■4-1:魔法
自分のことを私というか俺というか迷ったけれど、今の俺は俺だ。俺にした。
俺はスープを食べながらタチアナから話を聞く事にした。
色々過去の事を思い出した衝撃からまだ頭がまとまっていない。
スープに視線を落とすと、綺麗に殻をむかれて足を捥がれたたダンゴ虫が、とろみの付いたゼリーに包まれて真っ白なスープに浮いている。
前世ではこのように処理をされたダンゴ虫を見た事は無かったが、今世の記憶が「あぁ、そういえばこうやって処理しているんだっけか」と補完してくれる。
見た目は完全にエビチリをオレンジのゼリーで包んでホワイトシチューの中に入れたみたいだ。大きさ的にもエビチリのエビくらいだ。
あまりにもサイズが違うので、「ダンゴ虫」と言う言葉が違う生き物を指しているのではないか?と淡い期待を持って最近の記憶にあるダンゴ虫を思い出す。
……まんま、前世のダンゴ虫をサイズアップしたものであった。
現実から逃げるように、シチューの部分だけを掬って口に運ぶ。ホワイトソースの味を想像していたが、結構スパイシーだ。
こりゃ美味い。カレーの仲間と言われたら信じてしまいそう。
紐付いて出てきたのは記憶の中にあるダンゴ虫スープの味。
頭の中で「僕ってこんな味だよ」と自己主張するが、まったくもって信じられない。
前世で言うと、小学校の時にたくさん捕まえた昆虫、大人になって触りたいと思うか?
絶対触りたくない。
昔の記憶なんて昔のものだ。今に引っ張るようなもんじゃない。
今の俺がどう思うかが一番大事だ。
昔空き缶いっぱいに詰めたカナブン、今見たら絶対夢に出る。
だから、記憶の中にあるダンゴ虫スープの味を一生懸命に否定する。
たしか先週も食べたんだけど、そんなの知らない、忘れた。覚えてない。
あっという間にスープは無くなった。
ダンゴ虫のゼリー包みだけが皿の中に残った状態で5分ほどダンゴ虫とにらめっこする。
気分は小学校の昼休みだ。
食べ終わるまでお昼休みに行けません。
あら、みんなは校庭でドッジボールをして楽しそうね。
ヒデ子先生、元気だろうか。
1万年以上前にお亡くなりになっているが。
現実逃避をしてもダンゴ虫は無くなってくれない。
これも小学生のときと同じだ。
タチアナがずっとこっちを見ている。
不安そうな顔だ。
恐らく大好物のダンゴ虫スープを食べられないくらい弱っているんだろうか、とか考えているのかもしれない。
ヒデキ、男の見せ所だ。
これはエビ、これはエビ、これはエビ、これはエビ、これはエビ、これはエビ、これはエビ、これはエビ。
よし。
覚悟を決めて口の中に放り込み、噛まずに飲み込もうと努力する。
が、悲しいかな、小さいころから30回噛んでから呑み込むように教育された俺は、条件反射的に噛んでしまった。
……悔しい事に旨かった。甘みと言うか旨味と言うか、辛くないエビチリの味がした。
俺の中の今世の部分が「やっぱタチアナが作るダンゴ虫スープは最高だな!」と言っている。
俺の中の前世の部分はただひたすらに混乱している。
顔の表情筋はガチガチに固まっていたが、何度か目を瞬かせてタチアナを見ると、ほっとしたような顔をしてくれた。
どんな表情をしていたのか自分でも良く分からない。
勇気を出してもう一匹口に含んで、今度はちゃんと噛んで食べる。
きっとスープと一緒に食べると、最初に舌に触れるスープがピリッと口内を刺激して、噛み砕いたダンゴ虫がやさしく甘さで包み込む、まさしくスイートチリソース的な味の広がりを感じられたことだろう。
さっき封印したばかりの記憶が自己主張してくる。
俺はダンゴ虫だー!どうだ美味いだろー!
まぁ、味は認めよう。うん。調理前の姿だけ思い出さなければ良いんだ。
なぁに、寿司ネタのシャコだって調理前は完全にアレだからな。
いいか?ググるなよ?
