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intro

ー彼は剣を携えていた。


「ところでお前、名前は何ていうんだ?」


その声の主は罰当たりにも社にその屈強な脚を掛けながら、まるで興味がないのが分かる程にため息混じりで僕の方を見た。


「近森 かなめっていいます…」


「ふーん、で、俺にどういう用件があったわけ?そんな巫女の格好までしてさ。」


「ちがっ…この格好は…」


「あっ、そうかもうそんな時期なのか。そうかそうか。」


意味ありげにニヤつく彼はその肩まで伸びた茶けった黒髪を、5月の新緑に揺らしながら僕の方へ歩いて来た。


近付いてみると彼は僕より頭1個分は背が高いことに気付く。おそらく180cmは下らないだろう。


「長いこと寝てたから今が何年なのか分からねえ。おい、今何年だ?」






ー2012年 5月7日ー





教授の声が全く届かない。


音響設備の所為だろうか、いやはや高い施設料を取り上げてまで設置したであろうスピーカーは僕の席より遥か前列でノイズ混じりに声を届けてくる。


はぁ、ギターが弾きたいなぁ。なんて考えながらペンを取ってノートに意味もなくコードの羅列を書き記しては午前特有の陰鬱な気分に浸る。


窓の方を見てみればこれまたレンガ造りの校舎が目にうるさい、あ、眠くなってきたかも。


「なあ、ちょっと隣ええかな。」


その声のする方、つまり右隣に目を向けてみればなるほど、これも目にうるさいほどの金髪だ。


「あ、いいですよ。」


「どーも、…ってお前男やんけ!いらんわー…」


いかにもチャラついた風貌。被りっぱなしのニット帽は何かこだわりでもあるのだろうか。


「すみません…」


何を謝っているのか分からない僕も僕だ。


チッ、と小さく舌打ちをしながらチャラ男が去ったあと僕はまた陰鬱な気分に引き戻される。


「なーんか嫌な感じだったね、チカちゃん。」


左隣、光の反射で今にも消えてしまいそうな白い肌の女が言う。


「並波さんさあ、訊きたいんだけどなんで気付けば僕の横すわってんのかなあ…」


「いやあ、こう見えても私友達いないからさ。」


そう言い放つとおもむろに立ち上がって伸びをする。瞬間、サーモンピンクしたブラウスとタータンチェックのスカートとの間に出来た白い隙間を僕が見逃すはずがなかった。


まず、彼女に友達がいないはずがなかった。こんな美少女を放っておく人間などいないはずがなかった。


「悪目立ちするもんね、並波さん。」


悪目立ちってどういう意味?と興味などまるでないくせにとりあえず訊いてくる。


「文字通り悪い意味で目立つことだよ。」


「じゃあそこの立ってる君、前に出て書いてきたレポート読んでくれるかな?」


と、いうような感じで教授に目をつけられれば


「マズった!」


独りごちて僕のレポートを手に教壇へ向かう。


やれやれ…と、これは禁句だったな。僕はやれやれ系ではないのだ決して。


「私、並波 万里はこの学園の、三つの社に祀られた神様について調べてきました。」


僕の遥か前方の、古びたスピーカーから明朗快活な彼女の声が聞こえる。


それはこの学園が武士の訓練学校だった時代に遡る。


新藤という武士がいた。彼は念じれば瞬く間もなく千里を越える力を持っていたらしい。そして、その千里先をも見通す眼力を持ち合わせ、世に憚られていた。


彼の想い人である原菜という女もまた、そういった類の力を持ち合わせ共に戦国乱世を生き抜いていた。


2人は幸せな家庭を築きあげ、向かうところ敵なしというふうな順風満帆な日々を送りその生涯を全うした。が、全うしたところで神がそれを良しとするはずがなかった。


『お前ら2人とも神様の仲間入りな。ここに主のいない空っぽの社が3つあるからここで俗世見張っとけや。』


と、言ったかどうかは知らないがともかくそれがこの学園の敷地内にある社の3つあるうちの2つらしい。


そうなるともう1つというのが分からないのであるが専門家曰く「まだ誰も祀られていない」。


そしてこの学園では、この青柳学園では年に一度祭が開かれることとなった。


新入生の中から1人、成績や人柄その他諸々を加味して巫女が選ばれる。その他諸々というのはなんというか、家系や血筋というのもあるのだそうだ。


新藤家や原菜家と近しい血筋、その中でも成績優秀者で容姿端麗(これは僕の勝手な予想であるけれども)な女が巫女を務める。


「ところで今年の巫女なのですが、私です。私がやることになりました。」


どっ、と教室が沸いた。眠りこけていた生徒もくっちゃべっていた生徒も皆前のめりになって教壇の上で他人のレポートを読む美少女を目で「噛み締めて」いた。


そうなのだ。この並波 万里こそが、500年の時を経てやっと見つかった新藤家直系の子孫なのだ。


いつだったか、彼女の側で今の今まで何故見つからなかったのだろう、と独りごちたことがあったが、


『お母さんも、お父さんもお婆ちゃんもお爺ちゃんも、去年の暮れまで知らなかったんだって。』とのことだった。


肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪をやや下の方で纏め、清廉そうな純情乙女ですと言ったふうなその少女は一礼と共に、僕の隣の席に向かって歩いてきた。


と、いうわけで今夜は祭である。そもそも僕は祭などという人にもみくちゃにされるような行事はもともと嫌いな質であるから参加しないつもりではいるのだけれど。


並波さんたってのお誘いを、半ば強引なお誘いを受け陰鬱な気分に浸っていたのだ。


「いやー、ありがとね!私頭悪いからいつも助かってるよー。」


「家系でこんなエリート校入れられたんじゃ無理ないよ。お疲れ様。」


「…それ言葉の裏では馬鹿にしてない?」


してるともさ、実際お馬鹿なんだもの。


やっぱり一眠りしよう、と耳たぶの下まで伸びたもはやマッシュヘアーの様相を呈していない重っ苦しい髪をかきあげ、頭の後ろで指を組み机に突っ伏した。


「その姿勢、なんか怯えてるみたいだよ?」


「違う、教授に許しを乞うてるんだよ。お願いだから寝させてくださーいってね。」


「変なの。」


君に言われたくないよ。


全くどうしてこんな女と、どうしてこんな女と僕は


一緒に住んでいるのだろうか。


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