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32 暴露


 「もう一度、申し上げましょう。貴方の本当の目的は、我がベルフォルマ商会です。こうして、ヒンシェルウッド候のセントリーズ王家を敬愛する心をあげつらねることで、領主様と公私共に親交の深い我が社を間接的に攻撃するために、貴方はこの公開審議を開かせたのです」


 キール・ベルフォルマの言葉に、貴族は呆然とした様子だった。


 「せっかくですから、今日ここに集ってくださった皆さまにも、きちんとご理解いただけるよう、順を追って説明していきましょうか」


 貴族の様子など無視して、彼は誰に言うでもなく語り始める。


 「まず、事のはじまりは、もちろんアンジェラ・レイトンがこの旧都市ミラを訪れたことから始まります。彼女の登場は、あまりにも突然でした。彼女は、自らをアンジェリカ王女の生まれ変わりだと名乗っていましたが、王女ならばこそ、先触れのない不躾な訪問をするなど有り得ないくらいに唐突でした」


 彼の言葉に、舞台端まで下がっていたアンジェラ・レイトンはぴくりと反応する。


 「そのあとも、ずいぶんと好き勝手にされて。自らをアンジェリカ王女だと名乗っては、外を出歩かれるために、都市のいたるところで騒ぎを起こされました。何度も注意を受けていたはずですが、全く聞き入れられなかったとか。まるで、わざわざ反感を買いに行くかのような行動です」


 その当人である彼女は、状況の把握に努めているのか、落ち着きなく辺りを見渡していた。


 「彼女はきっと、そうして自分の存在を宣伝し、なおかつ私を――キール・ベルフォルマを出てこざるを得なくするようにと言われていたのでしょう。もちろん、貴方に」


 顔を向け、視線で名指ししたのは、言うまでもなく貴族の男。


 「ですが、そうして自分を売り込む彼女の行動は、裏を返せばアンジェリカ王女の名を貶める行為に他ならない。そんな彼女の様子が、()の王家を敬愛する領主様の耳に入ったら、どうなるでしょうか。しかも間の悪いことに、彼女が現れた時期は領主様が旧都市ミラを来訪される直前のことでした。……いえ、逆でしょうね。領主様が来訪される時期を見計らって、アンジェラ・レイトンは現れた」


 そこで、いったん言葉が区切られ、広場はほんのひととき静かになった。


 「ここからは、ただの推測になります。コルベール伯爵様、貴方はご自分で仰ったとおり、自らの出自が領主様に暴かれることは分かっていた。だからこそ、先祖が略奪した王家の品を、彼の前でちらつかせれば、領主様が貴方の先祖ではなく、貴方自身に対する憎悪を深めていくことも分かっていたはずです」


 ふとして見れば、貴族の男はようやく気を取り直したのか、自分の前に立ち塞がる男を凝視していたが、キール・ベルフォルマはものともしていないようだった。


 「全て分かった上で、アンジェラ・レイトンをけしかけた。そしてその後に、領主様へ明かすつもりだった。彼女の後援者は自分であると。レイトン社と組んで商売を始めるつもりでいたが、ベルフォルマ商会がまるで相手にしようとしない。だから、手を貸してくれと。おそらく、そうした手順で今日のような“公開審議”を開かせるつもりだった」


 「――何を根拠に言って」


 「アンジェラ・レイトンは本当にアンジェリカ王女の生まれ変わりかどうか、衆人環視の下で領主様が決める。そういった催し物を用意していたのでしょう。そうすれば、領主様は貴方の出自を衆目の前にさらけ出して、社会的打撃を与えたがると考えた」


 貴族の反論を、キール・ベルフォルマは完全に無視して先を続ける。


 「そうして、領主様自らに罠を仕掛けるよう仕向けさせ、その裏では全く別の罠を仕掛けるはずだった。ですが、貴方の計画にはある誤算が起きた。あのレーヨン事件です」


 レーヨン事件という言葉に、アンナはどきりとする。

 貴族もまた、事実を言い当てられたように言葉に詰まった。


 「ご存じの方も多いかと思いますが、アンジェラ・レイトンはレーヨン製のハンカチーフをシルクのハンカチーフだと偽って、ホテルの従業員に配布していました。いま思えば、それもまた、アンジェリカ王女の名を貶める布石のひとつだったのでしょう」


