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04 仕事


 来て早々、いきなり頓挫してしまった。

 誰もいない4人部屋で、アンナは直面した事態に呆然としていた。


 あのあと、重たい足取りで商工会議所の宿舎へと戻ったアンナは、宛がわれた4人部屋で、一人ベッドの上に腰掛けていた。


 アンナとて、すぐに会えるとは思っていなかった。


 ミラ支部の代表という立場のある人だから、誰彼かまわず会うわけにはいかないだろうことは分かっていたので、根気よく通ってお願いしていくつもりだった。


 そんな浅はかな方法でも、彼がアンジェリカ王女を捜しているのなら、可能性はあると思っていた。


 だから、働きながら通うことを思いついたのだ。そうすれば滞在費の心配はなくなるし、旧都市ミラの様子もうかがい知ることが出来る。


 そのつもりだったが、門番に言われた言葉がアンナの胸に突き刺さる。


 自分をアンジェリカ王女だと名乗る人が沢山いる。そのせいで彼は迷惑している。


 これだけでも、アンナと会ってもらえる可能性が、ほとんど無くなってしまったのは明らかだった。


 何より、彼は、自分をギルバート王子だと名乗ったことはないという。


 ―――彼は、違う人なのかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎった瞬間、アンナは首を横に振った。


 違うなら違うで、自分の目で確かめるべきだと思った。他ならぬギルバート王子のことなのだから、こんな中途半端な形で終わることなど出来なかった。


 アンナは誰もいない部屋で曲がっていた背筋を伸ばす。

 正面から会いにいけないのなら、別の方法を考えればいいだけだと、そう自分を鼓舞して、さっそく何か妙案はないか考える。


 すぐに思いついたのは手紙だった。しかし、キール自身に届く前に、中身は必ず確かめられるだろう。そうなると、アンジェリカの名前は使えないし、ギルバート王子にしか分からない事を書いたとしても、事情を知らない人にはただの怪文書になってしまう。


 そうでなくとも、ギルバート王子に生き写しだという彼のもとには、そういった変な手紙が沢山届けられている気がした。


 突き当たった思わぬ難題に、アンナは頭を捻らせるが、その日はそれ以上の進展は見込めなかった。







 アンナの働き先は、ベルフォルマ商会ではなく、旧都市ミラで客商売をする人たちの寄り合い所である商工会議所によって決められることになっている。


 一旦そこの預かりとなり、宿舎の事務室で質疑応答などの面接をして、それから、各々の適性に合った職場へと割り振られるようになっていた。


 アンナも翌日には、適性検査を受ける。ただ、検査といっても、どうやら教養などの技量をはかるもののようで、昔取った杵柄があるアンナは少しだけ安心した。


 言葉使いや受け答え、身のこなしや所作の細やかさ、文字の読み書きなどが検査され、最後に、生まれはどこかと聞かれたため、出身の村を答えたら驚かれてしまう。


 しかし、トムからの紹介状が添えられていたおかげもあってか、その日の内にベルフォルマ商会の子会社である、富裕層向けのホテルに配属されることが決まった。


 希望がつながったような気がした。


 さらに翌日、配属されたホテル『シャトー』で、さっそく客室係として働くことになるが、まずは、古参の下に付き、指導を受けながら業務をこなすことになっていた。


 主な仕事は、担当になった部屋の掃除と朝昼晩の給仕、繕い物だったが、担当する部屋は、いくつか掛け持ちするという仕組みだった。


 アンナは、ホテルという宿泊形態があることは知っていたが、しかし、そこがまるで貴族の邸宅を思わせる内装と使用人で形作られているとはさすがに予想外だった。


 王宮で働いていた女中のように揃いの制服に腕を通して、どこか懐かしい調度品に囲まれながら、アンナは働き始めた。


 家の手伝いとはやはり違う作業に、手間取る事も多かったが、それでも日を経るごとに慣れていき、そうなると、自分を取り巻く環境にも色々と見えてくるものがある。


 たとえば、ホテル『シャトー』は富裕層向けのホテルといっても、それは中産階級のことで、さらに上の階級は従来通りの別邸や別荘を持っていることや、今の時代、貴族の力に大した影響力はなく、それどころか商人に莫大な借金をしているところばかりなのだとアンナは小耳に挟んだ。


