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曰く、戻れば進む(2)

「私、なんとなくだけどチカちゃんが踊った方がいいと思ったの。」


並波さんは尋常ならざるほどの素面でこう言うが、果たしてこの女は自分が騒動の発端であることを理解しているのだろうか。ゴタゴタに紛れて神様まで現れているというのに全く危機感の類の気色を顔に表さないのだ。

神様の言動に絆されかけていたが、正気を取り戻した。

やはり、勿論僕の答えはノーだ。


そもそも神様の子孫でもなんでもない僕が出る意義というものを全く感じない…ん?


「そういえば去年までの巫女はどういうやつがやってたんだ?」


「えっ? …んー、暁月ざらめって子よ。一個上の先輩で、私に舞いを教えてくれたの。」


「その人はどの神様の子孫なんだ?」


分からない、といった風に首をかしげている並波は続けて


「私が知ってるわけないじゃない!」


逆ギレだった。


「たしかに並波さんが知ってるわけがないよな。」


「馬鹿にしてない?」


してるともさ、してるとも。


「まあ、今こうやって並波さんは僕に捕まったわけだし、諦めて舞ってきてもらうよ。」


「えー。」


袖を掴み実行委員の本部テントに向かおうとすると首に冷たい感触が。

なんだこれ、刀?


「お前が舞え。」


とは、神様。

ガチのやつですかこれは。拒否したら殺されるんですかね。


「舞わなきゃ殺す。」


いやいやいやいや。


足の震えが止まらない。喫煙所は校舎の裏に設置されており、先程までの野次馬もいつの間にか祭の喧騒に消えてしまっている。それどころかいつの間にか空は仄暗くなっていた。


「い、いや…そう言われましても僕舞い方とか知らないし…」


チラッ、チラッと並波さんの方を見ると別段なんでもないふうにスマホを触っていた。

この薄情者め…家に入れてやらないぞ…


「そんなもの、暁月とかいう女に教えてもらえばいいじゃないか。」


「やっぱりそうなるわよね。いいわよー、手取り、足取り教えてあげるから来なさい?」


突然耳にかかった甘ったるい声と生温かい吐息にぎょっとして後ろを振り返ると深い深い黒色の髪を腰まで伸ばした女がうっとりとした表情を浮かべて立っていた。

てか、顔近っ!


「話は聞かせてもらったわよー。君が今年の巫女?ねえ…?」


「あ、いえいえこっちの女が…」


「君!そんなに可愛いのに巫女を降りるなんて私が許さない!」


ズビシィッ!と人差し指を突きつけられた衝撃で僕は後ろによろめいた。

なんなんだこの人ーーッ!


「ざらめさん!今呼ぼうとしてたところだったんです!」


この人が去年の巫女…どうしてこうおかしな人ばかりが選ばれているのだろうか…


「万里ちゃんー?今回はこんなに素晴らしい代役を連れて来てくれたから良いものの、基本的にドタキャンなんて社会では通用しないのよー?」


妙におっとりした喋り方で、ニットからこぼれ落ちそうな乳を揺らしながら彼女、暁月ざらめは言う。


「来年は万里ちゃんが絶対に舞わなきゃねえー?」


「は、はい!すみません!」


「いやいや!ちょっと待ってください!もう舞いの時間まで10分もないですよ!!どうやって覚えろっていうんです?!」


いけない、そうだったわとそそくさとニットとロングスカートを脱ぐと、彼女は巫女の衣装を下に着ていた。


これはどういう…


「私決めたわよー、今年の舞いはフォークダンスね!」


…ええーーーーー!?

そんなんでいいのかよ青柳祭!!


「もしもしお父さん?今年の巫女は私と、とーーーっても可愛い女の子の2人でフォークダンスするからー!…うん、うん!頑張るわねー!」


「あ、ざらめさんはこの学園の理事長の娘さんなのよ。」


並波さんがコソッと耳打ちしてきたが、そんなことはもうどうでもいいくらい、僕の学園生活はどん詰まり様相を呈していた。

もうどうにでもなってくれ…


「さ、矢倉に上がりましょっ!みんな待ってるわーっ!」


腕を引かれながら、つんのめりながら、僕は矢倉へ向かう。暁月さんの髪がぬらぬらと揺れてどこか懐かしいような匂いがした。

…その懐かしさに絆されて、緊張感やら不安感はどこかに消えてしまった。暁月さんの手が温かいのも相まって。



ー矢倉に上がった2人は手を取り合い、やがてフォークダンスを始めた。

それを俺は、あの頃の2人を思い出しながら眺めていた。


なんの偶然か、この時代に実体として復活したのだ。共に彼らと青春を過ごすのも悪くないのかもしれない。…生活は少々不便そうだが。


なんだ、あいつはなんやかんやと文句を言っていたが結局楽しんでるみたいじゃないか。暁月に振り回されているようにも見えるが。盛り上がりも悪くない。


だがしかし、あの女…並波万里という女。あいつはどうだ?我が子孫といえど解せない。

どうしてあいつは泣いているんだ?

どうしてもあの場で舞えない事情があるんじゃないのか?

勿論それを察しての俺の采配ではあったわけだが。


…まあどうでもいい。俺もこの時代に腰を据える準備をしなければ、だな。



ー木枯らしが吹いた。5月の夜空に木枯らしが。

ーそれは異様ではあるけれど、同時に当たり前でもあった。


ーいつでもそこには全ての可能性が有り余っていることを僕はまだ、知らない。


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