■3:おおけが
今日も廃材を取りに遺跡に行くことにした。
現在シタマチ4層の「資材室」と書かれた部屋に居る。ここには建築材料はもとより、いろいろなチップが保管されているので、俺の中では部屋というより鉱脈だ。
シタマチ2層の「資料室」も似たような字なので、おそらく似たようなものが置いてあるのだろう。
遺跡で迷わないコツなんだが「エレベーターホール」という広場に行けば、壁に大まかな地図は書いてあるんだ。
数字は現在と共通らしく、この町が7段に重ねられた天井の一番上、つまり7階にできている事が分かっている。
遺跡の1階はとても高く、低くても2400ミリ、高いと4000ミリ以上になる。
俺の身長が大人の平均と同じ171ミリなので、どれだけ高いかは想像がつくと思う。
最近発掘されるのは鋼材よりチップがメインで、棚のようになっている段ボールからどんどん抜き出してはカバンの中に詰め込んでいく。
今のところ、この遺跡の部屋を見つけているのは俺だけのようなので、しばらくは生活は安心だろう。
段ボールのさらに下にある段ボールを抜け出そうとしたところ、突然突き上げるような地響きがした。
なんだ?と思う間もなくその地響きが大きくなり、突然足元に大きな亀裂が走った。
「うわっ!」
何もできずに亀裂はそのまま広がり突然足元に大きな空間が出現した。
そのまま俺はどんどん落下していく。
いつかこうなる日が来るのは、頭のどこかではわかっていたつもりだったが、いざ自分が死ぬ目に会うと、後悔しか出てこない。
タチアナ、すまない。お兄ちゃんはここまでだ。
後悔しながらどんどん落下していく体を必死で抱きしめた。
……じゃない!そのまま落ちたら死ぬだろう!
俺は腕輪についている石をギュッと握り、右にぐいっと回した。
腕からパチッと火花が散り、腕輪が活性化され、体の表面にぼんやりと光る膜が出来る。
遺跡で拾った俺の命綱、『個人用慣性中和装置』だ。
カンジは難しく、俺も全部読めるわけじゃないが、いくつかは読める。
「個人」は分かる。一人って意味だ。「装置」も分かる。機械のことだ。
「性」も分かる。男と女だ。「中」は内側で、「和」は調律とか公平とかそういう意味だったと思う。
「用慣」が分からないが、恐らくここに意味があるのだろう。
コイツは作動させてから2,3秒の間は一切の衝撃を受けなくする。
使うと結構疲れるので、一日に何度も使えないのが弱点だ。
カンジの意味をたどると一人ひとり、謎の文字、男女、内側、公平とあるので、恐らく一人で夫婦喧嘩などを仲裁するのに使われたのだろう。
落下したことによる衝撃は全くなかった。
壁にはカタカナで『エントランス』と書かれているので、シタマチ1層で間違いはないだろう。
上層部で見た地図と同じ表記だ。
それより辺りを見渡すと見たこともない機械がたくさん並んでいて、先程の反省が嘘のように俺は宝の山に目を奪われていた。
何とかしてこの宝を持ち帰れないかと画策していたところ、後から何やら嫌な雰囲気を感じとった。
(誰かいるのか)
ここですぐ後ろを振り返るようでは遺跡の中では生きていけない。
目の前にある大きな箱のような機械の影に隠れるように飛びこんだ。
そっと物陰から自分の後ろを確認する。
あれは。
太い筒から4つの足が生えている。
胴体の上の方には、赤く不定期に点滅する大きな灯りと、いくつかの目が見える。
腕らしいものは何も見えない。
足には車輪のようなものが付いているので動く事ができるようだが、見た目はのろそうだ。
襲われても何とかできそう……かも。
闘争から鎮圧へ頭を切り替えて、無言でドラム缶に向けて走り出す。
走りながら懐からヒートナイフを抜き出し、力を込める。
腕から火花が飛び、ナイフに熱を感じる。
ナイフが赤熱するのを肌で感じながら、ドラム缶の目の前で大きく跳躍。
この手の機械は1番上か後ろ側に停止スイッチがあるはず。
しかし筒を飛び越えながらスイッチを探すが、どこにも見当たらない。
まずい。
音も無く筒の後ろに着地する。
と言っても、前か後ろか分からないが。
筒から伸びる4本の足が動き出した。
俺に体当たりを仕掛けて来るつもりのように見える。
スイッチが無いなら物理的に止めるしかない。
俺は地面に倒れこみながら、関節部から露出しているケーブルを片っ端から切っていく。
動きが鈍ったと思ったが、筒から大きな音が鳴ったと思った瞬間、目の前が真っ白になり、口の中に血の味が広がる。
体中が痛く、熱い。
声を出そうとしたが、喉からはヒューヒュー鳴るだけだ。
耳も良く聞こえないが、崩落らしい地響きが鳴り響いている。
もう呼吸するので精一杯だ。
どうやらあの筒が爆発したのか、俺は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられていたようだ。
個人用慣性中和装置は全く間に合わなかった。
薄れていく意識の中、何とか生き残ってタチアナの元に帰るんだと歯を食いしばった。
でも……もう……。
変わった夢を見た。
知らない場所で俺はゲームをしていた。
夜のはずなのに回りは明るく、色とりどりの光が部屋を照らす。
大音量の音楽にリズムを合わせてステップ。ステップ。
音楽に合わせて体を動かし、結果に一喜一憂していた。
家に帰ると白い箱を開けて冷たい飲み物を飲む。
初めて飲んだのに、とてもとても懐かしい味がした。
棒に刺さった肉、幸せの味がした。
そう、これで明日も頑張れると心の底から思ったのだ。
おかしい、こんなものは町にも遺跡のどこにもなかった。なのになぜ俺はこんなもの懐かしいと感じているのだろうか。
おれ?おれとは誰だ。俺の名前は――――
「ヒデキ!ヒデキ!」
ふと声がして目を開けると、知らない女の子が俺を抱きしめていた。
「何で……ここはどこだ?」
「おうちだよ、ヒデキは4日も寝てたんだから!」
「何か記憶が……私は……」
「目が覚めてよかった、あたしご飯持ってくるね!あとヒデキ、私って言い方変だよ?女の子みたい」
そういって女の子は走っていった。
あの子は、そう、妹のタチアナだ。
そう認識した瞬間、口からは間抜けな声が出る。
「へ?あ……ああ!」
スイッチがカチッと入ったように全て思い出してしまった。
ああ、思い出してしまった。
前世の記憶を思い出してしまった。
ずっと昔、文字通り生まれる前の記憶だ。
そう、あの贅を尽くした食事を思い出してしまったということは……
「はいヒデキ!大好物のダンゴ虫スープだよ!」
こうなるんだよな。
うう、ディストピア系の未来でしたか。
味は美味いが精神的には毒でした。