■5-2:メモリーと幽霊
筒をよく見てみる。
やはりメモリ自体も息をのむような美しさだ。
鍵のようにギザギザしている訳でもなく、完全に円柱だ。どっちが表とかあるのか少し不安になる。
筒の中央付近に雲のような、もやのような人の姿が見える。
まるで神話に登場する女神のように美しい。
息を呑んでよく見ようとすると、急に男になった。ビックリして手を離しそうになるが、落としたらきっと割れてしまう。そんな気がした。
ぐぅ、と喉の奥からうめき声を出しながら、今にも落としそうな震える手を何とか押さえ、改めて観察する。
角度を変えると真っ赤な髪をした荒々しい男の戦士になったり、青い流れる髪のワンピースを着た女性になったり、金髪のショートカットの可愛らしい猫耳の少女になったり、見目麗し……猫耳?!
はぁ?何だコレ。
宗教画関連の資料だと思ったが、きっと、いや絶対違う。
角度を変えてみると別の絵が現れる下敷きのようなものか。
これは、これはいい。売れるぞ。
絵柄も良いね。グッとくる。
そもそもこれは、記録媒体じゃないのか?
資料室にあるんだから記録媒体だよな。
芸術的な彫刻を資料と呼ぶんだったら俺はちょっと悲しくなるぞ。
そういうのは資料ではなくて博物館にでも飾ってくれ。
他の媒体もあけてみると、モノによって幾何学模様だったり地球儀だったり、色々な種類があることが分かった。
よくあるレジンやアクリルの中にレーザー刻印をしているおもちゃを思い浮かべた。
観光地のお土産などで透明なキューブの中にイルカやお寺が立体的に刻まれているあれだ。
しかし201世紀。こんなものが資料室に置かれているとは考えにくい。
とても信じがたい事だが、これは芸術品の資料ではなく記録媒体の可能性が高い。
なんせ、お土産のクリスタルキューブとは精度が違う。
例えばこの地球儀が刻まれている筒は、大陸の形だけではなく、よくよく見てみると、山や川などもきちんと書かれているし、ドットにしか見えない島も書き込まれている。
3Dモデルか何かだろう。
ふと気が付いて、ネコ耳少女のホログラムを下から覗き込んでみたが、静止した映像の少女は見る角度によって動きを変え、スカートの中が覗ける角度になった時にはこっちに視線を移してスカートを抑えて怒った表情をした。
芸が細かい!作った奴は天才だ。俺が認める。課金させてくれ。
レジンやアクリルなどではなく、水晶か石英か。非常に長い年月の間、データを保ち続ける材質で出来ている事が伺える。
コレなら劣化を免れ、今なお読めるかもしれない。
ありったけを鞄に入れて、持ち帰ることにする。
持ちきれないメモリは紐で縄梯子のようにして体に巻いたり、肩からぶら下げたりした。
見た目はほぼ蓑虫だ。
明日も来よう。
ありったけ持ち帰るぞ。
他にも何か無いかと探索を続けたが、特にめぼしいものは無い。
今日の収穫はこれだけだ。
日没が近づき、クレーン車からサイレンが鳴る。
俺は急いで自分が乗ってきた籠に飛び乗った。
第1層の探索者も同じだろう。
サイレンが鳴り止むと、いっせいに巻き取り機で沢山の籠に繋がったロープを巻き取る。
こうすることで、帰りは何度もクレーン車が往復することなく、探索者をいっぺんに回収することが出来るのだ。
上がっていく籠から他の籠も見える。同じ探索者仲間だ。
皆は1層で回収作業をしていたので、自然と俺は見下ろす形になる。
「ヒデキ、久しぶりだな、元気になったか?」
「ヒデキ、見ろよコレ、まだ鑑定はしていないが恐らくレアアースのインゴットだ。今日はご馳走だぜ」
「おおヒデキ、体は大丈夫なのか?妹さんにもよろしく言っておいてくれ」
皆優しいんだから。
俺の口も自然と笑顔の形になる。
全員おっさんで普段は荒々しいが、自分たちの子供と同じくらいの年齢で働いている俺には、結構優しい。
ケガの復帰後だから尚更だ。
「ああ、俺はもう大丈夫、ありがとう。インゴットって事は10万は硬いよな、やったな!」
心配してくれる人が居るのって、本当にありがたい。
「ヒデキは何見つけたんだ?2層って何も無かったろ?」
