■21-2 水星土産
「濃紺、だ」
「承認。再起動シークエンスヲ、ススメマス」
ざわめく水星人たち。
「まさか本当に濃紺だとは……一部では有名なネタだから分かっただけだよ」
「それが分かるヒデキ君がおかしいと思うけど、すごいよ!ありがとう!」
フィグが興奮して叫んでいる。
まるで折り紙を初めて目の前で折った時の外人の反応みたいだ。
「でも何で濃紺なんだい?水星は黒か紫ではないのかい?」
「あぁ、惑星に色づけする問題としては初歩的な謎掛けだからね、これ」
そういって問題を解説した。
「はぁ~人間って凄いね。星の名を冠した戦士か。センスあるね」
「コレ、今の人類に答えられる奴は生き残ってないと思う。と言うか思いつく色をどんどんいうのはダメなのか?」
「実はパスワードの入力回数には制限があってね、10回間違えるとロックが掛かるんだ。今野が9回目だったから、間違ってたら後1回しかチャンスは無かったんだよ。それに答えが色とは限らなかったしね。」
げえ、そんな重大なパスワードだったのかよ!あぶねえ。
しかも過去に青と回答した記録も有るらしい。青じゃダメだったのかよ……。
ある意味本当に水星の危機だった訳で。
それからなんと2時間で水星の再起動が終わった。
おいおいサーバーメンテで再起動の必要があるときなんて一晩コースだぞ。しかも1個のビルのサーバーで。
星全体で2時間とかマジで言ってるの?
水星人達は、この星初めての停電に大はしゃぎしていた。
人生初めての自然な夜、きっと多くの新しい命が芽吹く事だろう。
なお俺たちは普通に飯食ってた。
フィグに頼んで気密室を用意してもらったのだ。
飯を食いながら雑談をする。
「そういやさ、何で水星人は地球上に降りないんだ?」
「何でって、どういうこと?」
「いや地上で太陽のほうからUFOが来るとか話聞いた事あるんだよね。お前らじゃないの?」
「うーん、たぶん僕らだと思うけど、地上に降りて何かするの?」
「何かって、そりゃあわかんねえけど、降りたいって思わないのか?」
「だって、地上には何も無いじゃないか」
「ほら森とか海とか川とか、水星に無いものがいっぱいあるじゃん」
「それって楽しいの?」
「水星にないだけで体験したいって思ったりしない?」
「だって地球上ではご飯無いし、確か調査に行った人から聞いたけど、上空からの走査で十分地球上のことは分かるって言ってたよ」
「あぁ、興味がそんなに無いのか」
「うーん、じゃあヒデキ君に聞くけど、大昔に戦争をして自然だけはあるけど今は技術が全然発達していない国に行きたい?」
「なるほど、そういうことか。確かに興味はそんなに沸かないわ。飯も無いしな。外から見るだけで十分だ」
「そういうことさ」
飯を食って、俺たちは就寝、フィグは評議会とか言うこの星の国会みたいな所で報告があるんだとか。
まぁ頑張れ。
翌朝、起きてしばらく混乱した。
友達の家とか一夜のアバンチュールなんて目じゃない衝撃だった。そうだ、俺、水星に来てたんだ。
くそ、この朝のむしゃくしゃと背中の冷や汗はフィグにぶつけてやる。
せっかく水星に来たんだ。何か土産と言うか水星ならではのサムシングを貰いたいな。
「と言うわけでフィグ、何かくれ」
「唐突だね、でもいいと思うよ。君たちは星の危機を救った英雄だからね。評議会でも許可が出ると思う」
「あんな問題を解いたくらいで英雄とは恐れ入るが、アレだろ、水星ってナノマシンの群体から出来てるんだろ?いろいろ作ってほしいものがあるんだよね」
「多分それくらいなら大丈夫だと思うけど、君らの体とか、ちょっと調べさせてくれよ。そしたら色々用意できると思う」
「じゃあついでに腕にゲタ履かせるとしよう。アイアン、カッパー、地球の根性焼きを見せてやれ」
「ここでやるのですか?」
「あぁ、手首は実装済みだが左肩は空いてるからな」
「ヒデキ君?その針は?ちょっと見せてもらえるかな。え、これ、インプラント器具?え、刺すの?人力で?」
フィグがドン引きしている。ドン引きしながらも興味しんしんである。
古代人の開頭手術を目の前にしている現代人のような反応だ。
いいんだよ、これで。俺の覚悟を見せてやる。
そして俺は激痛の中、ICソケットを装着した。
部族の成人の儀式の刺青を見たように、フィグは感動しながらその光景を記録していた。
翌日、水星人達がしきりに俺に会いに来て、腕につけたゲタを見ている。
なんだ、動画投稿サイトにでも晒されたのか? って位、沢山の水星人が来た。
俺の腕を見て、すげえ、とか、クレイジー、とか言ってる。
ボキャブラリーは結構貧困なのな。
何人かが自分でデザインしたチップを渡してきて、是非使ってみてくれと言ってきた。
複数あったので、全部は装着できないな。
仕方が無いのでゲタを増やそう。
もうやけくそだ。どうせなら公開装着ショーだ。
またアイアンとカッパーが俺を押さえつけて、自分でICソケットを装着。
針を差し込んで行くたびに水星人がざわめき、隣同士ヒソヒソ話をしている。
気分はちょっとした有名人だ。
それもそうだろう。
フィグの言う所によると、地球人というのはある意味伝説の存在で、神々の子孫ではあるが退化を極めて今は原生動物的な扱いなのだ。
その生の生態系が目の前に!
伊達に1万年以上時間が経ってない。しばらく俺はパンダになろう。
で、ゲタを増やしたので涙目になりながらも色々なチップを試してみた。
どれもコレも地球上のチップとは性能に差が有りすぎる。
と言うより知性が宿ってるとしか思えない。
そらそうだよね。ナノマシンで出来てるんだもん、このチップ。
聞く所によると、水星では虫みたいな立ち位置に居る奴らしい。
すげえな水星。チップがその辺をうようよしているのか。
じゃあお前らもこのチップ食べるのか?と冗談で言ったら本気で未開部族扱いされた。泣くぞ。
そうだよな、文明人は虫食べないよな。だって他に食べられるものいっぱいあるもんな。
いや偏見は良くない、きっと水星人の中にも虫を好んで食べる奴は居るはずだ。
じゃないと俺は泣いてしまいそうだ。
そして3日ほど経過した。
タチアナも幾つかチップを貰っていた。
オペアンプ以外にも神経打ち込み型以外のチップを貰っていたようだ。
ジョーイも同じくペンダント型やイヤリング型のチップを装着している。銃も新しくなった。
ひょっとして俺、痛い思いをする必要って無かった?
いやいい、地球人の根性を見せ付けてやっただけでも意味は有ったのだ。
カラロイド達もコントロールユニット以外は水星謹製のボディに生まれ変わっている。見た目は変わらないけどね。
ご飯が後3日分しか無くなってきたので、月に戻ろう。
槍で行くの? それしかないの? ゲートは?
え、無い?戦争で無くなった?
あっ……そう。
そうか……
フィグ、帰ろうか。送ってってくれ。
「もちろんだよヒデキ君、帰りもどうせ暇だろ、神話の話をもっとしたかったんだ!」
残りの水星人達の羨望の視線を受け、フィグと一緒に水星を後にした。




