■9 図書館を探して
国会図書館、国内で発行された全ての本が残されていると言う国が誇る巨大図書館だ。
しかし、どうやって本を集めているのか。
その仕組みを全く知らない。
というか同人誌があるんだろうか?ISBNすらない本を置いているとはとても思えない。
先行きが不安になってきた。
砂漠を歩く。
ひたすら歩く。
気分はまさしくアラビアンナイト。開けゴマ!
あれって確か王様が女性と同衾して翌日死刑とか言う世にも恐ろしいヤリ捨てしまくってて、とある女性が翌朝殺される運命の中、面白い話をして命を繋ぐって言う話だったと思うんだけど、凄い根性座ってるよな。
そんなに面白い話のレパートリーなんて俺は持ってないから尊敬するわ。
前世の話だと初めてのナンパで捕まえた娘がニューハーフだったりとか、買って3ヶ月の車を横転させて屋根が潰れたとか自虐悲惨系の話しかないからな。
こんなんじゃ翌日首を刎ねられる。
途中で瓦礫の影で昼ごはんを食べる。
ざざ虫の佃煮だ。
早くも最終手段に手をつけてしまったがこれしかないので仕方がない。
俺からのリクエストでとにかく味を濃くしてくれと頼んだので、虫の姿を想像せずに何とか食べきる事が出来た。
自分で自分を褒めてあげたい。
喉が渇くのが難点だ。砂漠でこれは辛い。
しかしおそらくこの辺に国会図書館はあるはずなのだが全くそれらしいものを見つける事が出来ない。
くそ、地図が有ればな。
いや、まずは推理だ。
アサクシティは全7階層の建物が地中に埋まった遺跡だった。
そして図書館が7階層よりも高いとはとても思えない。
完全に埋まっていると考えるのが妥当であろう。
歩き回っていたのでは到底見つける事なんて出来ない。
では埋まっている建物をどうやって見つけるのか?
それは周りの建物から判断するしかないだろう。
まずは地図か。
足元の砂に絵を描いてみた。
周辺の地図だ。
こうして書くとすぐ分かった。
俺が参考にしたのは、皇居のお堀と国会議事堂だ。
お堀をどうやって回ってきたかはよく覚えている。
皇居マラソンは2回しかやった事がないが、おおよそで覚えているからな。
30分くらい前に桜田門を掠めた。
あのピラミッドっぽい奴が国会議事堂の屋根だろ。
桜田門から国会議事堂に向けて歩いて、そこから90度右にちょいと歩くとって、ちょうどここじゃないか。
周辺に何かないかと見渡してみたところ、煙突らしいものを見つけた。
これは見つけたかな?
触ってみるとどうやら金属製のようだ。
中を覗き込むと結構な風が吹いている。ドライヤーと同じくらいの風速で、俺の髪が逆立つほどだ。
これなら中に砂が入り込む事もないだろう。
「タチアナ、ここから降りるぞ」
「えぇ……どうやってよ」
「電磁石を使う」
カバンからワイヤーを引きずり出して腕にひたすら巻いていく。
ロックバスターを出る位ぐるぐる巻きにしたところでストップ。
タチアナにも同じように巻いていく。
「本当にこれで降りられるの?」
「まぁ見てなって」
そういってワイヤーの両端をつかんで魔力を流す。
煙突にガチンッと音を立ててくっ付くワイヤー。
タチアナは目を見開き、自分のコイルにも魔力を通して、煙突にガチンとくっつけては顔を綻ばせていた。
煙突が磁力に反応する金属でよかった。
「ちゃんとくっつくのね、これなら降りられそう」
「くっ付けながら滑って降りるんだ」
「登る時はどうするの?」
「両手にコイルで、片方ずつくっつけて登るんだ」
「アタシには無理そうね。ヒデキが引っ張って持ち上げてくれる?」
「……上まで登ってからな」
「当然よ、ヒデキが二人分の重さを腕だけで支えられるとは思ってないわ」
「……そうですよねー」
こんな暑い砂漠よりも地下に潜ったほうがきっと涼しい。
ささっと潜ろう。
案の定進入したのはエアダクトで、恐らく第一階層まで降りる事ができたはずだ。
通路の行き止まりにあった鉄格子を思いっきり蹴り飛ばしたところ、錆付いていたのか簡単に外れて吹っ飛んでいった。
大きな音を響かせながら、床を滑っていく鉄格子。
音響からして大きな部屋だ。入り口のホールに来れたかもしれない。
鉄格子のあった枠から室内を見渡す。
やはり睨んだとおりエントランスホールだ。
床はつるつるで埃一つ落ちていない。
