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千年王  作者: 奥山まゆこ
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R4 獅従儀

「刻限になりました。はようお出になられませ」


白に身を包んだ式官が、渡殿で呼ばわっている。

同じように白いシデルを羽織った式官がついて、身支度を整えたラティを先導する。


今日ばかりは、家格も品も足りない北の離宮の家人たちは皆、留守役だ。

雲官を従えた侍従と学博が花門に立ち、一斉に拳礼を捧げてラティの着飾った姿を見送った。


一行はしずしずと渡殿を抜けると、王の宮である正殿に渡った。

天門鳥と天樹文様の金襴が打ち付けられた壁面も、虹光貝がちりばめられた柱も、りん、りんと歩く早さに合わせて鳴る天井に掛けられた鈴鐘も、何もかもが初めて見るように物珍しい。

ラティにとって、天授儀以来、正殿へは二度目の渡りとなる。


三儀の段をのぼった式間には、すでに雲上官がずらりと両脇に並んでいた。

儀をつかさどる式官の衣は白と決まっているが、式官以外は通常の官衣でよい。

官職や品に応じた色とりどりに加えて、白の帳子を挟んだ桟敷には、四方の離宮に住まう妃と御子、それに三式から上の家人が、趣向を凝らした衣に身を包む。


正面の中央に据えられた王の座と、その左手にあたる宰相の座は空席。

これは慣例通り。

王の右には、王の代理を務める獅従のザハトが座して待つ。


ラティは、重い衣を両手で引きずるようにして中央に進み出た。

前屈みの姿勢で、顔が真正面に向かないようにやや斜め下を向いて進む。最上の礼として、儀ではそういう歩き方をするのがならわしだという。要するに、なるべくおごそかに、時間をかけてのろのろと、勿体ぶって進めばいいのだ。フォートに散々鍛えられたおかげで、ラティはそれらしく見せることにかけては自信があった。


先導役の式官が歩みを止めて、ようやく式間の中央まで来たことが分かる。

獅従儀の式順は、さして難しいものではない。

拳礼から始まり、ひたすら退屈を耐えて、拳礼を繰り返すだけだ。


ラティが正面中央に向かって式始めの拳礼をしていると、りん、りん、りんと入場を知らせていた鈴鐘が鳴り止んだ。続いてザハトに向かって拳礼の姿勢をとる。


「方はぁ四方、式はぁ三式、品はぁ上に十三、下に十三、雲上のぉ百官、下雲のぉ百官を従え、万丈のぉ下界はぁ五領を治むる、そは千年のぉ生得て、千年のぉ慈悲持つ、王のぉ務めぇなり」


脇に立った式官が祝言を述べはじめる。

これがしきたりだった。

膝をつき、両手を高く捧げた姿勢のまま、ラティは式官が述べるちんぷんかんぷんな言葉の羅列を聴いていた。

全くばかばかしい祝言だった。

いかにも間延びして、妙な節回しで唄われる文句は、果てるともなく朗々と続く。

メイソンに言わせると、王の御子として学んでいくための心構えを説くありがたい文句らしいが、ラティにはこちらの忍耐を試して大げさな訓示を垂れているようにしか聞こえない。


王は不老だが千年も生きないし、千年の慈悲とやらを要求されても困る。

長く在位していたハルト王でも43年、そのまた先王にいたっては僅か5年ばかりの在位なのだ。


腹の中で舌打ちしながら、手がしびれ、脇から汗が流れ、膝と腕が打ち震えるのをどうにかやり過ごして堪える。

祝言はとにかく長い。


頭の中を空にして、数を数えながらラティはゆっくりと腹で呼吸した。

メイソンから手本を見せられたときは、あまりに退屈で眠りこけたが、今日は寝るわけにもいかない。目を閉じないように瞬きを繰り返して、床板の木目を眺める。


途中で祝言を追うのはやめてしまった。どうせ誰に何を諭されようが、王の御子として生まれた限り、王子として生きるよりほかないのだ。


「…は天山なり、…のぉ……雲海なり、まなこぉきたえし者には…めいあり、さすれば、王はぁ獅子となりぃ、獅子は王となるぅ…獅子に従いてぇ、歩まんことをぉ、獅子を従えてぇ…歩まんことをぉ…」


一刻ばかり続いた祝言がようやく終わる。

力の入らない腕を戻して床に手をついて待っている間に、式官が下がってゆく。


「これにて半人前となることを赦す。心して務めるように」


王の代行であるザハトが短く告げる。

たったこれだけ聞くために耐えたのかと思うとがっくりするような素っ気なさだ。


続いて、別の式官が進み出て、しずしずと縁高を前に捧げた。

北妃が身につけていた彗珠を手に取ると、ザハトはラティの前に屈み込み、金髪をかき分けて両耳に輪鎖をつけた。透けるような白肌に、輪鎖から垂れた翠の彗珠がよく映える。


ここでようやく面をあげることが許される。

ラティは痺れた足先で、ふらつかないように床を強く押して立ち上がった。シスルを両手で整え、きゅっと顔を上げると、桟敷近くに座っていた雲上官の間でざわりとした驚きの気配が動いた。


……似ているのだ、

北の王子は、あの北妃に。


ロウに着重ねたシラルは白、シデルも白、裾が波打つ華やかな仕立てのシスルは、金粉を散らした翠の地に、北季の縁起物である犀の文様を銀糸で縫い込んである。腰には家主の天寿が尽きたことを示す白い網紐を、前で左右にゆるく垂らした姿。


これといった珍しさのない慣例に沿った衣ではあるが、北妃の死を忘れてはいないという暗示にもなりかねない。

ザハトはそっと顔を近づけて、ラティに面をもう少し伏せるようささやいた。

ささいな仕草ひとつ、衣ひとつが、雲上官の邪推や好奇な視線を寄せるものだ。


ラティは言われた通りに、正面を向いていた面を少しばかり伏せた。


刺さるように自分が視線を浴びているのは、分かっていた。母を陥れた貴族共も、この顔を見て驚いているだろう。これでしばらく貢物など届くまい。


「従士として、ディンブラ主格より、第四子のソンを与える」


式官に従って、白地に銀の天樹文様を凝らした衣を羽織った少年が前に進んだ。

背格好はちょうどラティと似ている。

橙色の髪も、ラティと同じく高い位置に括って肩にかかるほどに生え揃っている。


「今日より共に学び共に励みなさい」


ザハトの型通りの言葉に、ラティとソンは呼吸を合わせて拳礼をとる。ザハトへの礼を終えると、互いに向き合って膝礼をして、最後に空のままの正面の王に向かって拳礼をした。


これでようやく獅従儀はしまいとなった。


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