公爵様の本気
どこで声をかけようか、と、クリスティアンは迷った。
それは、彼が社交下手だという以前の問題だった。話がプライベート過ぎて、声を掛けづらいのだ。
クリスティアンが今、立っている場所は、背の高い置物の横で、リーシャ達からはちょうど死角になっていた。
意図せず立ち聞きするはめになった彼女らの会話の内容ときたら、泥沼の三角関係のようでありながら、緊張感が全く感じられない。どこか間が抜けているのだ。
ここで立ち尽くしていても仕方がない、と、クリスティアンが物陰から踏み出した時、リーシャが得意気に言い放った。
「とにかくね、クリスティアン様に求婚された時、わたしがドゥラックの後継ぎだと困るでしょ? だから、貴方たち二人に伯爵家を継いでもらいたいわけ」
それが、売り言葉に買い言葉で飛び出したものだと分かっていた。
それでも、クリスティアンは嬉しかった。自分には、リーシャが自慢するほどの価値があるらしい。
そして、ためらいながらも掛けた声に振り向いた彼女の表情たるや。
(可愛すぎて、笑える)
今、スコップを与えたら、リーシャは間違いなく、自分で穴を掘って隠れたことだろう。可能な限り深い穴を。それを見てみたい気もしたが――
「ク、ク、ク、クリスティアン様?」
「二週間ぶりですね。こんなに長く男を待たせるとは、つれない方だ」
クリスティアンは、リーシャのはったりを後押しすることにした。
「え、え、え、えーと……申し訳ありません。足首を捻挫してまして」
それで姿を見かけなかったのかと、クリスティアンは納得した。
「もう、いいの?」
「はい。ええ。もちろんであります!」
敬礼でもしそうな勢いで、リーシャが答える。
「お友達を紹介してくれないかな」
(特に、『ウォルフ』と親しげに呼んでいる、その男が誰か教えてくれ)
クリスティアンは、珍しく好戦的な気分でリーシャに微笑みかけた。
その後の、リーシャの様子は惨憺たるものだった。
まず、紹介順の作法を間違えかけ、それに気づいた妹のヒルダ嬢が自ら名乗りを上げた。
例の『ウォルフ』は、エーデン伯爵家の三男だった。まだ二十歳くらいだろうか。茶色の瞳で、しどろもどろのリーシャを心配そうに見ている。
「エーデン家とは家族ぐるみで親しくしていまして、それで、そんなわけで、昔からいつも一緒で、今夜も一緒に」
どうやらウォルフは、男子のいないドゥラック家の入婿候補らしい。先程の口ぶりだと、すでに縁談を打診されているのかもしれない。
貴族の家ではよくある事だというのに、クリスティアンは面白くなかった。
「もちろん、貴女の同伴者ではありませんよね?」
「え? あ、はい。ヒルダの、妹の、です」
「そう。では――」
(こんな時は、どう言うんだったか……ああ、そうだ)
「――レディ・リーシャ。今宵、貴女と過ごす栄誉を私にお与え下さい」
ディートハルト公爵クリスティアンは、生まれて初めて、自分から女性を誘ったのだった。