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37 幕間(エピローグ1)


 ヨハンは、そのやり取りを傍目に眺めていた。


 「アンジェリカ様は、どちらにおられる」

 「いやぁ……ですから、我が不肖の息子が、いずこかへお連れしてしまったようで」


 「アンジェリカ様は、どちらにおられる」

 「…あ、今世でのお名前は、アンナと仰るようです」


 「アンナ様は、どちらにおられる」


 「えー…、でも、まあ。可笑しなことにはならないと思いますよ? 古い人間の方がそういうことに厳密そうですし」


 領主はついに、ルーク・ベルフォルマの胸ぐらを掴み上げた。


 「ど こ に い る」


 品性をかなぐり捨てた詰問を、しかし、ルーク・ベルフォルマは、それでものらりくらりと躱していくものだから、領主もますます待つ口調が荒くなっていく。


 公開審議が終わった後、セントリーズの領主とベルフォルマの当主、それから義兄のネイサンとヨハンの4人は、時計塔の一室にいた。


 ネイサンが舞台の上で、藍色の髪に黒いリボンを着けた少女を、キールが連れているのを見たらしく、領主とネイサンは取り巻きを下がらせて、キールが居ると思わしき部屋へと乗り込んでいった。


 ちなみに、ヨハンはその途中の2人に出くわして、何となく付いていくことにしたが、目的に部屋に居たのは、キールの父ルーク・ベルフォルマだけだった。


 そうして彼から、キールがアンジェリカ王女を――アンナをどこかへ連れて行ってしまったことを聞かされ、ネイサンは燃え尽きたかのようにソファへと倒れ込み、領主はルーク・ベルフォルマへと噛みついた。


 アンナへの拝謁がままならないことに憤る領主と、あくまでも口を割らないルーク・ベルフォルマの攻防はひとしきり続き、


 「ともかく、あのような捕り物劇まであった公開審議の後です。周囲が落ち着くまで領主様には、目立った行動を控えてもらわないと。どうか、ご理解ください」


 「――――まあ、いい」


 ひととおり捲し立てて、少しは落ち着きを取り戻したらしい領主は、ルーク・ベルフォルマから離れると、1人掛けのソファへと腰掛けた。


 「ならば、別の話だ。その公開審議だが、本当に良かったのか? ああいう終わり方をして」


 領主が振った話題に、ソファの上で死んでいたネイサンが、ぴくりと反応したのを見て、ヨハンはこっそり笑った。


 ああいう終わり方というのは、キール・ベルフォルマが、ギルバート王子ではないということを、公衆の面前で宣言してしまったことだろう。


 そのことが、この旧都市ミラにとって、大きな影響を与えることは、ヨハンにも想像できた。


 今現在にいたるまで、旧都市ミラにこれほどの人を集めてこれたのは、ひとえに『セントリーズの悲恋』を背景にした、生まれ変わりという要因があったからだろう。


 それなのに、キール・ベルフォルマがギルバート王子の生まれ変わりではなくなってしまったら、旧都市ミラの商業収益を支えている観光産業に大きな打撃を受ける可能性が高かった。


 「いえいえ、領主様。普通の市民というものを甘く見てはいけません。彼らは、それ相応に強かですよ」


 ルーク・ベルフォルマが、したり顔で答えた。


 「“キール・ベルフォルマ”が、旧都市(ミラ)にとって重要な役割を担っていたことは、市民の誰もが理解していると思います。だからこそ、察しのいい連中は今回の騒動を、国が出てくるほどの大事に発展してしまった故の落としどころだと、すでに当たりを付けていることでしょう。他の市民たちも同様です。そうした察しは付かずとも、自分たちの利益を守ることには、どこまでもどん欲になれる―――さて、そうした彼らが、今回の顛末にどういった結論を付けるか、お分かりですか?」


 問われた領主は答えが分かったのか、気怠そうなため息をつくと、ソファの背もたれに深く寄り掛かった。しかし、答えを口にする様子はなく、一方で、ネイサンが質問の答えを考える様子を見せている。


 考えるのが面倒くさかったヨハンは、質問をさっさと聞き返した。


 「どういう結論を付けるの?」


 「おや、場外から返ってきたね。いいよ、じゃあ端的に言うとだ。まず間違いなく“全てはアンジェリカ王女の名誉のため”、という結論になるんだよ」


 ルーク・ベルフォルマは、楽しそうにヨハンを振り返ったが、ヨハンは首を傾げる。


 「もう少し噛み砕いて言おうか。キール・ベルフォルマは、愛する王女の名誉を守るため、苦渋の決断として永遠に口を噤む事を選んだ。そういう風に、旧都市ミラの市民は言い張るようになるだろうね」


