキツネだった。クマは喜んで駆け寄り、飛びっきりの笑顔と共に蜂蜜の入った壺を差し出した


勿論「おはよう」、という朝の挨拶も添えるのも忘れない。何時もならこんな事恥ずかしくて出来やしないが今日は自分の肩に頼れるコマドリさんが居るからこんな事だって出来る


キツネは目をパチクリとさせて、何度かクマとコマドリの間を視線を行ったり来たりさせ、首を一つコキリと鳴らしてから差し出された壺を受け取り、それから半端な笑みを持って


「うん、おはようクマさん。珍しいね君がここに来るなんて。あ、これありがとうね」


キツネも朝の挨拶を交わし、それからキツネは根っこの下にある自分の部屋へと二匹を招待した


中には未だ寝転けるヘビの姿も見えたがキツネはそれに対してなんのコメントもせずに、二匹の為に椅子を用意しそこに座るよう勧めると、自分自身も木で出来た椅子に腰掛ける

蜂蜜の入った壺はテーブルの上へと置いておき、温かなミルクを一口飲んだキツネはフッと息をついた


(何だかキマッてる動物さんだね)


(僕なんかがやったら可笑しいんだろうけど、キツネさんは実際に色々知ってて格好良いから……)


「で、今日は何の用だい?と聞く前に自己紹介をしておこうか。初対面の子も居るからね……改めまして、僕はキツネ。気軽に呼んでもらって良いよ」


そう言ってキツネはコマドリに優しく手を差し伸べる。コマドリはその手に自らの羽を触れさせた、彼一流の握手なのだろう……それを見ていると心に熱いモヤがかかるのは何故だろう?


「あ、あの。キツネさん、それで今日ここに来た理由なんだけど」


「あぁ、うん。何だい?良い友達ならもう出来たようだけど……」


「そ、そうじゃなくて!ほ、ほら、コマドリさん」


クマが促すと、コマドリは流暢に自分がこの森に来た理由と、夢と、後ついでに歌を話し明かした

それを聴いたキツネは腕を組み、俯いて低く唸り始めてしまった


これは彼の物事を考える時のクセでクマが友達の作り方を聞きに来た時もこうやって唸っていた。しかしキツネの凄いのはこの悩む時間というのがとても短いという事だ。今回も例に漏れずすぐさまキツネは顔を上げた


けどその表情には悩みが晴れない雨雲のようなドンヨリとした暗さがあった


「んー……逆さ虹って言うのはやっぱり知らないな。聞いた事も無い」


「えぇー……そっかぁ」


「すまないね、僕の勉強不足だった。代わりと言ってはなんだが……おいヘビさん、ヘビさん!君の宝物を少し貸してもらうよ」


キツネの言葉にヘビは尻尾を一、二度振っただけで再び眠りに着いてしまう。耳を澄ませばヘビの静かな寝息が聴こえてくる事だろう


そんなヘビを見て「お恥ずかしい」、と本気で照れたように頬を掻きつつ部屋の隅に積まれた紙の束から無作為に数枚取り出し、一枚一枚中身を確認して戻し、また無作為に取り出すのを何度か繰り返し、そして目当ての一枚を見つけたのかシワを手で伸ばしてから二匹に見せた。そこには大きな虹の絵と少しだけ文字が書いてあるが、あいにく字は読めない。クマが困ったようにキツネの方を向くと


「あぁ、そうだったね。コマドリさんも字は読めないかい?」


「うん、読めないよ!けど歌なら歌えるよ!」


「はははっ、それは素敵だ。けど今は歌わないでやってくれよ?連れは怒ると面倒なんだ」


キツネは後ろで未だ体を不用意にも伸ばしながら眠るヘビを肩口で見やると

二匹に笑いかけ、それからテーブルに置いた紙の文章部分を指差しつつ、二匹に向けて静かに語り始めた


「雨降りし明後日、壊れかけの橋を越えた先にある丘に巨大な虹が天高く掛かる……だって。多分これ誰かの日記だね、口調が何だか変だけど……?」


「あれ、クマさんどうしたの?お腹痛いの?」


「い、痛い、けど……うん、大丈夫。気にしないで」


うん、アレ昔僕が書いたやつだ。クマは遅くも理解し、今にも茹だってしまいそうな程顔を真っ赤にさせて小さく悶える。何故あんな口調なのかというと、まぁ……アレだ。精神的な病という奴だ、敢えて詳しくは語るまい


「……ま、とにかくこの森で一番逆さ虹に関係がありそうなのはコレだし。紙なら貸してあげるから、好きに探すといい……それよりクマさんにはお腹の薬かな?」


「いや、良いよ……うん、ありがとう」


クマはキツネの意味深な笑みを見ないフリで誤魔化し、コマドリよりも早く差し出された紙を受け取るとそそくさと席から立ち上がった

もう恥ずかしくて、居た堪れなくて仕方がない礼を言って一刻も早くここから出たい。コマドリもクマの様子を不審がって見ていたが、キツネも手を振っているのを見てここが潮時かと大人しくクマの肩に乗ってくれた


「それじゃ、結果は教えてくれたまえ」


「うん、ありがとうキツネさん!ヘビさんもまた今度ね〜!」


ヘビは顔も挙げず鬱陶しそうに尻尾を二、三度振ってそれっきり反応を見せなくなってしまったが、コマドリはそれで満足だったらしくご機嫌な鼻歌を歌い始めた。クマもそれに習って会釈と共に礼の言葉を言い、それから足取り早くキツネの家を後にしたのだった


▶▶▶


クマたちがキツネの家へ入ったのを見ていたアライグマとリスは、隠れていた木の影から忍び歩きでコソコソ出てくると、ピタリとキツネの家(木の根)へと耳を付ける。防音性なんて物は度外視した家なので声やその内容まで筒抜け、それを知っているアライグマとリスは馴れた足取りで盗み聞きすると

互いに顔を見合わせ、いやらしくニヤリと笑い合った


(だってよ、リスさん……ぐふふ)


(本当に願い事が叶えれるなんて凄い虹だね、アライグマさん!)


あまり大きな声で喋ると、この木の根っこで出来た家は外からの声も中に通してしまうので、二匹は顔を近づけあったまま可能な限り小声で話し、また笑った。二匹はつい先日同じような売り文句でクマを騙した所だったが、何せ話し手が、「あの」キツネだという事で、アライグマもリスも、なんの疑いも抱かないまま喜びあった


(これは楽しいレースになりそうだな)


(相手がクマじゃ出来レースもいいとこだよ、アライグマさん)


(そうだなリスさん、ぐふっ。じゃあ俺らがこのレースを盛り上げてやらないとな……たぁーっぷりの罠や仕掛けで)


(あははっ、それ良いね!よーし早速行こうよアライグマさん!)


そうして二匹は、クマたちがキツネの家を後にするよりほんの少し早く、オンボロ橋のその先へ消えていったのでした。


後編へ続く

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