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かなめは嫁入り修行中(1)


「ただいま。」

僕の家である。


僕と並波さんの家である。


部屋は8畳1間、トイレと風呂はセパレート式で質素ではあるが脱衣室もある。それらは玄関の正面に伸びる廊下の左側に配置されてあり、右側にはこれまた質素なキッチン、換気扇あたりの壁紙が茶けていて、古めかしさを醸し出している。

厄介なことに、廊下から部屋に入る為に磨りガラスのドアを開けねばならなく、これがキッチンから料理を運ぶ際に大変な障害となっている。そしてこのドアを開けると例の如く、あの並波万理がカーペットに寝転がり、ゲームをしている。


「おかえりんこ!」

「ただいまん…ただいま。」

「あっ、何言おうとしたの!やーらしー!!」

下品な女だ。というか、何故並波さんは僕より早く帰って来ているのだろうか。僕は巫女姿でフォークダンスという散々な目に遭ったというのに。そしてそれは他でもない彼女の所為だというのに。

ありえない。僕を何だと思っているのだ、と考えていつもの結論、「僕は家政婦」。


そんな下僕な僕を余所に、波並さんは続ける。

「うわー…。チカちゃん本当に女の子みたいだよ。」

「いや誰の所為だと思ってるんだよ。あと、タバコを吸うならうちから出てってよね。」

心外だ、喫煙は自由だと喚く彼女を余所に脱衣室にある洗面台へ向かう。チークがやたら主張している顔面を洗顔料で擦るとどんどん素面に戻っていった。


女装はどうかと思うが、かっこよくなるものなら化粧も悪くはないのかな、と思わされる。漫然と毎日鏡に向かうだけあり、自分の顔はとうに見飽きたというものだ。

そんな気持ちもさる事ながら、僕はこの顔がまあまあコンプレックスであることだ。男としては不似合いなほどパッチリ開いた二重まぶた。角の見あたらない輪郭にスッと伸びた鼻なんかはどちらかと言うと女寄りで、当然ヒゲも生えてこない。童顔の極みである。

それにこの髪、試しに1本抜いてみると透き通っている。完全なる白髪だ。医者曰く突然変異のようなものらしい。


時計は夜11時を指した頃で、もはや飯を作る気力もない。とりあえずインスタントのラーメンでも良いかと訊くと「そばが食べたい」とのことだったので、やはりラーメンを作ることにした。居候の分際のくせして飯すら作らない並波さんのことを咎めたところでまたいつもの堂々巡りになるだけなので黙って作る。


「あっ、今日は私が作るよ!」

願ってもない提案なのだが、大抵こういうときは何かお願いごとか、或いは面倒ごとを相談されることになるのでこれもスルー。

「本当に本当に!私作るから!!」

ドタドタと立ち上がりキッチンに駆け込んで来た並波さんの顔を見ると確かに尋常ならざる事態であることが伺える。嫌な予感からか、額が汗ばむのを感じた。

「何かあったのか?」

スルースキル検定、不合格。

「い、いやあ…、チカちゃんってこのまま女の子になったりしないのかなーって…」

「なるわけないだろ、というかなれるわけないだろ。」

「ですよねー…」

何を言っているんだこいつはと、疑問も浮かんだところで麺を沸騰した鍋に入れる。


「お…お母さんから連絡があってさ…」

「良かったじゃん。元気そうだった?」

「げ…元気だよ?元気が有り余っててさ…」

そこで言いにくそうに、ひどくモジモジしながら黙り込むので僕はもしや、仕送りでも送ってくれるのかとおよそ考えうる中で最良の答えへの期待を胸に次の言葉を促した。

「え…えっとね…」

なんだよ。

「うちに来るって…お世話になっている方にご挨拶しなきゃならないって…」


…なんだ、そんなことか。特に問題ないだろう。男女1つ屋根の下とは言えども、説得仕切るほどの根拠は持ち合わせているつもりだ。


例えば、彼女用に揃えられたトラベル用品の数々。歯ブラシは歯磨き粉と一緒にチャック付きのビニールケースに入ったものだし、同じベッドで寝ている訳ではなく、波並さんは寝袋で寝ている。おまけに着替えは全て圧縮袋に纏められているのだ。つまりこれは同棲などでは決してなく、やはり居候でしかないのだ。


「特に問題ないよ。いつ来るの?」

「今週末…なんだけど…あの…」

「変に言い淀まないでくれよ。不安になるだろ…」

「えっと…私さ…」

この一言が、僕の人生をがらりと変えてしまうことになろうとは、やはり聞かなければ良かったと後悔することになろうとは。


「女の子の部屋に住まわせてもらってるって…お母さんに心配かけたくなくて…」


「は。」

「だから女の子になってもらえないかなー…なんて。」

「女になってまで並波さんを家に置いてやる義理なんてないよ!」

言語道断とはこのことだ。何が悲しくてこの女の為に女装をしなければならないのか。僕は憤慨した。

すると並波さんは頬を紅潮させ、女の武器を目に浮かべて。

「そんなこと言わないでよ!本当に一生に一度のお願いここで使うから!」

そんなことで一生に一度を捧げていいのだろうか。

「絶対嫌だ。そもそもお前、自分の部屋はどうしたんだよ。まさかとは思うけど解約でもしたのか?」

「解約は…してない。してないけど帰れないのよ。」

「なんで帰れないんだよ。」

「それは訊かない約束じゃない!」

「約束って…」


僕は言い淀んだ。たしかに僕はそんな約束をした覚えがある。それは確かあの日。入学式の3日前に遡る。

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