■5-1:縦穴への回帰
夜、俺は体の中をイメージし、強くなれ、増えろ、効率を良くするんだ、と語りかけた。
十中八九、この手のものは毎日やらないと意味が無い。
日々の日課にしよう。心のメモに記入する。
町長との会話の中では信じられないと思ったが、実際イメージには強い効果がある。
体を鍛えるときに、マッチョになった自分をイメージしながら鍛えるかどうかで筋肉の付き方が変わってくるのだ。
漫画で読んだから多分間違いないと思う。恐らく。
気がついたら夜が明けていた。
夜通し自分の肉体へ語りかけるその姿はまごう事なき変態。
魔力、増えてるのかな。
実感は無いけど、そんなにすぐに実感があっても困る。
信じて毎日やろう。でも今日の夜はちゃんと寝よう。
30過ぎると徹夜が辛いが、この若い肉体はあと2日くらいは徹夜できそうだ。
……10年後に響くから止めておこう。
前世とあわせたらアラフィフだ。無茶は出来ない。
今日も元気に採掘に行こう。
「クレーンを使わせてくれ」
俺を救助してくれた探索者ギルドで、俺は依頼をした。
「お?おお、クレーンを使うのはいいが、ヒデキ、もうケガは大丈夫なのか?」
「ケガは大丈夫なので、お願い」
「お前さんのおかげで遺跡に縦穴が出来ているからな、皆ガンガン入ってる。他の奴らと共同でいいなら使っていいぞ。」
「ありがとう、料金は救助料金に足しといて!」
そう言って俺は遺跡の縦穴に走る。
「……嵐のような奴だ。自分から借金増やしてどういうつもりだ……?そんなに遺跡って稼げたか?」
行きがけに商店で今日の昼飯と夕飯を買う。
タチアナの作ってくれたスープがあるが、それじゃまるで足りない。
育ち盛りなめんなよ。
なおダンゴ虫は入っていない。昨日で全部食べたからな。
バターロールのようなパンと、合成肉を買う。
合成肉は、シャーレ上のカビの培養の様に、肉……筋肉を無秩序に培養した塊だ。
乾燥させてあるため、ぼそぼそしている。
秩序的に培養し、切り分けられた肉は人工肉と呼ばれるが、コスト面の違いがあるのか食感が全く異なる。
人工肉を切ればステーキになるが、培養肉はそもそもがパサパサコンビーフなので切るも何も最初から粉砕されている。
見た目は完全に家畜の餌だし、値段的にもそんな感じだ。
味はほとんどしないし、口の中の水分がどんどん奪われていく食べ物だが、栄養価は十分にあるそうだ。
卵があればハンバーグを作れるんだが、今のところまだ卵を見たことがない。
下手に探して、虫の卵が出てきても困る。ホントに困る。
鳥が出てくるまで我慢しよう。
俺の中で合成肉をチョイスした理由は、この肉が虫由来のものではないと言うことだ。
出所を心配することなく食べられる食べ物というのは、本当に安心なのだということを実感する。
産地偽装許すまじ。俺は有機栽培に目覚めたぞ。
肉の培養に有機も何もないと思うがそこは気分の問題だ。
パンの内部を意図的に乾燥させるためにバターロールの上に指で穴を開ける。
そのまま指を中に突っ込んでグリグリと引っ掻き回して、パンの内部に空間を作っておく。
そのまま紙袋に突っ込んで腰のポケットの中に入れる。
雑菌が繁殖するかもしれないが、再加熱したら問題ないだろう。多分。
縦穴には大勢の人が居た。
崩落範囲は約13400ミリ。町のワンブロックくらいか。両端の家を巻き込んで、道路のど真ん中に大きな穴が開いている。
前回の崩落の範囲は大体5000ミリ位だったので、倍以上に広がったことになる。
なんて迷惑な穴だ。誰だココに穴を開けた奴は。俺でした。
クレーンを操作しているオペレーターに声をかける。
「おっちゃん!ギルドで許可もらってきた!俺も降りるよ!」
「あぁ?ヒデキじゃねぇか、お前もうケガはいいのかよ」
「もう治った!早くおろしてくれよ、借金返すんだ!」
「分かったわかった。で、最下層か?お宝いっぱいあるもんな」
「いや……第2層で頼む」
「はぁ?あそこは紙が沢山置かれているフロアって先遣隊から聞いたが、そこに金目のものは無いと思うぞ?」
「頼む、2層だ」
「まぁそこで良いなら送ってやるが……」
そういってクレーンを操作し、籠に乗る様に促してきた。