 それを聞いたアンジェラ・レイトンは、まるで初めて聞く話だと言いたげに、キール・ベルフォルマと貴族の顔を交互に見つめる。


 「しかし、そこで予想外のことが起こる。貴方が領主へと話を持ちかける前に、レーヨン事件が発覚し、アンジェラ・レイトンは偽物として旧都市ミラを追い出されてしまったからです。貴方は焦ったことでしょう。事が明るみに出たときのために、本物も準備していたはずなのに、それが全く通用しなかったのだから」


 「…………」


 貴族は何も言わなかったが、その無言は肯定したも同じだった。


 「何より、アンジェラ・レイトンが偽物として追い出されてしまっては、領主様に“公開審議“を開かせる理由が無くなってしまう。しかし、今さら止めるわけにはいかなかった。用意していた取り引き内容を変更し、アンジェラ・レイトンにかけられた偽物疑惑を払拭してほしいという理由に置き換え、あらためて提案した」


 今度は貴族も何か言おうとしたが、それより早くキール・ベルフォルマが口を出す。


 「幸い、領主様は貴方の取り引きを呑んでくれ、こうして公開審議を開くにいたっている。貴方は、さぞかし勝ち誇ったことでしょう。……ですが、貴方はそのせいで、肝心なことを見落としている事に、最後まで気付くことはなかった」


 「…………何を」


 「お分かりになりませんか? 貴方は王女の名を貶め、公開審議を開かせることに躍起になるあまり、ある事柄をすっかりおろそかにしてしまっている」


 問われたものの、貴族はまったく思い当たる節がないという反応で、キール・ベルフォルマは、彼の返答を待たずに答えた。


 「貴方のしている事は、商売のことなど、まるで省みていないではありませんか」


 「……――――」


 「貴方は、領主様に商売を始めるようなことを仰ったそうですが、では、お聞きします。貴方は一体どなたと商売をするつもりだったのですか? 少なくとも、ベルフォルマ商会ではありませんよね。だとしたら、貴方の取った行動は不可解すぎる」


 貴族は、ようやく何かに気付いたように口を動かしたが、アンナには聞き取れなかった。


 「レイトン社はすでに一度、ベルフォルマ商会との提携を断られているため、強硬手段に出てきた。前触れのない登場や、大げさな囃し立ても、その延長線だったという論調なら、まだ誤魔化せたかもしれません。ですが、レーヨン事件以降はさすがにいただけない」


 聞いているのかいないのか、貴族は自らの口元を押さえた。


「ただでさえ、レイトン社とは小さくない禍根を残したというのに、今度は貴族の力を使って、領主様を取り込み圧力をかけてきた。そうして一度、偽物だと断じた人物を衆目の前で撤回させられたら、ベルフォルマ商会の面子はどうなりますか。そのうえ、それを断ったら仲立ちとなった領主様の顔に泥を塗ることになりかねない。そんな手段を取ってくる会社と、今後の商売が上手くいくとお思いですか?」


 「――そ、れは」


 「本当に我が社と取り引きするつもりだったなら、少なくともレーヨン事件の騒動が沈静化するまで待つべきでした。レイトン社が起こした不始末を、我が社が口外するのを止めさせたかったのなら、領主様を通してそれだけを願い出るべきでした。どうして貴方は、公開審議などという商売相手を省みない行動を優先させたのか…………その不可解さを、私たちが見咎めなかったとお思いですか?」


「――――っ」


 「当然、貴方のことは調べ直しました。領主様が貴方に関した情報を事前に集めてくれていたおかげで、それほど時間はかかりませんでした。そうして、私たちはある真実にたどり付いたのです。クリフ・コルベール伯爵様、貴方がどうしてこんな、セントリーズ中に知れ渡るような公開審議を開きたかったのか、その本当の理由に」


