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39 幕間(エピローグ3)


 レーヨン事件の功労者であるアンナたちと、偶発的な面会を果たしていたという説明を、ヨハンはネイサンから受けた。


 ネイサンは、話しながらもやや混乱しているようで、だから気付いてないようだった。


 つまり、あの公開審議でも、彼女はかなり重要な役割を果たしていたということだが、ヨハンはその部分に気付いても大して驚くことはなく、キールの父、ルーク・ベルフォルマの前で恐縮するアンナを、じっと眺めていた。


 そうして、皆がひととおりの自己紹介を終えた後は、アンナが旧都市ミラでどのように過ごしていたのかという話になった。


 特に、あの門番に追い返された以降、どうやって暮らしていたのが語られた途端、広間にいた半分の人間に戦慄が走った。


 彼女は、いま領主たちが泊まっている、このホテル『シャトー』で働いていたらしい。

 あの制服は変装じゃなかったのかとヨハンは思い、そして、あ、潰れた。とも思った。


 だが、エルシーやクリスタも働いてることや、ホテルの支配人に良くして貰っていたこと、何より、まだ働くつもりらしいことが、アンナの語り口から伝わってくる。


 領主はかなり迫力のある顔をしていたが、楽しそうに話す彼女に何も言えないようで、事前に聞いていただろうキールも、笑顔のまま何も口に出さないため、どうやらホテル『シャトー』のお取り潰しは回避されそうだった。


 ちなみに、このホテルにキール・ベルフォルマが視察に行った時、すでに彼女はここに居たという。


 従業員の宿舎から、ネイサンの姿を垣間見たことや、従者の1人に声を掛けられたことまであったようで、しかも、もしかしたら、その時にキールの声を聞いていたかもしれないと言うので、初耳の者たちは驚きに目を見張っていた。


 劇場『レ・クラン』近くの裏路地で、鉢合わせた時のことも話題に上った。


 途中、アンナが人攫い2人組に無理やり連れて行かれそうになった事を知った領主が、その2人の名前を知りたがったので、キールが「市警に記録があります」と即答していたが、要点はそこではなく、どうしてキールの前から逃げたのかである。


 皆の前では話しづらいのか、若干しどろもどろのアンナが言うには、どうやら心の奥底では気付いていたらしい。


 ただ、それを他の人へと心移りだと勘違いして、動揺のあまり逃げ出してしまったのだと、顔を真っ赤にしながら話すのを、横でキールがにこにこと笑いながら聞いていた。


 そして、ホテル『シャトー』で働いていたということは、アンジェラ・レイトンとも遭遇しており、それがレーヨン事件に繋がったらしい。


 アンジェラ・レイトンの行いが腹に据えかねたアンナが、彼女と正面から対決し、見事返り討ちにしたことをエルシーとクリスタが誇張して話そうとするので、その度にアンナが必死になって訂正を入れていた。


 その後、トムという協力者を得たアンナは、レーヨン事件の功労者としてネイサン扮するキール・ベルフォルマと面会を果たしたが、アンナの問いかけにネイサンでは当然答えられず、アンナは彼を偽物だと判じてしまったそうだ。


 もはや旧都市ミラに滞在する理由が無くなってしまったアンナは、これからどうするかを決めかねていたところに、公開審議の報せを受けたらしい。


 トムとエルシーとクリスタの助けを借りて、公開審議へ向かったアンナは、そこでキールと積年の再会を果たし、こうして今に至ったというわけだった。


 アンナが旧都市ミラで、どのように過ごしていたかが、そうして語り終えられ、しばらく部屋の空気が一息ついていたが、領主が何かを思い出したように立ち上がった。


 自らの旅行鞄から布に包まれたあるモノを取り出し、アンナの前でそれを解く。


 それは、公開審議の最中、アンジェラ・レイトンから献上された、アンジェリカ王女の宝石箱だった。


 自分の前へとそれが差し出された意味に、アンナはいいのかと領主に尋ねるが、これは貴女の手にあるべきモノだと言い添えられ、彼女は泣きそうな顔になったが、涙を流しはしなかった。