人が3人くらいすっぽり入る籠に乗り、手を上げる。
クレーンのフックが降りてきたので、かごに引っ掛けて、もう一度手を上げる。
オペレーターのおっちゃんがロープを投げてくるのでキャッチ。
このロープはカゴに結んでおくのだ。帰りに必要だからな。
2層に着いた。フックを外して軽く引っ張ると、スルスルとフックは上がっていった。
カゴを邪魔にならない位置に直して歩き始める。
エレベーターホールの地図を見て、俺が向かったのは『資料室』と漢字で書かれた部屋。
いろいろな情報が残っているに違いない。それに加えて、ちょっとした期待を込めておく。
資料室に入る。すでに誰かが探索した跡はある。
目当てのもの…過去の資料が残っているといいな。
時間的に昼の12時位だろうか。ここに来るまでに1時間もかかってしまった。まずはメシを食おう。
これからさらなる肉体労働が待っている。
まずはバターロールを取り出す。
朝のうちに空けておいた穴に培養肉を詰め込む。
詰め込み終わったら指をペロペロ舐める。
行儀が悪いかもしれないが誰も見ていないのでノーカウント。
こぼさないように注意しながら、その穴にタチアナのスープをゆっくり注ぎ込む。
あふれるほど入れる必要は無い。合成肉がしっとりする程度で留めておく。
スパイシー肉詰め版ができた。実に美味しそうだ。
このまま食べてもいいが、どうせなら温めたい。
その辺の紙の束で高さを作った台を2つ作り、橋渡しするように置いた細長い板の上にパンを置く。
髪の毛のような細いワイヤーをパンに触れないようにコイル状に巻いていく。
ワイヤーの両端にバッテリーを充電しそうなクリップを挟んで、魔力を通す。
焦るとワイヤーが切れるので、ゆっくりじっくりだ。
ワイヤーが熱を持っていくのが分かる。ハロゲンヒーターの前に座っているかのように、顔に熱を感じる。
2,3分くらいで良いかな。板からも熱は伝わっているだろう。
魔力の供給を切ると、細いワイヤーはすぐに冷えた。
パンを持ち上げると底が少しだけ焦げていた。
丁度良い焼き加減に出来たようだ。
スープがこぼれないように注意しながら、もっしゃもっしゃパンを食べる。
うん、うまい。キーマカレーパンって感じだ。
付け合わせのスープの味付けが同じなことを除けば、なかなかの昼飯ではないだろうか。
食事を終えて立ち上がる。
う〜ん、満腹。
探索を再開しよう。
部屋の中をぐるっと見渡すと、棚が壁一面をずらっと並んでいる。
店には紙の資料やら、段ボールがいくつも並んでいる。
ダンボールのいくつかがあけられており、価値のなさそうなプラスチックの棒、サイズと見た目は卒業式の賞状を収める筒のようなものが10本ほど転がっていた。
「大切に扱ってくれよ……」
そうつぶやきながら筒を一つ持ち上げる。
プラモを作る時に出来るゴミ、確かライナーだったかな?それに見えなくもない。
こうしてみると、確かにゴミにしか見えないが、恐らく……
未来の、いや、過去のUSBメモリのようなものだろう。
一瞬、原子炉の制御棒が頭に浮かぶが、そんなに短くは無いだろうし、こんなところに置いていいものではない。と思う。
USBメモリが手のひらサイズだと言うことを考えると、こんなに大きなものと言う事は、超長期保存するための大型の記録媒体だろう。多分。
蓋をつかみ、捻ってみると簡単に蓋に隙間が出来た。
蓋だと思っていた部分は持ち手で、長いほうがメモリの本体だった。
やっぱりな、と思いながら端子の形を確認しようと引き抜いたが……そこで俺の手は止まった。
端子が無い。というより、金属などという無粋なものは使っていない。俺はこんなに美しい記録媒体を見たのは初めてであろう。
黒い樹脂で覆われていたが、蓋をはずした瞬間からリンと音が鳴り、薄暗い資料室の中でキラキラ輝く透明な円柱形の棒が姿を現した。
バーに置いてある光る筒のオブジェを連想させるが、そんなちゃっちいものでは無い。
メモリだと当たりをつけていたが、これが本当にメモリなのかがちょっと疑わしくなる。
外から入ってきた光を乱反射し、まるで筒自体がキラキラ輝いているように見える。