 「――――やめろ」


 「それが、冒頭で申し上げたことです。セントリーズ領主ヒンシェルウッド候に国家反逆の汚名を着せられれば、領主様と公私ともに―――とりわけ、この旧都市ミラにおいては密接な協同関係にある我が社は、まっ先に共謀の疑いをかけられるでしょう。そうして貴方は我が社を攻撃するつもりだった。ゼノア王国において物流のかなめを担うベルフォルマ商会を」


 「やめろ」


 「これほど多くの注目を集める場所で、貴方のような立場のある人間に国家反逆に荷担していると告発されたら、行政府は対処せざるを得なくなるでしょう。無い事を証明することは、とても難しいことです。下手をすれば、我が社が運営する全ての支部や子会社、現在流通している貨物の中身まで調べなくてはならなくなるかもしれない……しかしそれは、ゼノア王国最大の流通ルートが凍結することを意味している」


 それでも話すことを止めないキール・ベルフォルマに、アンナは危惧を抱く。

 追い詰められた貴族が、いつ彼に危害を加えてもおかしくない、そんな状況に見えた。


 「もしそうなったら、物価の上昇は避けられず、市場は混乱するでしょう。物だけではありません。人と情報の移動も著しく鈍ることになる。何より、我がベルフォルマ商会と、ゼノア王国に決定的な亀裂が入る―――それこそが、貴方の狙いだった」


 その瞬間、あれほど切羽詰まっているように見えた貴族が、ぽかんと口を開けた。


 「――え。……な、何を言って」


 しかし、またしてもキール・ベルフォルマは、貴族の言葉を黙殺した。


 「ゼノア王国の流通ルートがまともに機能しなくなったとしたら。それが起こる時期を人為的に作り出せるとしたら。そして、そんな好機を的確に知っている他の国があったとしたら……その国は、まず間違いなくゼノア王国へ良くない行動を起こしてくるでしょう。そう、貴方はその国と通じて、ゼノア王国を売り渡すつもりだった」


 貴族の口が何か言ったのをアンナは見たが、彼の声は、観衆のどよめきによって掻き消された。


 キール・ベルフォルマは、貴族の声も、観衆たちの声も無視して続ける。


 「裏はもう取ってあります。貴方が通じているとおぼしき国の名も判明しています。これらの調べは正式な書面に纏めて、すでにゼノア王国国王ならび王国議会へと上申済みです。ゼノア王国は現在、貴方を捕らえる方向に動いていますよ」


 「――!」


 弾かれたように、貴族は辺りを見渡した。

 自分を捕らえに王国兵が、そこまで来ていると思ったようだった。


 彼を捕らえに来た兵士はいなかったが、その代わり、舞台下から自分を観ている観衆の視線に気付いたように目線が動く。


 「――ち、違う」


 観衆から、どのような視線を受け取ったのか、貴族は怯むように一歩退いた。


 「違うっ。他国と通じてなどいない。わ、私は―――」


 助けを求めるように、さらに周りを見渡すが、彼の周辺はすっかり静まり返っている。


 「た、こくじゃ………。私……私が――たのは…………」


 その時、舞台の上に変化が起きた。

 舞台の下手から階段をのぼり、ゆっくりとした足取りで舞台を横切ってくる人がいたのだ。


 何の前触れもなく登場したその人に、キール・ベルフォルマは警戒することなく振り返った。それとほぼ同時に、その人から何かが差し出される。


 それは手紙のようで、キール・ベルフォルマは何も言わずに手紙を受け取ると、領主の了解を得てから、その内の一つを開きだした。


 いかにもなタイミングで登場した書状に、観衆はもちろん、貴族までもがキール・ベルフォルマが文面を黙読する姿に釘付けになっている。


 けれど、アンナは全く別のものを見ていた。


 キール・ベルフォルマに手紙を手渡した男の人。彼に目を奪われていた。

 彼は、用が済むと来た道を戻り、邪魔にならないようにか舞台の端で立ち止まる。


 簡易なシャツとベストを着て、灰色の髪をした16、7歳の青年。


 アンナは、自分の記憶を探るまでもなかった。


 劇場『レ・クラン』へ向かう途中に起こった出来事。

 2人組の人攫いからアンナを助けてくれた、あの人がそこにいた。






初めての十万字突破! ワァイヽ(´ω`*)人(*´ω`*)人(*´ω`)ノワァイ

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