勇者ジャパニィは戦わない
不殺の勇者こと、第21代勇者にしてオタ〔※注7〕、初代人魔協力会議議長、名誉魔王、初代モスコ大公及びアンブフ伯爵、飛竜騎士団勲爵士、聖グレース騎士団名誉団長、神聖なる鍵の守り手修道騎士団名誉勲爵士、ジャパニィ・ズ・ダイガクスウェーは果たして本当に誰一人殺しても、何一つ壊してもいないと言えるのか。
「いや、言えない。そして言わせない」by前サフィール国王シャルル・アルフォンソ2世陛下
新・聖暦801年、胃痛王シャルル・アルフォンソ2世によりルテティア大聖堂にて召喚。史上初めて人族として魔王と会談を持ち、第1回人神魔平和協定〔※注8〕を主導した偉人としての側面ばかりが取り上げられるジャパニィだが、凄まじい文化破壊者としての一面も持つ。
「壊してるのは文化だけじゃないだろ」by魔王(ルス帝国皇帝パーヴェル陛下)
シャルル・アルフォンソ2世及びその息子禿頭王ロベール6世の御代では、第13代勇者ナカタを初めとする複数の勇者によって伝えられてきた“まんが”や“らいのべ”、“あにそん”、“おたげい”〔※注9〕などの異界文化の、ジャパニィによる人魔問わず広範囲への極めて熱心な流布により、文学・絵画・音楽分野などで新たな表現技法の開発や交流が盛んに行われた。芸術史においてこの時代を第2次異界狂時代もしくはジャパニと呼ぶ。また爆発的な文化の発展に伴い製紙や印刷、楽器製造など様々な技術が大幅に向上し、ジャパニィは諸芸術の母、うるわしき百合の聖者、薔薇の貴婦人〔※注10〕、として慕われている。(慕われている。に二重線の上で、狂信されている。と赤字で追記)
「は?正気か」byサフィール国王ロベール6世陛下
その一方でジャパニィが何か始める度に、サフィール宮廷は一様に対処に追われ、王の胃薬代はかさみ、摂政王太子の頭部は日増しに寂しくなり、忙しさによる人間性の減少から宮廷人の破局や離婚、うつびょう病〔※注11〕の発症が相次いだ。“ジャパニィのあと”という慣用表現はこのことに由来する。
また平等性の観点から、ジャパニィの言動によりサフィール宮廷における政争及びサフィール王国での内戦が、ジャパニィ召喚後数ヶ月で急激に減少し、その死亡十数年後に渡る長きの間、停止したことも述べておくべきだろう。この間、法王庁教圏の主要国においても、悪魔の侵攻によらない極めて長期の停戦が行われたことは歴史上特筆すべき事実である。魔素不耐症によらない各種精神異常の蔓延と引き換えに、ジャパニィは平和を創造したといえるだろう。(異議あり。と赤字で殴り書き)
「全部だいたいアイツの所為」by独身彼女なしサフィール王国主席国務卿ジャン・バチスト伯爵
「戦争、陰謀、ええい。それどころじゃない!糞ッ!あの忌々しいサフィールの腐れ悪魔め!」by某国高官
伝統的な叙事詩や法王庁教圏における聖典演劇、聖典をもとにした絵画や彫刻、ステンドグラスの技術、人魔各地における数多の民族舞踊、エルフやドワーフの吟遊詩人による口承文学などの衰退や著しい変容が発生しており、伝統の保護は急務である。
「うっそだろ。RPGっぽくて、めちゃ、いー感じだったロンドルの祝冬祭の超かっけー竜退治の劇がひさびさに来てみたら、ニチアサ風になってる、だと!?うわ、まじかー」by第19代勇者ミッチー
またジャパニィといえば、その独特な戦闘法で数いる勇者の中でも異彩を放っている。一方で第6代勇者剣聖キキュシ・ソージューロ・タケミチュや第11代勇者最悪の魔女マリコに並び、魔界へ侵攻した数少ない人間である。その魔素耐性や魔術の才能は平均的な魔族を凌駕し〔※注12〕、その口から発される言葉は、描き出される文字は、絵は、確かな有効性を以て、周囲のものの精神を限りなく無差別に汚染する。魔王の膝下まで到達せしめた我々には魔法としか言い難いその力をジャパニィはこう呼んだ。布教力と。
「ヤバい、異世界が腐海、他に呑まれていく」by異世界トリップした女子大生
注7:異界の称号。第13代、第15代、第16代、第18代勇者が名乗った。その程度には軽重があり、より重度の者ほど尊敬される様だ。文化的な活動に関する様だが、詳細は不明。
注8:人族の代表である法王イノケンティウス17世聖下と魔族の代表であるルス帝国皇帝パーヴェル陛下及び大華帝国23代皇帝の間に結ばれた。締結以後、ロンファとの国交が開始し、ダンジョン産の魔道具の価格の暴落が発生した。
注9:異界の絵画、文学、唱歌、舞踊の名称。
注10:ジャパニィが百合の聖者、薔薇の貴婦人と呼ばれていると聞いた第18代勇者が、笑いすぎによる腹痛で搬送されたという逸話がある。
