お嬢様の目論見
出かけた時と同様、リーシャは王宮の馬車に乗って帰宅した。
出迎えた家令の、いつもに増して強張った顔に首を傾げ、『さすが、来賓用の馬車ねー。全然揺れなかったわ』などと、呑気に考えながら、リーシャは屋敷に入った。
「お姉様っ!」
ぼけっとしていたので、いきなり飛びついてきた妹を支えきれずにトタトタと後ずさる。肘が何かに当たり、ギョッとして振り返ると、リーシャの後に入ってきた家令が、鮮やかな身のこなしで大きな花瓶を受け止めているところだった。
「リーシャ、貴女という娘は……」
ヒルダと共に出迎えてくれたらしい、母であるドゥラック伯爵夫人が、嘆かわしげに言った。
でも、今のは不可抗力だと思う。
「お姉様、王妃様のご用事は何でしたの?」
ヒルダが心配そうに尋ねた。
「何って……招待状にあった通り、お茶会よ。とっても美味しいお茶とお菓子でね、ヒルダにもってお土産をいただいたわ」
「本当? 嬉しい」
ふだんはリーシャよりしっかり者と評判のヒルダだが、こういう時はいかにも16歳の少女らしい。
「どうして貴女が招待されたか伺った?」
母の方は、まだ心配そうな顔だ。
「メリッサ大伯母様つながりらしいわ。ロラン侯爵夫人から私のことをお聞きになったとかで」
「メリッサ様って……まさか!」
「そのまさか」
「何てこと……」
母は、こめかみを押さえて呻いた。
「大丈夫よ、お母様。お叱りを受けた訳ではないの。王妃様は面白がっていらしたわ」
「粗相はしなかったでしょうね」
「ええ、もちろんよ」
リーシャは胸を張って答えた。
王妃様は終始にこやかだったし、ディートハルト公爵も気難しいという噂と違って優しかった。何も問題はないだろう。
自信満々のリーシャに対し、母は疑わしげな眼差しを向けた。
「とりあえず着替えてらっしゃい。それから詳しい話を聞かせてちょうだい」
(お母様ったら、心配性なんだから)
よく言えばおおらか、正直に言えば大雑把なリーシャは、母の懸念などどこ吹く風だ。
さすがのリーシャも、王妃様の口から『結婚』という言葉が出て来た時は、ものすごく焦った。逆立ちしたって公爵夫人になれるような器ではない。
しかし、ディートハルト公爵と直接会って、リーシャは安心した。
結婚なんてあり得ない。
間近で見たディートハルト公爵は、圧倒されるような美青年だった。
王妃様の意向はどうあれ、ああいう見目麗しく高貴な男性は、リーシャのような平凡な令嬢には見向きもしないものだ。思いがけず話は弾んだが、たぶん自分に熱を上げていると聞いて、気を使って下さったのだろう。優しい方だ。
『わたくし、熱烈に片思い中です』作戦は継続しても構わないだろうか。
幸いウォルフとの婚約は、まだ、両家の口約束の段階だ。解消しても醜聞にはならない。
最大の問題は、どうやってリーシャとヒルダの立場を入れ替えるかなのだ。
男子のいないドゥラック伯爵家は、リーシャかヒルダが婿養子を迎えて家を継がなければならない。一応、長女のリーシャが跡継ぎとなっている。
「家名を傷つけずに、後継ぎを外される……うーん……難しいわね」
リーシャはブツブツ呟きながら、階段を下りていた。
「……ん?」
何やら階段下の玄関ホールが騒がしい。
家令の声とやや早口の女性の声がして、万艦飾よろしく派手に着飾った老婦人が姿を現した。
「メリッサ大伯母様?」
リーシャが声をかけると、老婦人は階段を見上げて大きく手を広げた。
「リーシャ、可愛い子! ディートハルト公爵閣下とお見合いをしたのですって?」
(はい?)
想定外の言葉に呆気に取られたリーシャは、階段を三段ほど踏み外したのだった。