■12-1:サンドワームと新宿御苑
前にはジャングル、後ろには巨大なサンドワーム。
ファンタジーでは標準的なサンドワームで、砂色で表面はゴツゴツしている。
形状としては巨大なミミズで先端が大きな口になっており、内部が掘削機のような歯になっている所もテンプレート通りだ。
しかしミミズ特有のヌルヌルしている雰囲気はまったくない。
こんな所でファンタジーしなくてもいいのに!
口の直径は1500ミリほどもあり、体長は見えている範囲だけで数千ミリもある。俺を9人くらい縦に並べたほどの口の大きさだ。
前世で考えても、とにかくでかい。
1.5メートルの口に数メートルの体を持つミミズなんて、前世の記憶にも無い。
記憶が戻った直後に妄想した、突然変異なミュータントが人々を襲うなんて、ろくな事考えたのがまずかったのか。
ミュータントなんて無いさ、ミュータントなんて嘘さと呟いて後ろを振り返ると、視界いっぱいに大きな口が見えた。
現実はいつも残酷だ。
「うわっうわあっ」
マジビビリ。
全力で魔力を込めて急加速。
一生懸命リフターの操縦をする。
タチアナにも魔力の供給を全力で行うように依頼し真正面の新宿御苑に向けて思いっきり走る。
まだ新宿御苑まで数百メートルの距離がある。
後ろを見ると、サンドワームとの鬼ごっこ。
負けたらムシャられる。全力でお断りだ。
森の中を抜ければ追いかけてこれないかもしれないが、ここで新宿御苑の中に飛び込むのは馬鹿か自殺者か漫画の主人公のすることだろう。
新宿御苑は高さ数十メートルの木が何十本も何百本も並んでいる。
その中をリフターで抜ける?この速度で?
今リフターはとんでもなく速いスピードでサンドワームから逃げている。
高度はとれず地面すれすれだ。
走った後には砂煙が上がるほどの速度だ。
そういえば、とカバンを片手で漁る。
図書館の害虫駆除機からとった回路に、虫が嫌がる音波を出す機構があった。
それを駆使してどうにかならないか?
リフターは飛んでいる間は安定している。片手で音波発生装置をつかんだまま、腰の後ろにある魔石から魔力を供給し、虫が嫌がる音波を出してみる。
後からサンドワームの鳴き声が聞こえる。多少効果はあるようだが、鳴き声が少ししか遠ざからないので持ってきていると言うことには変わりない。
くそ、ジリ貧か。
奴の口が届かない高さまで高度を上げようとしても、上げ切る前に失速して捕まる。
左右に避けても失速するのは同じだ。
地面すれすれを走っていると言う事もあり、体感速度はめちゃくちゃ速い。
昔動画で時速約300キロの映像を見たが、それくらい。
ん?つまり前世のスピードだと時速30キロ程度ではないか?
高度を上げれば怖くない気がする。
学生時代はオフロードバイクで森の中を走り回った経験もあるしレースに出た事もある。
社会人になってからも、普段からオフロードバイクに乗っていた。
やってやれないことはないんじゃないだろうか。
そう考えると、ちょっと気が楽になった。
リフターを操作して、徐々に徐々に高度を上げていく。
新宿御苑はなかなか近づいてこない。
それもそうだ、今の高度は1.5メートル程度。
つまり前世の視点よりも少し低い位だ。
この高さを維持するのであれば、森の中をバイクで駆け抜ける感覚で突き進める事が出来るんじゃないだろうか。
不確定な方法で問題に対処はしたくないが、後ろからの鳴き声はだんだん近づいてきている気もするし、ここはもう腹をくくるしかないだろう。
何よりこの高さでもサンドワームは容赦なく追いかけてきている。
高度を上げるだけでは駄目そうだ。
「タチアナ、森に突っ込むぞ!」
「えぇ!?正気!?滅茶苦茶だわ!死んじゃうじゃない!」
「じゃあ後ろのあいつに喰われるか?」
「そっちも死んじゃうじゃないの!それも嫌よ!…仕方ないわね。死んだら祟ってやるから」
「だーいじょうぶ大丈夫。何とかなるって」
