■11:図書館の中の真実
リフターが出来た。
円周上にまとめたコイルがショートしないように絶縁テープでくるくる巻いていく。
魔力を注入する端子のみ、取っ手のようにはみ出している。
と言うか、取っ手だ。コントローラも兼ねている。
これを体の中央をぐるっと回るように配置された姿はまるでドーナツ。と言うか浮き輪。
……と言うか浮き輪。
力場の中心を体の重心に近づける必要があるので、自然と浮き輪の状態になる。
漏れた力場をキャッチして調整するフィンも、浮き輪の端のヒダヒダにしか見えない。
魔力をそっと流すと、音もなく体が浮かぶ。
リフターの周囲の空間ごと力場を発生させているので、リフターに乗っかっているとかぶら下がっているという感覚は無く、ふわりと体が浮かんでいる。
……浮き輪だなぁ。
浮き輪を少し傾けると、体が前に進む。操縦は結構楽か。今は歩く程度の速度だ。スピードがどれだけ出るのかはわからないが、今確かめる必要は無いだろう。予定の前に壊してしまっては意味がない。
そういうのは予定を終わらせてからだ。
タチアナは壊滅的に運転が下手なので、はぐれないように俺とタチアナのリフターを紐で結ぶ。
ますます浮き輪だ。
司書の前に戻ってきた俺は、改めてリフターを操作し、カードリーダーにペンギンカードをかざす。
ゴウン……・と音を立てて、ゆっくりと図書館の扉が開いた。光は降り注がなかった。
中からホコリがドライアイスのスモークのように湧き出してきたので、あわてて高度を上げる。
司書はホコリに飲み込まれてしまったと思った瞬間、ふっと消えてしまった。
ここから先は俺とタチアナの二人で進むことになるようだ。
前世の体感で言うと、高さ40mの天井の部屋の30mあたりを浮き輪に乗って飛んでいる。
眼下15mほどの所には雲海があり、そこから自分の目線あたりまでのビルのような本棚がずらっと並んでいる。
腐った海の上を飛ぶ人類の末裔、気分は凄く風の谷の映画の主人公。
浮き輪だから全然締まらない所が本当に残念だ。スピードも出てない。
自分がホモ・サピエンスではない所も風の谷っぽいが、結末を考えると恐ろしすぎる。
本棚を見てみると、いろいろな本が細かい毛が生えた状態で見えている。
俺の身長位の本や、もっと大きい本もあるが、一様にほわほわしている。
カビだかホコリだか分からないが、開いてみる事が出来るとはとても思えないほど、今にも無くなりそうだ。
並んでいる本の1冊に触れると、音もなくファサッと崩れ去り、ほこりが舞った。
「風化したのか……」
「ヒデキ……」
タチアナが心配そうに、泣きそうな目でこっちを見ている。
アレだけ探していた本がこのありさまだ。
俺も泣きそうだ。
他の本も、同じくギリギリの状態で姿を保っているのだろう。それを思うと中々触れられなかった。
本棚もかろうじて本棚のカタチを保っているようで、おそらく衝撃を与えると崩れ去るだろう。
ココはもう、死んだ図書館なのだ。そう思わせるには十分な光景だった。
同人誌は、もうここにはない。あったとしても、触れると消えてしまう。
二人とも無言でエントランスに戻ってきた。
図書館のドアは閉まり、しばらくすると溜まっていたホコリもどこかに消え失せた。
また司書が現れた。
「これがこの図書館の真実じゃ。わしは自らを司書と言っているが、笑い話じゃの。司るどころか、守ることも出来ておらなんだ」
「ちょっと待て、司書よ、あなたは本がこうなってることは知ってたんだよな。先に言ってくれれば入らなくてもよかったんじゃないのか?」
「言っても信じないと言う可能性もあったのでな」
「まぁ情報として500円の価値はあったが……返金できない?」
「無理じゃの」
「……まさか小銭稼ぎって事はないよな」
「……」
「黙るなよ……まぁいいや。物理的な本が無いなら、電子書籍と言う手があるはずだ。この図書館にはあるか?」
「いや、この国会図書館はの、物理的な本だけを置いていた図書館じゃ。情報の散逸を防ぐためのデータとして残す方の国立国会図書館は……」
「どこにある?」
たっぷり溜めて司書は言う。
そして、それは溜めるだけの場所であった。
「月じゃ」
「月ィ?!」
「左様。月面上の帝都東京にある」
