公爵様の決心
クリスティアンは、頭を抱えたくなった。
言葉の選び方を間違えたとは思わない。この上なくはっきりと告げたはずだ。
貴女と付き合いたい――と。
まさか、ものの見事に受け流されるとは思わなかった。
嫌われているのかとも思ったが、ソファに座るように勧めると、彼女はごく自然にクリスティアンの近くに座った。今は、天井画を見上げている。もはや、下の階の演奏はどうでもいいらしい。
「閣下――」
「クリスティアン」
「あ……クリスティアン様、あの右側の絵は何の場面ですか?」
「美の女神が、青年を誘惑しているところかな。青年は初代の王で、最近の研究では伝説上の人物だとされている」
「なんか、王様、嫌がってませんか?」
「女神の誘惑をはねのける話だから」
「美人ならいいってものじゃないのですね」
物語のテーマはそこではないのだが、クリスティアンは訂正しなかった。
「リーシャ」
「はい?」
「絵画が好きなのだろうか?」
彼女は上を見るのを中断した。
若草色の瞳がクリスティアンの方を向いた。
「絵というより、綺麗なものが好きなのです。小さくて可愛いものとか」
クリスティアンの心に、小さな記憶が浮かんだ。
「色ガラスの欠片、丸い石、ピンクの貝殻……」
「ええ! よくお分かりですのね」
はしゃぐように言ってから、彼女は顔を曇らせた。
「普通の淑女はそんなの好みませんよね」
どこか自信なさげな表情だ。
「さぁ。他の令嬢とは、付き合いがないから分からないな」
「そうなのですか。わたくしの知る限りでは、身につける宝石の大きさとか、ドレスの色とデザインが重要な案件らしいのです」
「そうか。覚えておこう」
クリスティアンは、真面目くさって頷いた。
「閣下――」
「クリスティアン」
「あ……クリスティアン様は、どんなものがお好きですか?」
「特にこれといっては……」
(我ながら全く面白味のない男だな)
クリスティアンは、自嘲するようにそう思った。
ところが、リーシャは不思議そうな顔でクリスティアンを見るのだった。
「物語は?」
物語――?
「お好きなのでは? だって、たくさん知ってらっしゃるもの」
「いや……それは……物語と言うか……」
クリスティアンは、やっと理解した。初めて会った時、リーシャがあんなにコクコクと頷いていたのは、歴史学の話を物語だと思ったからなのだ。
「その……先日、聞かせた物語は面白かった?」
「ええ、とても。また聞かせてくれるお約束で――あっ! 申し訳ございません」
(そこでなぜ、謝る?)
やはり、クリスティアンにとって、リーシャは可愛いらしくて言動が謎だった。
その夜遅く、ディートハルト公爵邸の一室に灯りが灯った。
ゴソゴソと何かを取り出している主人の背後で、先祖代々公爵家に仕えてきた家令は首を傾げた。
「旦那様」
「何だ?」
「お寂しいのは分かりますが、二十五にもなって母上の遺品を懐かしまれるのはどうかと」
しかも、主人であるクリスティアンが床に座り込んで並べているのは、亡き先代公爵夫人が収集していた物――色ガラスの欠片、丸い形の石、綺麗な色の貝殻など――たぶん、他の人間にとってはガラクタとも呼べる物だった。
「フィルド」
クリスティアンは振り向きもせず、家令に呼びかけた。
「はい。何でございましょう」
「妻を迎える」
「はい、それはようござい――ええっ! 旦那様! ど、ど、どちらの姫君でございましょう?」
「リーシャ・ドゥラック伯爵令嬢だ。屋敷の改修の手配をしろ。彼女は、小さくて可愛い物が好きだそうだ」
クリスティアンは、ピンク色の貝殻を灯りにかざしてつぶやいた。
「待っていろ、リーシャ。約束通りどこまでも付き合ってもらうぞ」