 「……それ、さっきと違わなくない?」


 「じゃあ、もっと踏み込もう。そうして旧都市ミラの市民は、本当は(・・・)ギルバート王子の生まれ変わりであるキール・ベルフォルマに、新しい付加価値を付ける。己を罰するために公の場から退いた彼は、それでも密かに愛しい王女様を待ち続ける、憐れで悲しい王子様……とか。そうした、お綺麗な物語を新たに作り上げるんだよ」


 「――あ、なるほど」


 「彼らは、勝手に作り上げたその物語を、この都市を維持するために使うだろうね。旧都市ミラを訪れる人々に、そう吹聴してくれることだろう。都合の良いことに、キール・ベルフォルマにギルバート王子であるか否かを尋ねることは、領主様のご禁制によってもう出来ないしね」


 ヨハンは、ネイサンに視線を移しながら、ふと思い出す。


 あの舞台でネイサンに用意されていた台詞は、確かにそういう意味(・・・・・・)に取れるよう言い表されていた気がした。


 「要するに、キール・ベルフォルマがギルバート王子の生まれ変わりであるという“噂”は、他でもない、この都市の市民たちによって守られるんだよ。……まあ、もちろん。こちらからも、そう仕向けていくつもりだけどね」


 話を締めくくるように、ルーク・ベルフォルマは当たり障りのない笑顔を浮かべる。


 それから一行を見渡して、他に意見がないかを確認すると、ひとつ頷く。


 「さて、今度は、私とキールの成果についてご報告を―――皆さまのご協力により、おおむね予定通りの運びになりました。今回の反逆騒動にて、物的流通を1社が独占する危険性も世間に知れ渡ることになりますし、王国議会での鉄道事業関連はこれから順当に国有化の運びとなるでしょう」


 「事業を手放すことになるの?」


 「ちょっと違うかな。これからも鉄道事業は続けていくよ。ただ、数ある会社と何年かを掛けてシステムやら数字やらを統一化する法を整備して、それから国に運輸施設をノウハウごと売り払うことになるけれど、輸送事業そのものは我が社に残ったままなんだよ」


 「…ふーん?」


 さらに聞けば、より詳細に教えてくれるだろうが、それよりも気になることがあった。

 皆が忙しくしていたから、ヨハンは大雑把にしか聞かされていない。


 「でもさ。なんか、やけにあっさりと決まったと言うか……それなら、バーナード・レイトンのデパートとか、貴族の公開審議とか、やたら大掛かりな手段を取る必要はない気がして。直接ベルフォルマ商会と交渉する、とかじゃ駄目だったの?」


 「いやあ、いいところ突くね。そうだね、本来なら交渉すればいいだけの話だ。でもね、それは商人同士の話であって、国が商人に弱味を見せたら終わりってことを、まず前置きしておこう。そのうえで、今回のは国からの示威行為にあたるものだったんだよ」


 「じい?」


 「そう。自らの威力を示す、って書いて示威。今の時代、確かに専制君主なんて時代遅れになってしまったけれど、かといって、国そのものが舐められてしまうのは良くないんだ。下手をすると、離反意識を招くかもしれないからね」


 何となくなら理解できたので、ヨハンは頷いておく。


 「セントリーズの領主様が、セントリーズ王家の品々を集めていることは前から知られていたから、何かしら思うところはあったんだと思うよ。ただ、これまで特に衝突することもなくやっていたのに、突然、かつての王都に手を入れ出し、何やら怪しい商売まで始めだした」


 「人聞きの悪い。旧王都(ミラ)の復興は、人口増加によるインフラ整備と雇用斡旋の公共事業だと、きちんと理由付けをしてある」


 領主が、不服そうに口を挟んだ。


 「そうでした。その通りでした。ただ、蓋を開けてみれば、その復興は1企業の主導のもとで行われ、一風変わった商売が都市を上げて始まっており、あまつさえ、セントリーズ王国の終焉を飾った、あの悲恋を元とする生まれ変わりの噂まで聞こえ出した」


 今度は領主も、何も口出しし無かった。


 「けれど、まあ。本当に商売をしているだけの可能性もあるからね。実際に商売になっていたし。だから、それだけなら様子を見るだけにとどまっていただろうけど、問題は、その商売相手がベルフォルマ商会だったということだ。丁度その頃、我が社だけが鉄道事業で躍進するという懸案事項が浮き彫りになり始めた時でもある」