「トーキョーシティとは違うのか」
「あそこはただの駅じゃろう。都市ではない」
「月に行くには……どうしたらいい」
この時代、ロケットがあるとはとても思えない。
仮に有ったとしても発射は不可能だろう。
いつからこの世界が廃墟になったのかは分からないが、百年二百年の話ではないはずだ。
俺の喉がごくりと鳴る。
もし方法がないと言われたら、俺はどうなってしまうのだろうか。
しかし期待を裏切り、司書は朗らかに言った。
「軌道エレベータから衛星軌道に乗って、そこからシャトルバスが最短かのう。新宿からスーパー新幹線で沖縄まで行くと良い」
「ごめん、もう一回言って。ぶっ飛びすぎたセリフが出てきやがったような気がする。一気に文章レベルが落ちたんじゃないか?」
「その反応はしっかり聞いていた反応じゃな。もう行くんじゃろ?このピアノを弾いてくれたお礼じゃ。トイレの横のドアから2階に上がれる。そこの職員ロッカーのキーをやろう。そのピアノを使っていた子のロッカーじゃ。とうの昔の話じゃがの。懐かしい曲を聞かせてくれてありがとうよ。それから気をつけてくれ、スーパー新幹線は二等国民は乗れないのじゃ。何とかするんじゃよ」
そういって司書は消えた。
まるで言い逃げだ。
たぶん呼んだら出てくると思うけど、今呼ばれても気まずいと思うので呼ばずに2階に行こう。
道が分からなくなったら容赦なく呼ぶが。
何だよスーパー新幹線って。衛星軌道からシャトルバス?
小学生の想像か?
ぶつぶつ言う俺に、何もわかってなさそうなタチアナが声を掛ける。
「ヒデキ、とりあえずロッカーに行こう?何かあるかもしれないよ?」
彼女なりの激励だったのかもしれない。
心は乱されたままだったが、彼女の意見に首肯し、2階に向かう。
それから特に迷う事もなくロッカーを発見。
中から出てきたのは……
「服一式だな。しかもブレザー」
「こっちの服何?ヒラヒラしてるんだけど」
「それはセーラー服だな」
「あんたよく知ってるわね。前世の知識って奴かしら?」
「うむ」
「やっぱり病院に行こう?」
「だから行かないって。なんだよ信じてくれて嬉しかったのにさ」
「信じるも何も、ねぇ。将来の黒歴史がどんどん積み重なってるようにしか見えないけど…」
「あぁもう、言ってろ」
仕様書を見ると、結構頑丈な服のようだ。魔力を流すと体温調節もできる。
こんないい服貰っていいのだろうか。いや貰う。今までの服よ、ありがとう、さようなら。
「セーラー服に今までの帽子を付けるなら、やっぱりポニーテールじゃないと見た目がまずいかな」
「何言ってるのよ、帽子にポニーテール?無理に決まってるじゃない」
「さいですか」
リフターはありがたく、そのまま使わせてもらう。
タチアナの運転技術が壊滅的で徒歩以上のスピードが出せないので、二つ組み合わせて組み立てなおす。
二人乗りのバイクのようになった。
魔力の注入は魔石経由にして、二人のうちどちらでも魔力補充は出来るようにしているのが改良ポイントだ。
浮上と推進で担当を分ける事になったら墜落必至だからな。
リフターに乗って地上に出て、置きっ放しだった荷車も解体し、屋根にしていた太陽の魔石もリフターに設置する。
おお…なかなかかっこよくなったんじゃないか?
大昔の9部作の映画、星々の戦争に出てきたバイクのようになった。
移動手段が出来たのは大きい。
国民的RPGで言う所の神の鳥や気球、飛空挺ほどではないが、その何段階か前の移動手段だな。
地形無視できる移動手段が出来るまで頑張ろう。
図書館を出て北へ向かうが、目の前はずっと砂漠だ。
樹高数十メートルにも上る大森林が見えてきた。
皇居の森はせいぜい2,3メートルの高さの木ばかりだったが、こいつは迫力が全然違う。
「な、何よあれ……」
「ビルが砂漠になったって事は、その砂漠の中では、やっぱりひときわ目立つんだよな」
「ヒデキ、知ってるの?」
「あぁ、あれは……新宿御苑だ。その向こうがシンジュシティ、いわゆる新宿ダンジョンだな」
そういった瞬間、後ろの砂漠から、突然噴火したように砂が舞い上がった。
振り返るとそこには大きな口が見える。アサクシティの本で見た事がある。
……砂漠の掃除屋、サンドワームだ。




