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18 裏側


 アンジェリカを騙る女の出現で、キール・ベルフォルマがまず取った行動は、彼女の後ろで糸を引く者が、どれほどの相手なのかを洗い出すことだった。


 それは、商館の受付に残されたアンジェラ・レイトンという氏名から、ひとまず判明する。それは、新興百貨店(デパート)の経営者で一代で財を成したバーナード・レイトンだった。


 キールには、その名に覚えがあった。何でも、前々から打診があったらしい。


 実は、ギルバート王子がアンジェリカ王女を捜しているという噂を深読みして、その裏で、これはアンジェリカ候補捜しだと解釈する商人は多いという。


 ネイサンが商談や面談に臨む相手は、事前に選別されているため、ネイサン自身はまだ知らなかったが、ベルフォルマの御曹司はもちろん、父である当主にまで共同関係の依頼は、何度か舞い込んでいるのだとか。


 当然、そんな事実は無いため、全て一笑に付して退けられている。


 だが、その内のひとつが、強硬手段に出てきた。


 根回しもないまま喧伝行為を行い、他社へ売り込んでくる商人など、前代未聞である。


 いや、前例が無かったわけではないだろうが、それでも後々に生じる問題を省みない、大胆すぎる行動だった。


 引っかかるのは、セントリーズの領主が来訪する時期を見計らうように、現れたことである。


 領主は、セントリーズ王家のコレクターとして一部の界隈で有名だった。


 アンジェリカ王女にそっくりな女が現れれば、さぞかし気に入ってもらえると考えたのか。


 けれど、()の領主は、ただのコレクターなどではなく、代々、息を潜めるようにして身をやつしてきた王家の信奉者である。


 彼のお膝元でアンジェリカ王女を騙ることがどういうことか、起業して間もないバーナード・レイトンでは、リサーチしきれるものではなかったのか。


 色々と気にかかる部分はあったが、それよりも、ネイサンたちにとって最も重要なのは、キール・ベルフォルマには、領主による裁決を待っている余裕など無いということだった。


 できうる限りの迅速さでアンジェラ・レイトンがアンジェリカ王女の偽物であることを、都市中に知らしめなければならなかった。


 下手にもたつけば、その分だけ本物のアンジェリカ王女が名乗り出にくくなってしまう可能性がある。


 かといって、過激な方法を取りすぎても、彼女を遠ざける要因になりかねなかった。


 何より避けるべき事態は、キールが出会ったという藍色の目と髪、黒いリボンをした娘が、旧都市ミラから離れる事情を与えてしまうことで、このさじ加減の四苦八苦に、キールは苛立った。


 とりわけ、アンジェラ・レイトンの行動である。


 ベルフォルマ商会が運営するホテル『シャトー』に、泊まり込んだだけに飽きたらず、キールがネイサンの顔を使ってそうしたように、ドレスで着飾った自分をデパートの広告塔として、出掛ける先々で宣伝した。


 そうして、人家や商店の軒先で人々の注目を集めるせいで、人集りに迷惑する市民や観光客が続出したため、市庁舎から商工会議所、はてはベルフォルマの商会にまで、陳情が押し寄せた。


 いたる場所で騒ぎを起こして、キール・ベルフォルマ本人が、出てこざるを得なくなる状況を作る目的もあったのかもしれない。


 だが、“偽物”と会うわけにはいかなかった。そのせいで、“本物”に何らかの誤解を与えてしまえば、元も子もなくなってしまう。


 それに、言ってしまえば、アンジェラ・レイトンを偽物だと広く周知させるためには、彼女に悪評判がつく方が都合が良いのである。


 都合は良いのだが、それでもやはり、アンジェラ・レイトンの行動は、キールの神経を逆撫でしてならなかった。


 彼女は、自らをアンジェリカ王女だと名乗っており、それは、とどのつまり王女の名を貶める行為に他ならなかった。


 やがて、キールの怒りがいつ沸点を超えても可笑しくなくなった頃、ホテル『シャトー』で、レーヨン事件が起きた。


 外堀から埋めようとしたのか、ホテルの従業員に配られていたシルクのハンカチーフが、絹ではなく人造絹糸(レーヨン)だということに気付いた客室係がいたらしい。


 レーヨン(にせもの)であることと、その燃焼力の高さを合わせて報告された客室長と支配人は、ハンカチーフの配布を直ちに止めるよう、アンジェラ・レイトンへ直接訴えるが、その場は何かの手違いだと言って、彼女は聞く耳を持たなかったという。


