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03 訪問


 現世(いま)前世(むかし)も、人混みの中を縫って歩くことを、アンナはほとんどしたことがない。


 そのせいなのか、劇場街を抜ける頃にはすっかり気分を悪くしてしまい、人通りの邪魔にならない場所まで移動した。少しだけ休もうと壁を背にし座り込む。


 しばらくそうしていたら、「どうされましたか?」と、警吏らしき格好をした人に声をかけられた。


 正直に、人混みに気分が悪くなってしまったのだと返事をすれば、すぐ近くに診療所があるので、そこで休むことを勧められた。


 大したことはないとアンナは断ろうとしたが、警吏は困った顔をして、女性が一人で座り込んでいると、他の警吏たちが次々に声をかけてくるだろうから、休むに休めないだろうと説明された。


 それならば仕方ないと、アンナは警吏が案内してくれるまま診療所の扉をくぐる。

 対応に出てきた看護婦に警吏が口添えしてくれ、診療所の待合室を借りられることになったのだが、暇だからと看護婦は診察までしてくれた。


 軽い触診中にちゃんと食事は取ったのかと聞かれ、そういえば昼食がまだだったことに気付く。それをそのまま答えると、今度は昼食をごちそうになってしまった。


 その後は、ベルフォルマ商会の商館がどこにあるのかも懇切丁寧に教えてもらい、商業区の中央、商工会議所からとても近かったことを知った。


 日はすっかり傾き、街の喧騒はすっかり落ち着きをみせていて、夕暮れ時の気配を漂わせていた。


 アンナは急いで、ベルフォルマ商館へと向かった。


 どうにか商館の正門らしき門を発見するが、外観の立派なその錬鉄門は固く閉じられていた。すぐ側には、門番らしき男性が一人立っていたので、その人に尋ねてみる。


 「あの、つかぬ事をうかがいますが、ここはベルフォルマ商会の商館でしょうか?」


 「……そうだが、君は?」


 言いながら、門番はアンナの身なりを上から下まで確認した。


 アンナは、村から出てきたままの格好だった。いかにも村娘と言った見た目で、商館の門を叩くのは不自然かもしれないと、アンナも察する。


 だが、商館という場所の仕組みをよく知らないアンナは、門番の人に聞くしかなかった。


 「えと……面会の約束などはしておりません。ここの代表という方に取り次いでいただきたいのですが、必要な手続きなどはあるのでしょうか?」


 「……今日はもう閉門の時間だ。よほどの用があるなら、明日出直して来るといい」


 何故か、棘のある言い方に聞こえた。


 「……では、明日のいつ頃に門は開きますか?」


 すると、門番はあからさまな溜め息をついた。


 「君、もしかしなくても、ギルバート王子様目当てかい?」


 唐突に核心をつかれ、アンナは顔に出てしまう。

 それを見取って、門番はうんざりと言いたげな顔をした。


 「君みたいな子、もう何十人となく来てるよ。ギルバート王子の生まれ変わりである、ベルフォルマの御曹司に、是非ともお会いしたいって」


 「……え」


 「中には自分がアンジェリカ王女だと、平然と大ボラを吹くヤツもいる。相手は大店の跡継ぎのうえ器量好しだから、不相応な夢を見る気持ちも分かるが、君みたいな暇な人間に、いちいち業務を妨害される方は、迷惑だろうよ」


 「…………」


 「親切で言ってやるが、そういう噂が勝手に流れているだけで、彼自身はご自分が王子の生まれ変わりだなんて言ったことは一度もないんだよ。恥をかく前に、自分が何をしでかそうとしているのか、もう一度よく考えてみたらどうだ」


 アンナは何も言えなくて、うつむいた。


 どうしたらいいか、すぐに答えが出てこない。

 ただ、ここで食い下がってもきっと無駄なのだろうということは充分に理解した。


 せめてもの礼儀として、軽い会釈を返してからアンナはその場を離れた。







 「なんだ? 何かあったのか?」


 勤務交替の時間に出てきたらしい同僚が、男に話しかけた。


 男は、今し方逃げるようにこの場を去っていった娘の、愚かな夢語りを話して聞かせた。


 「――ああ、またか。受付(おく)のヤツらよく愚痴ってるもんな」

 「全くだよ。普通に営業妨害だって、なんで分からないんだろうな」


 「え? いや、どちらかというとベルフォルマ様のせいだって聞いてるぞ?」

 「は?」


 同僚が言っている事の意味が分からなくて、男は聞き返した。


 「だから、もしベルフォルマ様を訪ねに来られる人物がいた場合、貴賤の別なく、それこそ老若男女にいたるまで、名前と年齢、あと滞在先とか面会理由も必ず聞き出すようにと、厳守させられてるんだと。それで、その言い付けを一度でも破ったりたら即解雇。しかも、商館(ここ)どころか商工会議所の受付にまで徹底されているもんだから、自称アンジェリカ王女の勘違いちゃんが後を絶たないんだって愚痴ってたよ、確か」


 「――え」


 「ほら、俺たちも言われてるだろ。閉門後に訪ねてくる人がいたなら、改めて出直して貰えるよう、必ず言うようにって」


 「で、でも、解雇とか、そんなことは言われて……」


 「そりゃそうだろ。そんなこと言われたら、明らかに怪しいヤツとか捕まえられなくなっちまう」


 「…………」


 男から、みるみるうちに血の気が引いていくのを同僚が見咎めた。


 「おい、どうした?」


 「――いや、なんでも、ない」


 何でもないという顔には全然見えないと、同僚は思っていたが、男はそれに気づけるほど平静ではいられなかった。







今回はかなり短いですが、今作は、3000~4000文字で投稿していきます


※08/15一部加筆しました

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