注11:精神的な要因で発症した不調の総称。頭痛、吐き気、急な眠気、脱力、食欲不振、頭髪の後退など。病名は異界の類似した病に由来する。第15代勇者による命名。
注12:パーヴェル・アレクセーエヴィチ・ドラグノフの調査による。
不殺の勇者
物理的に相手を倒す能力のない人間の苦肉の策。ゴシップネタにより社会的に相手を抹殺し、多様な性癖の対象にすることで相手に精神的な苦痛を与え、嬲り殺す。現実ですると犯罪です。
魔術や魔法が実在する世界の為、“女体化”や“BLはファンタジーです。”、“擬人化”などが普通に実現可能という恐怖と発想のえげつなさに現地人を震え上がらせた。が、当人はそんなこと思いもしない。二次元と現実は別物です。一部の変態や拷問吏に多大なインスピレーションを与えた。なお異種姦がデフォな魔界人やヒト型でない魔族がわりと一般的な魔界ではただのエロ本扱いされていた模様。
ジャパニィ・ズ・ダイガクスウェー
19才、女性、地方の公立大学に通っていた文系。NL、BL、GLどれも美味しい雑食。ジャンルの好き嫌いや地雷も少ない上に、媒体もあれこれ手を出していた為、彼の惨劇が起こった。宮廷ゴシップ(王侯貴族から下働きまで)や魔獣や魔族の愉快な生態(ケモ美味しいです)などをネタに2.5次元ウマウマと同人活動に励んだ。ヒト型だと魔素耐性や魔術や魔法の才能と美しさが正比例していた為、身分が高い人族、強い魔族ほど顔がいい。たいへん作業がはかどった。
戦いたくないと言い張った彼女に対魔要塞線での取材と法王庁教圏全域における広報が仕事として与えられた為、啓蒙がスムースに進んだ模様。本人は身に馴染んだカタチで広報を進めていただけが、コミュニケーション時に無自覚に洗脳紛いの魔術を発動させていた。事実や取材に基本的には忠実にルポしていたが、かなりの確率で趣味や性癖が混ぜ混まれていた。性癖開拓系ニュースショーやペーパー(ゴシップの香りとささやかな復讐を添えて)が爆誕した。王家と法王庁の権威と勇者のネームバリューなどで偉い人との面会や何処だろうと入室、入国がほぼフリーパスだった為、上から下まで被害が拡大した。
苦情が出るより早く目覚めさせ、何かと接する機会の多い戦線にいる貴族や宮廷人、お目付け役の司祭などの変態率の上昇は目覚ましいものだった。ミントより速く増殖するナマモノ分野の本の数量に、やっと刷り始めたばかりの現地の古典が押し流された。
無機物や魔獣相手など高位高官のあらぬ疑惑からハゲ、隠し子、クーデター計画など不穏な事実を積極的にばら撒き、火消しや弁明、夜逃げで手一杯にさせることで相手の行動を縛った。身分制社会の鬱屈の捌け口を宮廷の中間管理職や下働き、法王庁の下っ端やほぼ捨て駒扱いの貴族子息に王家の任命や法王庁の仕事、勇者の命令などという大義名分つきで与えてしまったのもかなり悪手だった。
襲ってくる話の通じない魔獣退治は仕方ないが、人同士や魔族との戦争で徴兵された現地人が死んでいくのは許容しがたい、しかし戦いたくないというスタンス。世界平和や専守防衛、法治を訴えていたが、エロは世界を救うという手段とコンセプトが酷かった。彼女が原本を書いて量産した紙媒体を見た場合や作曲させ彼女が歌詞をつけた歌を他の人が歌いそれを聞いた場合も、しっかり効果を発揮した例の魔術がかなりいい仕事をした。えぐい。なお本人は以前の勇者たちがああいう文化が受け入れられる土壌や広まる為の下地を作っていた所為だと供述しており……。
ある程度の識字率や識文率の上昇、謄写版の開発と普及などは以前の勇者たちが行っていた。歌って踊るミュ形式や絵と短いセリフのマンガ新聞形式、口語文小説形式などセリフを揃え同じ内容を複数の媒体で送り出した為、地味に教育の普及の役にも立っている。
彼女自身は当初取材と指揮を担っていたが、途中からは自主的な資金源と化したサフィール宮廷有志(最初の感染者たち、同志)や教化や宣教のプロである法王庁有志(第2の感染者たち、同志)に頒布や公演や実務を任せ、魔界へ旅立った。無線的な何かで連絡を取りながら、支配下に置いた魔族(好奇心旺盛な淫魔)と共に、魔王のもとまで「え、ヤった方が早くない?実際にヤればいいじゃん。なんで本?」という魔族相手に着実に感染を拡げ同志を増やしながら、新しいネタを探しながら珍道中を繰り広げた。なお感染が拡大する方が速かった為、彼女が魔王のもとに着くより先に、誰かが描いた魔王総受け鬼畜調教本を目にし、驚愕した魔王の方が来た。
あらゆる性癖を尊重しあえる優しい世界をつくろうとした平和の使者。