全然忘れられてないじゃんって言う突っ込みも受け付けない。
途中で何度か調理前のダンゴ虫の姿が脳裏に浮かんで気持ち悪くなるが、どうにか完食した。
口直しのお茶を飲んで、何があったかをタチアナに聞く。
どうやら崩落があったことで、町中の警報機が鳴り響き、誰かが遭難したのだと捜索隊が組まれたそうだ。
地上から最下層のエントランスホールまで吹き抜けて崩落しており、最下層で倒れてる私を地上から発見し、そのままクレーンで持ち上げたのだと。
景品じゃないんだから、もうちょっと丁寧に扱って欲しい。
助かってよかったが、救助料金は発生した。
結構高い。
1年分くらいの収入が吹っ飛ぶ計算になるが、こんなギリギリの生活で貯金なんてできなかったので、丸々借金になった。
貸主は町長だ。
お金貯められてなかったんだよな。ダンゴ虫食べるくらい追いつめられてるんだもんな。
タチアナに謝ると、タチアナがとんでもない事を言い出した。
なんとダンゴ虫は庶民レベルから見てだが、そこそこ高級食材らしい。
ボーナス後だけ食べられる、輸入じゃない肉厚ステーキレベル位。
「えぇ?!ダンゴ虫食べてるから貯金が無いの?!」
何やってんだよォ!ダンゴ虫食べさせるくらいなら貯めてくれよ!
ダンゴ虫以外にも草とか合成肉とかあるだろうよ。それでいいよ!
そう言われて泣き出してしまったのはタチアナだ。
下を向いて下唇を噛み、ひっくひっくと喉を鳴らしながらぽろぽろ泣き出した。
俺はハッとして自らの記憶を辿る。
何故だ?とは思わない。
こうして無言で女性が泣く時は150%の確率で男が悪い。
75%の確率で言葉、75%の割合で行動。合わせて150%男が悪いのだ。俺が今決めた。
残り25%が2つは男は悪くないのだが、ここだけは25%の25%で6%程度になる。
パーセントのあまった残りは「うやむや」だ。
記憶を辿る。
そう―――俺は昔からダンゴ虫が食べたい食べたいと普段の味気ない食事の毎日に嫌気が差していた。
タチアナは俺の安定しない稼ぎの中から、出来るだけダンゴ虫を食べさせてあげようと少しずつお金を貯めて、月に1回程度ではあるが、ダンゴ虫を食べさせるようにしていた。
ダンゴ虫の日を決めた時期もあった。
ヒデキはタチアナの苦労に気づいていながらも、ダンゴ虫欲しさに、事あるごとにダンゴ虫が食べたいとタチアナに零していたのだ。
家計のやりくりには苦労しただろう。
それでも自分を救ってくれた命の恩人だからと文句一つ言わず、ダンゴ虫のスープを作ってくれていたのだ。
それが急に人が変わったようにダンゴ虫より貯金だと言う。
そりゃ泣くわ。グーパンだわ。刺されても不思議じゃない。
今までの苦労を台無しにされた。そう思うのも無理はないし、事実そうだ。
ごめんよタチアナ、完全に俺が悪い。
ダンゴ虫美味しいよ。味は。
おいしさとアガペーに満ち溢れているおいしくて素敵でおいしい料理だよ。
ごめんよダンゴ虫、俺が悪かった。
見た目はともかく味は良かった。
是非とも見た目を何とかする方向で進化してくれ。
そして記憶が戻る前の俺、もう少し我慢を知れ。
まったく。俺は我慢を思い出したから良いものの。
一生懸命タチアナに謝ってナデナデして機嫌を戻してもらったところで、借金の話に戻ろう。
宝くじに当たったように突発的な巨額借金を背負ってしまったが、町長にお願いしたら分割払いで良いと言うので助かる。
しかし……一度発達した文明が崩壊した後の世界か。
そういう映画があったな。DVDのカバーが完全にネタバレなモンキーな惑星。
異世界モノよりもハードルが高い。
何せ資源は取りつくされた後だ。
きっと砂漠も多い。
突然変異なミュータントが緑色の体液を撒き散らして人々を襲うんだ。
そしてタチアナ。
夫婦オプションって幼馴染から妹にジョブチェンジさせるくらいの運命の強さを与えちゃってるんですか。
神様と言うより鬼様。
あえて言うぞ。
それなんてエロゲだ。
タチアナは記憶は戻っていないようだ。
戻ってたら俺のミスでこんなトンデモ未来に連れてこられて、あまつさえ俺の事を頼って生きてる現状に悲観して自殺しかねない。
俺がこうして記憶を戻した以上、ひょんな事でタチアナも記憶を戻すかもしれない。