「ホントに?ホントにホント?」
「任せとけって」
そう言いながらも俺は内心冷や汗がダラダラだ。
俺はこれからやったこともない、できるかどうかもわからないことをやる。
今日初めて乗った、もっと言うと今日初めて作ったマシンだ。
正直言ってとてもストレスしかない。
やらないでいいならやりたくない。
でも……やらなきゃ死ぬなら、やるしか……ないよな。
ここら辺にテンションが上がったりパニックを起こしたりするとまず間違いなく死ぬ。
意識して深呼吸をする。
冷静に、集中力を切らすことなく、森を駆け抜けるんだ。
目指すは新宿。
それから高度を維持したまま1、2分程度で森に突入した。
森に入ってからも、サンドワームは勢いを止めることなく俺たちを追いかけ続ける。
後からの鳴き声が止まないので振り返ると、やっぱり追いかけてきていた。
「くそっ、フィールドはもうサンドじゃないのに元気いっぱいだな。普通最初のモンスターはゴブリンとかスライムとかの雑魚モンスターが基本なんじゃないのかよ。サイズ的にもしつこさ的にも、どう見てもボスクラスじゃないかっ」
「ヒデキ!前!前!」
慌てて前を向くと、巨大な木が目の前に迫っていた。
「うひょえ!」
慌ててリアをスライドさせながら、跳ねるように方向転換する。
俺の身長よりも大きな葉っぱが俺の頰を掠めていった。
まるで巨大なギロチンだ。
左手をそっと股間に伸ばし、漏らしていないことを確認する。セーフ。
ここでテンション上げたら死ぬ。ここでテンション上げたら死ぬ。落ち着け、冷静に。
ブツブツ呟きながら運転し、沼地を超え、竹林を抜け、草原に出た。
サンドワームの鳴き声はいつしか聞こえなくなっていた。
どうやら振り切ったようだ。
多分沼地かな。あの体じゃ水分には弱いだろう。
魔力もだいぶ消費して息が上がってきたので、速度を緩める。
タチアナには後方の警戒をお願いした。
草原にはさすがに野生動物がいた。
この世界に来て初めての人類以外の哺乳類だ。しかも。
ぐ、偶蹄目だ!灰色のブタが居るぞ!持って帰りたい!養殖したい!
いや待てシンジュクシティに行けばトンカツが食べられるのでは?
さっきまで冷静だったテンションは、危機を脱した安堵感もあり、とどまるところを知らない。
「なぁタチアナ、こいつら持って帰っていいよな!」
「ダメに決まってるでしょう!何よこの生き物」
「食えるんだ!」
「とても食べられるようには見えないわ」
「どう見ても食えるだろう、大ヨークシャーだ!」
「あぁもういいかげんにして!まずは安全確保が第一でしょう!」
そう言ってタチアナは俺の耳を引っ張る。
「いたたた、わ、わわかった、俺が悪かった。耳取れてしまう。後で、後で絶対来るからな、待ってろよ豚どもーーーー!」
追い越して、見る見るうちに小さくなっていく視界の中の豚。
見た感じ、サイズはどうやら1/10のようだ。
こいつらも小さくなってるのか。
新宿御苑大森林を抜けて新宿ダンジョン、もといシンジュシティに着いた。
空を飛ぶ乗り物を見て人々が指を指しているのが見える。
結構…いやかなり人が多い。
正直言って、トーキョーシティより多いんじゃないだろうか。
この世界に馬車や車は無い。
と言うか人を乗せて運ぶ乗り物がない。
人々から見て俺たちの姿はどう映ってるんだろうか。
考えるまでも無い、高く売れそうなお宝を持ってるチョロそうなガキだ。
ひょっとしなくてもこのリフター、盗まれてしまう。
町外れに着陸し、リフターを半分解体し、荷車の形に組み立てる。
意図的にボロボロに仕上げ、車輪も外れかけているようにした。
偽装はバッチリだ。
これなら盗まれることもないだろう。
ちょっと浮いてるのはご愛嬌。
安全な宿を聞いて、その宿屋にチェックイン。
荷車……リフターを置いて、この町の観光に行くことにした。
そこで俺は、この世界での一等国民・二等国民の真実を知る事になった。