 特にこの旧都市ミラにおいては、貴族であっても市民に手を出せばただでは済まないらしく、セントリーズ領主の名の下に厳罰が課せられるようになっているのだとか。


 そのことに同じ客室係の女性たちは安心していた。女性客が多いと言っても、やはり男性客もいるため、無体な要求をされる可能性があったのだと教えられた時、アンナも心の底から安堵した。


 そうして色々のことが手探り状態で、それでもどうにか動き回っていたが、もちろん本来の目的も忘れてはいない。


 ただ、アンナが進んで聞き出さなくとも、ベルフォルマの御曹司に関するうわさは、そこかしこから聞こえてきた。


 現在20歳で独身。とても優秀な経営者であるうえ、旧都市ミラの発展に多大な貢献を果たしてきた人格者でもある。


 ギルバート王子の生まれ変わりだと取り沙汰されているが、本人がそこに言及したことはなく、そんな謎めいた部分も相まって、女性たちからの絶大な人気を誇っており、少し顔を出しただけで騒ぎになるため、自由気ままに出歩くことをしないのだとか。


 ふた月に一度くらいの頻度で、劇場や商業施設などを公に視察をする時も、事前に手配された、市警隊による警護と野次馬整理が常だし。商談に関しては、旧都市ミラの市長や、商工会議所の上層部級の伝手がなければ、彼との面談には臨めないと聞かされ、アンナは落ち込んだ。


 そんな雲の上の人と会おうなんて、途方もないような気がして、毎日のようにため息をつく日が、ひと月も過ぎようとしていたある日、思わぬ吉報がもたらされる。


 担当客室の、その日分の給仕を終えたあと、繕い物を持ってホテルの従業員部屋に戻った時だった。


 「……王城、ですか?」


 「そうよ。今まではずっと、市街地や治安の整備にかかりきりだったけど、今度は、お城の再建に着手されるみたい」


 茜色の髪に藍色の瞳をした、アンナと同じ年頃の少女が言った。


 ランプの油が勿体ないため、一緒に繕い物をしていたルームメイトのエルシー・プレストンである。彼女の言葉にアンナはじんわりと胸が熱くなった。


 「ああ、私も聞いたわ。しかも、セントリーズのご領主様が個人で所蔵されている、王家の宝物(ほうもつ)を寄贈してくれるかもしれないんですってね」


 同じくルームメイトのクリスタ・ラボリーが口を挟む。

 ブルネットの髪にブラウンの瞳をした、同年代のアンナよりもずっと大人びた印象のある人。


 「宝物の類は3百年前に略奪されて、ほとんどが行方不明になったらしいけど、それをね少しずつ買い戻されていたらしいわ。聞いた話じゃ、ご領主は代々セントリーズ王家の大の愛好者だったっていうから」


 繕い物をしているというのに、アンナは涙で前がかすみそうになる。


 「へー、そうなんだ。……って、そんなことはどうでもいいのよ。それでね、アンナ。再来月くらいだったかな。それくらいに領主様が旧都市ミラ(ここ)を来訪されるそうなの。その時に寄贈うんぬんの話をするらしいんだけど、それで、領主様が街を見て回られるルートの取り決めのために、まずキール様が都市を回って確認されるんですって。で、その中には、このホテルも含まれるのよ」


 アンジェリカとしての記憶が強く出ていたアンナは、反応が遅れた。


 「……え」


 「だから、キール様がいらっしゃるの。このホテルに。しかも、泊まって行かれるんですって。良かったわね、アンナ。アンナはキール様のこと大好きだもんね」


 にっこりと笑いながらエルシーが言うので、アンナは頬が熱くなる。


 ついつい彼の噂に興味を示している内に、彼女にはそう認識されてしまっていた。

 アンナは少しだけ迷ったあと、こくりと頷く。


 すると、エルシーだけじゃなく、クリスタからもからかわれてしまうが、けれど、なにも間違ってはいないので、アンナは反論できなかった。


 降ってわいたチャンスだった。


 キール・ベルフォルマという雲の上の人に会う方法が見付からず、手をこまねくばかりだったが、まさか、あちらの方から近くまで下りてきてくれるなんて。


 アンナは、今から高まる気持ちに、じっとしていられない思いにかられたが、目の前には丁度いい繕い物があったので、思いの丈はそこにぶつけることにした。







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