幼馴染が血の繋がらない妹でメチャクチャ可愛いというエロゲ的な初期配置にもかかわらず、周りを取り巻く環境がベリーハードで全然嬉しくない。
死後の市役所で登録した豪運先生は息をしていないのか。
王族の庇護も伝説の武器も魔法も無いなんて。
課金させろ。
食べ物はもう考えるのは止めよう。
ダンゴ虫なんていないんだ。
とりあえずカネを返すことを考えよう。
記憶が戻った俺はチートのはず。
古代文字読めるんだぜ、すげーだろ。
強がっては見たが、孤児スタートで後ろ盾も無い状況で何が出来るよ……遺跡漁りくらいだ。
頼りになるのはタチアナと話し相手になってくれる町長くらいか。
借金スタートの状況に、思わず独り言が出る。
「でも転生って魔法に期待してた自分も居るんだよな、魔法があればいいのに。」
「魔法はあるよ、ヒデキ。何言ってるの?」
「へ?え?ちょっと、何それ詳しく」
どうやら魔法はあるらしい。タチアナが手を伸ばして力を入れると、腕からバチッと火花が飛んだ。
「ヒデキ、忘れちゃったの?この魔力がないと、私たちご飯も作れないじゃない」
「そうだったか……あ、いや、そうか。そうだったな。てっきり呪文を唱えて火の玉が出たりする奴かと思ってたんだ。……そう言えば昔居たよな」
「あぁ、ずっと前の。あの人は……多分中二病ね。音声認識なんて時代じゃないし。ほんとは呪文なんて無くてもちゃんと魔力を制御出来てれば、火の玉を飛ばす魔道具があれば同じことは出来るもの。カッコつけてるのか、魔力運用が下手なのかは知らないけど、戦いが終わった後の態度を見たら、絶対中二病よ。治療を受けられなかったらヒデキもああなっちゃうかもしれないから、症状が出たらちゃんと言うのよ?」
途中で多分が絶対になったぞ。
と言うか中二病って立派な病名だったのか。
そっちのほうが驚きだ。
「症状ってどんなのだよ」
「そうね、いきなり前世の記憶がよみがえったとか、俺は何かの生まれ変わりだとか言い出すのが多いって聞くわ」
「あ、おう。そ、そうか」
前世の事は出来るだけ言わないようにしよう。
リアルに病院送りになってしまう。
虫を食べる文明レベルの病院とか恐ろしすぎる。
しかし、魔法か。
前世の記憶の魔法と、今の記憶の魔法が全く異なっていたため混乱したが、今の人間は魔法を使える。
正確には、体のあちこちから魔力と言う名のどう見ても電気なサムシングを放出し、魔道具を通してさまざまな現象を引き起こし、それを魔法と呼んでいるとの事。
「凄いな、超電磁砲が撃てるじゃないか」
「何それ」
「電力を用いた最強武器だと個人的には思っている」
「電力って何よ、魔力でしょ」
「そうだな……魔力だよな、うん。ご飯も食べ終わったし、寝るよ。タチアナ、ありがとな」
「変なヒデキ。おやすみ、しっかり寝てね」
今はもう電力と言う言葉は使われていないのか。
電機は魔法、電力は魔力。
言い間違えると恥をかきそうだ。
言ってはみたものの、超電磁砲って、仕組みは分かるが……どうやって撃つのか見当もつかない。
放電についても、生き物が高々2万年で進化する量なんてたいした事無い。
恐らく過去に遺伝子操作なり何なりがあったんだろうな。
その日の夜、寝付けない俺は町長を呼び出した。
外に出て名前を呼ぶだけで、昼も夜も関係なく話せるなんて、人間ではないのは知っていたが、間違いなく人工知能だろう。
その確認でもある。
「町長、話がしたい」
瞬間、目の前に町長が現れる。この技術、すげーわ。
「……何かね?ヒデキ君。こんな時間に珍しいの」
「以前に年齢を尋ねたよな。その時あんたはこういった。『RTC破損しているから年齢は分からない』と」
「ああ、その通りだ」
「では教えてくれ、RTC……機械的な時計は破損しても、ソフトウェアの時計は動いているだろう?一番古いログの年を教えてくれ」
町長はその質問は初めて受けたのか、片方の眉を上げ、しばらく考えるそぶりを見せて答えてくれた。
「西暦2820年じゃ。途中で何度かシステムは停止しているため、暫定的に再起動後は直前のログの次の瞬間としている。それから何年経ったかは分からんの」
「そうか……町長、今が西暦何年か知りたいか?」