 1人で喋り続けるルーク・ベルフォルマを、ヨハンはじっと見つめる。


 「王国側にとっては、一石二鳥だったんだと思うよ。もし、反逆の予兆だとしたら早々に潰しておく必要があるし、たとえ冤罪だとしても、反逆の可能性(・・・)を利用することは出来るからね。さて、ここで質問だ。王国側は、デパートの共同出資者に鉄道国有化に賛同する貴族の名を連ねていたわけだけれど、調べたらすぐに黒幕が誰か分ってしまうような痕跡を、どうして残していたんだと思う?」


 「いいから、さっさと教えて」


 「……うん。じゃあ、ネイサン君に答えてもらおう」

 「え」


 それまで聞き役に徹していたネイサンが、驚きの声を上げた。


 「君が今回の件を、どれだけきちんと理解できているか、一応聞いておこうか」


 「……え、ええと。それこそが示威行為なんだと聞きました。……裏に誰がいるかが分かる。監視されていると、思わせることが出来るからと」


 「そう、それで?」


 「もし……もしそれで、バーナード・レイトンとあの貴族が繋がっている公開審議を領主様に取り下げるよう進言してもかまわなかった。むしろ、取り下げた時が“気付いた”という合図になっていて、そうしたら、領主様に反逆の疑いがかかっていることを示唆するつもりだった。そして同時に、ベルフォルマ商会にも同じ疑いをほのめかすのだと」


 ルーク・ベルフォルマは何も言わなかった。ただ笑ってその先を促す。


 「そうすることで、両者を仲違いさせ、首尾よく罪の押し付け合いに発展すれば、勝手に自滅してくれる。……そこまで都合良くいかずとも、領主様には穏健な取り引きを持ちかけて、ベルフォルマ商会の足下を掬えるような不正を吐き出させるか、もしくは、作り出すつもりだった」


 ネイサンは、その先を聞かれずとも続けた。


 「もちろん、我々が黒幕に気付かずに公開審議を開いたら開いたで、そのまま貴族の計画通りに、世間に1企業が独占する危険性を突きつけられます。ただ、その場合でも、セントリーズ領主と事を構えるようなことは極力避けるだろうと。反逆が事実無根だとしたら、その時はきっと今回のように身替わりを――例の貴族を身替わりに使うつもりだった……それで、合っていますか?」


 「ああ。問題ないよ」


 及第点をもらえたネイサンは、ほっとしたように胸をなで下ろした。


 「ただし、ひとつ抜けてる。領主様とベルフォルマ商会が仲違いせず、現状維持か、もしくは王国側へ直接交渉にやってくる」


 「…あ、はい。そうでした」


 「そして我々は、その最後の選択肢を選んだ。領主様と仲違いするわけが無いし、何より、こちら側としては公開審議を開きたい。アンジェリカ王女の偽物騒ぎと、本物捜しに決着を付けるためにね。だから我々は、あくまでも商売を存続するためという体で、彼らと連絡を取った」


 ネイサンから場を引き取った彼は、そのまま話も引き取った。


 「ただ、さすがに動きが早すぎる。最初はかなり警戒されて、交渉に持ち込むまでにかなりの時間がかかったけど、公開審議を開く利害は一致していたから、その後は早かった。国側は、独占の危険性を世間に知らしめるために。領主様は謀反の疑いを晴らすために。あんな事があった後では、しようにも出来ないからね。そしてうちは、先ほど述べた“新しい物語”を手に入れて、商売を継続するためにね」


 「……私は、アンジェリカ様がご所望ならば、国を興すこともやぶさ」

 「それ絶対、外で口にしないで下さい」


 ぼそりと呟いた領主に、すかさず制止が入った。


 「まあ、近く何か仕掛けてくるかもと思っていたけど、まさか領主様もろともとはさすがに予想外だったかな。国ならではというか……仕掛けが大きすぎると見えないものだね」


 そう言ってルーク・ベルフォルマは、かなり逼迫した事態だったはずの状態を、こともなげに笑い飛ばす。


 そのことに、ヨハンは嫌なものしか感じなかった。


 「とはいえ、交渉そのものよりも、キールの首根っこ掴まえている方が、むしろ大変だった気がする。ほら、ゼノア王国の王城地下には王廟があるでしょ。でもって、王廟には“棺”があるでしょ」


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 『セントリーズの悲恋』によれば、アンジェリカ王女の亡骸は確か……と、ヨハンは思い出して、そこで意図的に考えるのを止めた。


 「しまいには、聖人の遺骸は腐敗しないはずだと、意味不明な開き直りをし出してね。本当にもう、それだけはシャレにならんので、目を光らせておくのが大変だった」


 考えるのを止めたのに、空気を読まなかった男が、ははは、と笑っている。


 押し黙った3人は、彼の話を聞いていないことにした。







年が、明けただと……!


何と言いますか、貴族さんに続くダークホースが現れまして……

ゴメンナサイ、遅れました。あと4話更新して完結です。

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