「俺はコレを見つけたよ」と、幾何学模様が入っているメモリを取り出す。
「何だそれ、ゴミか?」
「言ってくれるね、これは中身が大事なんだ」
そう言いつつキャップを外した。
縦穴から見える空は夕焼けに染まって真っ赤だ。
他の探索者は俺の手元にある水晶がキラキラ輝くのを遠目で見上げた。
まるでルビーのようにキラキラ輝く筒を見て、他の探索者は息を漏らした。
「綺麗な石だな。宝石か」
「中々の収入になりそうじゃないか。コレなら借金は早く返せそうだな」
「ああ」
頷きながら、メモリのキャップを締めようとした時、クレーン車の投光機が上から探索者たちを真っ白に照らした。
肩越しに投光機の光がメモリに当たる。
キラキラ輝いて綺麗だな、と思ったが、次の瞬間俺の顔は真っ青になった。
1層からの連中は見上げているから自分たちの下が見えていない。
その下は当然さっきまで居た1層だが、そこに大勢の青い顔をした人が居た。
と言うか、青い人が居た。
皆一様に半透明で、身動きひとつせず、こっちを見ている。
鳥肌がぶわっとたつ。
「あば、あばばば」
死んだ事すらあるくせに、幽霊は滅茶苦茶怖い。
口からは意味のある言葉は出なかった。
手が震える。
すると青い人は笑ったり手をこちらに伸ばしたりするが、音は全くしない。その事が恐怖心を倍化させ、括約筋が緩む。
「どうした?ヒデキ?」
「あばばばばばばばば」
トイレに行ってて本当に良かった。
探索者仲間にプシャァする所だった。
思わずメモリを籠の中に落としてしまう。
とたんにフッと大勢の人が消えた。
「あば?」
「おいどうしたんだよヒデキ、下に何かあるのか?……何もねぇな、なぁ頭を打っておかしくなったんじゃないのか?」
まさか。
落としたメモリを拾って光に当てる。
後ろには何かを構えた人が大勢映っている。
さっきの人と同じだ。
恐怖心はあるが、確信があり、今はそんなに怖くない。
まさか。
メモリをほんの少しだけ角度を変える。
動かすたびに、半透明の人が動く。
メモリの幾何学模様を良く見る。
幾何学模様だと思っていたが、螺旋を描いた五線譜のように見える。
角度を変えると音符の位置も変わる。これは……楽譜か……?
……まさか。
1階にいる青い人々を見る。
何か持っている……あれは……楽器?
これ、ただのレーザー刻印じゃない。投影型のホログラフィックメモリだ。
恐らくは、町長と同じようなメカニズムの。
挙動不審な俺を見て、おっちゃんたちが本気で心配し始める。
「おーいヒデキ、お前ほんとにおかしくなっちゃったのか?」
※当時、水晶の中に記録を残す際にデータ配列をいじり、フィギュアを石英の中に閉じ込めるようにデータを保存する「痛メモリ」が流行った。という設定。
付箋を貼ったりデータを読まなくても何が入っているか分かるため、全国的に流行、規格化された。
それまでは
開発経緯としては、データを書き込んだ石英メモリは、書き込んだ部分が真っ白な雲のようになっているだけのものだったが、データの書き込みパターンをいじって、あらかじめ読み込んだ3Dデータのアウトラインに沿ってデータを書き込むソフトが某掲示板有志により開発された。
しかしそれだと書き込めるのがアウトラインのみでデータ量が非常に少なくなってしまうため、ライン上に書き込んだデータを、全ての角度から書き込むことで、見る角度によって読めるデータが異なるメモリの開発に成功。
従来の方法で書き込める容量よりも4倍のデータが書き込めるようになった。
その技術はオープンソースであったが、目ざとい会社が特許申請を出したため、会社のフォーラムが炎上。
1年半にわたる裁判の末、ソフトの開発者に特許が委譲され、直後に特許使用料を無料としたことで一躍知名度が上がり、社会的にも賞賛を受ける。
ソフトの開発者は会社を設立し、痛メモリに圧縮・暗号化技術を付与して書き込めるソフトを有償で販売。
その暗号強度が現行の暗号技術を遥かに超えた事で、官公庁を中心に痛メモリの採用が続出。
ソフト名を無料・有料それぞれ「痛メモリ」「痛メモリ痛」とした事で、後の歴史家が「何が痛いのだ」と頭を抱える原因となった。