お嬢様の謝罪
ご招待――それは、優雅な名前の強制連行だ。
リーシャは、ディートハルト公爵に『足が痛いなら、二階の桟敷席へ行こう』と、誘われた。
「座れるから。それに演奏を聞く時は、あちらの方が音がいい」
そう言う公爵閣下に、『いや、もう治ってますんで』と言える筈もない。
だがしかし、公爵に腕を取られ、ゆっくりと階段を上りきってから、リーシャは激しく後悔した。
(なに、ここ)
真紅の絨毯を敷き詰めた通路に沿って、美しい彫刻をほどこしたドアが五つ並んでいる。傍らに立っている騎士は、護衛というやつだろうか? うん。それ以外ないね。
リーシャの知っている桟敷席と言うのは、下の見えるバルコニーに沿って前後二列の座席が並んでいる場所だ。
「あの……閣下? ここは……」
「王族専用の桟敷席だ。中央は国王陛下専用だが、それ以外は私でも利用できる」
「ア……ソウデスカ」
確か公爵の母上は、国王陛下の姉君だった。だから公爵は、王子たちに継ぐ王位継承権を持っている。
そんなことも忘れて、『結婚を申し込まれたら』なんて言っていたさっきの自分を叱ってやりたい。失礼にもほどがある。
一人の騎士が会釈をしてドアを開けた。
ディートハルト公爵は、優雅な仕草でリーシャの背に手を添え、中へと促した。
「わあ、すごい!」
目の前に広がる光景に、リーシャは歓声を上げた。
正面には腰の高さの仕切り壁があるだけで、下の大広間が見渡せた。中央に置かれたソファと小ぶりのサイドテーブルは、座席というより上質な調度品だ。両脇の壁側には花瓶から溢れんばかりの花が飾られている。
桟敷席? もはやこれは大きな窓のある贅沢な個室だ。
「閣下っ! 天井画がよく見えますっ!」
元気よく言ったリーシャに、公爵はプッと吹き出した。
リーシャは天井を見上げたまま、不満そうに口を尖らせた。
「えーっ、どうして笑うの?」
「いや、失礼。天井画とは、意外だったもので」
「だって、普段はよく見られないじゃない。あんなに綺麗なのに」
「ああ……そう言われれば」
「でしょう?」
振り返ってディートハルト公爵を見上げたリーシャは、そこでやっと我に返った。
今、どこで、誰を相手に、しゃべっている――自分?
「た、た、た、大変失礼致しましたっ!」
リーシャは床に座り込んで両手をつき、頭を下げた。お芝居などで、身分の低い者が王様にヘイコラするあの態勢である。
「リーシャ?」
公爵は、リーシャの前に跪いた。
「もう色々、何もかも、申し訳ございませんっ!」
「顔を上げてくれないか? 何を謝られているのか、よく分からないのだが」
「へっ?」
顔を上げると、戸惑ったような黒い瞳がリーシャを見ていた。
「あの……先程は、馴れ馴れしくお名前を呼んだり……」
「別に構わないが? 私もリーシャと呼ばせてもらう。貴女も名前で呼んでくれ」
「さも、結婚を申し込まれるような関係だと吹聴したり……」
「王妃陛下に一対一で紹介されたのは、結婚相手にどうかと勧められたのだと理解している」
「はいっ?! 何をおっしゃっているのです、閣下は――」
「クリスティアンだ」
「ええと……クリスティアン様は、王女様とでも結婚できるご身分ではありませんか」
「だから?」
「だから、わたくしなどにまとわり付かれては、ご迷惑かと」
「いいや。全く。その……何と言うか……私は社交下手でね。時々、何を話していいか分からなくなるんだ。貴女は、とても話しやすい。だから……その……貴女とこのまま付き合いたい」
ピンときた。
「分かりました」
リーシャは、にっこりと笑ってクリスティアンの手を両手で握った。
「会話の練習相手にしたいのですね。安心して下さい。どこまでもお付き合いします!」