 しかし翌日から、すでに配っていたハンカチーフをレーヨン(にせもの)として回収されていった事が、よほど気にくわなかったのか、数日もしない内に再び騒ぎを起こした。


 自分たちは何者かに嵌められたのだと騒ぎ立てたらしいが、状況が一変して、己が不利と見るといなや脅迫行為に及んだらしい。


 ホテル側には、ベルフォルマ商会の意向を事前に通達してあったため、支配人はとどこおりなくアンジェラ・レイトンをホテルから追い出した。


 この機に、乗らない理由はなかった。


 ベルフォルマ商会が持つ組織網を使って、彼女がシルクと偽ってレーヨンを配布した件は、注意喚起という名目で一斉に報知された。


 ベルフォルマ商会が運営、もしくは系列関係にある全ての店舗に報され、レーヨン事件の顛末と共に、ホテル『シャトー』から追い出されたアンジェラ・レイトンの姿は、色々な尾ヒレを付けて流布される。


 それは、瞬く間に街での語り草になり、アンジェラ・レイトンはアンジェリカ王女を騙る偽物だという話は、彼女が本物として現れた時より、速い速度で広まった。


 以前からの悪評判に加え、旧都市ミラが発展する一番の立役者となった、キール・ベルフォルマが撥ね付けた人間に対する市民の目は、冷ややかだった。


 これまでとは一転して、行く先々で白眼視されたが、極めつけだったのは、都市中の、ほとんどの宿泊施設から利用を拒否されたのである。


 残されたのは他の宿泊客との同室が当たり前の民宿だけになり、さすがにそれは耐え難かったのだろう、アンジェラ・レイトンは、旧都市ミラから追い立てられるように出ていくことになった。


 しかしである。よりにもよってキール・ベルフォルマの目前でアンジェリカ王女の名を貶めたのである。この程度で済むはずがなかった。


 藍色の髪の少女を捜すことを優先させるため、今は目に見えた荒事に及ばないだけで、裏側ではすでに動いていた。


 キールの父、ベルフォルマの当主に、事の次第が全て伝えられたらしい。彼がこの報せを嬉々として受け取ったことは想像に容易かった。


 バーナード・レイトンは、自身の経営するデパートで、レーヨンをシルクだと偽って売るつもりはなかったのだろう。


 あくまでも、アンジェラ・レイトンの売名用に使うだけのつもりだったはずだ。

 だが一度でも、レーヨンをシルクと偽った事実は消えない。


 そして、レーヨンには、その生地で作ったドレスに蝋燭の火が燃え移り、人が火だるまになったという事例がある。


 この決定的な過失を、ベルフォルマの当主がどうするか。考えずとも分かることだった。


 ベルフォルマ商会は現在、ゼノア王国全土に鉄道事業を広げている。そんな流通のかなめを担っている商会に、バーナード・レイトンのデパートでは、シルクと偽り、危険なレーヨンを売っていると各地で触れてまわられたらどうなるか。


 信用の失墜はまず避けられず、デパートは顧客の大半を失い、大打撃を受けるだろう。


 そして、そのまま何も手立てを打つことが出来なければ、バーナード・レイトンはそう遠くない未来に、倒産、もしくは買収の二択を迫られるはめになる。


 あの当主(へんじん)のことである。その時は、自ら選択を突きつけに行くに違いない。と、キールから一連の流れを追って説明されたネイサンは、そう思わずにいられなかった。


 レイトン社に関しては、気になる点はまだあったが、ひとまず、それも踏まえたもろもろの後始末は、当主に一任することになった。


 キール・ベルフォルマ本来の目的である、“本物”を捜す前途を塞いでいた“偽物”が、これで取り除かれたからである。


 けれど、けっして一朝一夕とはならなかった。

 むしろ、事態は悪化の一途を辿ってすらあった。


 アンジェラ・レイトンが、旧都市ミラを悠々と闊歩している合間も、ヨハンは毎日のように受付に顔を出していた。


 それは、彼女が旧都市ミラを出ていってからも同じで、一週間以上通い詰めていたが、キールが出会ったという、本物のアンジェリカ王女は姿を現さなかったのである。


 藍色の目に藍色の髪。黒いリボンをして、トルア地方の服を着た少女。


 ベルフォルマ家の親戚である彼女を見なかったかと、ヨハンは手当たり次第に聞いて回ったらしいが、彼女らしき姿を見た者は、やはり1人もいなかった。







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