空調が行き届いているのだろう。
右側の扉は入り口が壊れて砂が入り込んでいるので、恐らくそこが玄関だろう。
左側の扉はガラス張りのスライドドアだが、カビだかホコリだかが内部に貯まってて中が見えない。
恐らくそっちが図書館側だと見た。
スライドドアの隙間からは風が少し吹く程度の隙間は開いているが、どんなに力を込めても扉を開けることは出来なかった。
自動ドアのようにセンサーを探したが見つからないので、どこかに扉を開けるためのスイッチがあるに違いない。
あちこち歩いて調べたが、特にめぼしいものは見つからなかった。
しかたがない。
エントランスのホールのど真ん中に鎮座しており、明らかに怪しかったので意図的に無視していたアレを調べる事にしよう。
そいつは黒い巨体で、三本の足があった。
上部は蓋が開かれており、棒で支えられていた。
手前には四足の台があった。
そう、ピアノだ。
凄く大きい。
しかもピアノの蓋が開いている所に、さらに小さなピアノが見える。
それも2台ある。
一つは俺達にちょうどいいサイズ、もう一つは他の2つとのちょうど中間のサイズ。
「これは?」
「ピアノだな、こっちで見たのは初めてだ」
「こんな大きな機械初めて見た」
「機械じゃない、楽器だ。もしかしたらこれはひかないと扉が開かないのかもしれない。英知の結晶を手にするためには、その片鱗を見せないと扉を開かれないってやつかもな」
「やっぱり病院に行ったほうがいいんじゃ」
「そういうのじゃないって」
大きなピアノの足から梯子が伸びていたのでそのまま上に上がる。
ピアノの内部に入ったとき俺は目を見開いた。
触れては消えてしまいそうな高音のワイヤー。
船の係留に使われそうな位に太い、低音のワイヤー
秩序を持って芸術的な交差を描いていた。
さらに上り、俺たちサイズのピアノに腰かけた。
「ヒデキ、これ使えるの?」
「もちろんだ。久しぶりに触るからうまく使えないかもしれないが」
そう言って鍵盤を1つ触る。
単音ではあるが、この世界で初めて聞く単純な音であった。
タチアナが警戒してこっちを見る。
「何の音?秀樹、あなた一体何をしたの」
「ピアノを弾いただけだろう、ちょっと1曲弾いてみよう。もしかしたら扉が開くかもしれないな」
俺の好きなドビュッシーの雨の庭を触りだけ弾く。
タチアナが目をパチパチさせながらこっちを見る。
「その、なんて言っていいかわからないけど、音が高くなったり低くなったり、なんていうかとても綺麗だと思った」
「これなら扉は開いてくれるんじゃないか?」
「駄目でしょ」
駄目でした。
その後、図書館の曲なら良いんじゃないかと思って、今のシチュエーションにベストな曲を引いてみたりもしたが、駄目だった。
何でだ?国民的RPGの何作目に古代の図書館があって、そこのBGMならベストマッチだろう。
今にも2の累乗の名前の敵が出てきそうなくらい迫真の演奏だったのに。
開いても良いんじゃないのか?
ケチ。
「……本当に前世の記憶?」
タチアナの呟きは俺には聞こえていたが、ここで「そうだよ」と言っても、やれ入院だ中二病だといわれそうなので黙っておく。
するとタチアナが何かを見つけたようで声を掛けてくる。
「ねぇヒデキ、ここってアサクシティに似てない?」
「はぁ?どこがだよ」
「あの看板、アサクシティでも見たよ」
そういってタチアナが指差したのは、白い正方形のパネルが2つ、それぞれ青と赤で一色ずつ描かれている。
丸と三角の組み合わせの絵柄はまさしく……
「あぁ、あれはトイレだな。トイレくらいどこにでもあるだろ」
「ぶふぁっ!なっ何言ってるのよ?!」
「トイレの何が変なんだよ」
「女性の前でデリカシー無い発言したのは誰よっ」
「あー……。タチアナはこう見えても女性だったな、すまん」
「……もういいわ。重要なのは、同じものがあるってことは、ここにも町長が居るんじゃないの?」
俺は指を鳴らして「それだ」と呟く。
「ここは図書館だからな。町長じゃなくて、呼ぶなら司書だ。司書さん居ますか?」
「なんじゃ?」
後ろから突然聞こえた声に、俺とタチアナはびくっとして硬直した。
そのままそっと後ろを振り返ると……
「町長?」
アサクシティの町長にそっくりな爺さんだった。