 少し躊躇いを見せながらも、深い感謝の言葉を述べて、アンナはそれを受け取った。


 ずっと昔に亡くした母親の形見を、大切そうに抱きしめる彼女の姿は、親を知らないヨハンの胸も温かくさせた。







 ヨハンは昔からよく、人が秘密にしている事や、密談を交わしている場面に出くわすことが多い。


 だから今日も、たまたまバルコニーからバルコニーを渡っていたところに、密会のような場面に出くわした。


 ホテルの部屋で行われた顔合わせのあと、各々の都合に合わせてお開きになったが、アンナたちが従業員の宿舎へ戻るのを、キールと領主が不満そうに見送っていた。


 それから夜もかなり更けた頃である。

 ヨハンは少し開かれた窓から、漏れ聞こえてくる室内の会話に耳を澄ませた。


 「まさか、こんな形で会おうとは思わなかったな」

 「お久しぶりです。ヒンシェルウッド様」


 低い男の声と、若い女の声。


 男の名前は、どうやらヒンシェルウッドと言うらしい。

 確か、セントリーズの領主もそんな名前だったはずだと、ヨハンは思った。


 「……このホテルを選んだのは、お前が勤めていると聞いたからだが、まさか、アンナ様と共に働いていたとはな」


 「…はい。とても懇意にしてもらっています」


 聞こえてくる若い女の声は、少し口調が固い気がした。


 「……そうか。それは、聞いていないな」


 「……何の連絡もしないことは、お詫びいたします。ですが、こちらにも事情があったのです。それに――ヒンシェルウッド様こそ、私に何も話してはくださらなかった」


 責めるような女の言い分に、なだめるような男の声が返った。


 「クリスタ、私がベルフォルマ商会と商いのような事をはじめ出したことを、お前が快く思っていないことは分かっていたよ。あの悲恋を用いた商売なら尚更な。だから、旧都市(ミラ)で働きたいと言い出した時も、お前の好きなようにさせた」


 「どうして――…あの噂、本当にアンジェリカ王女を捜していたのなら、教えてくだされば良かったのに」


 「ああ、そうだな。すまない」


 男は詫び、少し時間を置いてから話し出す。


 「言い訳をするなら、相手はいつ見付かるとも知れない御方だった。教えれば、お前の未来を縛りかねないと思ったのだ。先祖の業に縛られてしまうには、お前はまだ若すぎると、年寄りのつまらない感傷だ……出来れば、私や家系に見切りを付けて、結婚や子育てといった人並みの幸せを見付けても欲しかった」


 言葉通り、男の声は老いのようなモノを滲ませていた。


 「なら、とんだ失策ですわね。私は――“杯を拾い上げた侍女”の子孫は、アンナとして生まれ変わったアンジェリカ王女と出会ってしまいましたわ。先祖の業とやらに、思いっきり嵌ってしまいましたわ」


 女は、涙声になってしまったのを隠すためか、強気を装うように言う。


 「それに、どうして私が貴方に見切りを付けると言うのです。確かに、商売については疑問もありましたし、公開審議なんて見世物をやると聞いた時は、憤りもしました。でも……でも私は、この旧都市(ミラ)で暮らし、働いていたのですよ。沢山の人が、領主様とキール・ベルフォルマに感謝していることを知っていますし、第一、今こうして不自由なくしているのも、ヒンシェルウッド様のご先祖様が、私のご先祖様を召し抱えてくれたからではありませんか。そのご恩に、仇で報いられるはずがありません」


 女が言い切ると、部屋が静かになった。

 耳を澄ませるヨハンに、聞こえてきたのは、男が微かに笑う音。


 「アンナ様には、自分の出自について打ち明けたのか?」


 「……いいえ。言わないでいようと思っています」


 「何故?」


 「だって、こんなの出来すぎです。アンジェリカ王女の生まれ変わりと、たまたま同室だった娘が“杯を拾い上げた侍女”の子孫だなんて。まるで、王女に引き寄せられたかのようです。いいえ、それはいいのです。私は、かえって嬉しかった」


 「…クリスタ」


 「でも、それだと同室のエルシーまで、そういう目で見られてしまいます。現に、私がそうでした。もしかしたらって思ってしまった。でも、もう一人の侍女は――“悲鳴を上げた侍女”は、王女の葬儀を見届けた後、行方をくらましてしまったのでしょう?」


 「……ああ」


 「ならエルシーは全く関係がないのかもしれない。それなのに、そんな目で見られてしまったら、身の置き場がないと思います」


 その声には、どこか意志のようなものがこもって聞こえた。


 「エルシーは“悲鳴を上げた侍女”なんて名前ではありませんし、私だって“杯を拾い上げた侍女”という名前ではありません。何より私たちは、アンナを自分たちの主人だなんて思っていない。アンナにも私たちが“かつての侍女”だなんて先入観を植え付けたくない。だから、このまま何も言わないでいようと思います」


 「……そうか」


 「ですからヒンシェルウッド様も、エルシーはもちろん、アンナのお父様やお母様に変な期待を掛けたりしないで下さいね」


 「――――……何故、分かった」


 「バレバレです」


 そうして一瞬の間を置いた後、2人の笑い合う声が聞こえだす。


 どうやらこの密談に害は無さそうだと、そう判断したヨハンは、その場から離れることにした。


 再びバルコニーを渡り歩いて、目的としていた部屋があるバルコニーを目指す。


 それほど時間を要さずに辿り着いて、部屋の中にまだ明かりがあることを確認してから窓を叩けば、部屋の主が驚いた様子で窓の前まで現れた。


 窓はすぐに開かれ、何の警戒心もなく、彼はヨハンを部屋にの中に招き入れた。


 「これはまた、奇抜な登場をしてくれるね。警備――は、君には意味無いか」


 そう言って口元に笑みを含むのは、ベルフォルマ商会、当主ルーク・ベルフォルマ。


 「おじさん、いま1人?」


 「ああ、そうだよ。でも、いけないな。こんな夜遅くに―――」


 軽口を遮るようにヨハンは前へと進み出て、背中に隠していた手を彼の脇腹に向かって突き出した。






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