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千年王  作者: 奥山まゆこ
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S4 カグヤ

まるで祭の声が届くようだ。

びょおお、びょおお、と雲海船に張った帆と船内に立てられた傘鉾が一斉に風を受けてはためく。


セイは感嘆をこらえて、船端にしがみついて雲海を眺めていた。

なんて楽しそうな眺めだろう。それに、なぜか懐かしい。

下界を埋め尽くした灯を、どこかで見たことがある気がしてならなかった。


年に一度、冬になると家族で見に行ったイルミネーション。

季節は違うけれど、

夏の夜店が並んだお祭りにも似ている。

わたあめを買ってもらって、ヨーヨーをせがんで。


「にいさま、にいさま」


ぐいっと腕を引っ張られて、セイは我に返った。

木の葉のような小さな手が、意外に強い力でぐいぐいとシデルを寄せる。

ぷんと権高にふくらませた顔に、ごめんごめんと笑う。


「メアは、にいさまとおはなししたいの」


舌ったらずに話す声はまだ幼い。二つ年下の南の王女は、天授儀を受けて今年初めて雲海船に乗れるようになったのだが、きっとまだ景色を見て箱膳を囲む楽しさを実感できないのだろう。大人たちは、船尾に設けた席で笑い声を立てながら賑やかに酒を飲んでいる。

メア王女の相手を任されたのは、セイとカナタ、それにウヴァをはじめとする東の離宮付きの雲官が数人。二歳も離れていれば遊び相手というより、体のいい子守役のようなものだ。


「そうだね。じゃあ、僕が楽しいお話しをしてあげる」


ふにゃっと嬉しそうになったメアは、そわそわとした顔ですり寄ってくる。

はにかむような表情になっているのが可愛らしい。きっと、普段は自分と同じように大人たちに囲まれているからだろう。赤みがかった金の巻き毛に、同じく赤みを帯びた金の瞳。肌が健康的に茶色味を帯びてつややかなところは南妃に似ている。

メアも、同じ王の御子として生まれ、成儀の日まで離宮の奥深くで過ごすのだ。


妹がいたらこんな感じだったのかな。


無意識に頬がほころんでいた。頭の中で、覚えている絵本を思い出す。

《にほん》では、たくさん絵本を読み聞かせしてもらったものだ。


「そうだな。…昔の話にしよう。むかし、むかし、あるところに、天樹を植えてくらしている、おじいさんがいました」

「しじゅう領のひとみたい」

「そう、おじいさんは獅従領の民でした。ある日、天樹の苗を取りに行くと、藪のなかに小さな赤ん坊が泣いているのを見つけました。おじいさんは赤ん坊を抱いて家に帰り、おばあさんと相談して、その女の子をカグヤと名付けて育てることにしました」


こく、とメアがうなずく。どうやら話に興味が湧いてきたようだ。


「おじいさんとおばあさんに大切に育てられ、カグヤはすくすく大きくなり、たいへん美しい娘になりました。評判を聞いて、たくさんの貴族が、自分の那夏(ナーシャ)になってほしいと言い寄りますが、カグヤは困ってしまいます。カグヤは、誰の那夏(ナーシャ)にもなりたくなかったのです」


頭の中で、《かぐや姫》の筋書きを思い出しながら、セイは静かに続ける。


「困ったカグヤは、『では、わたしの望み物を持ってきたら、その方の那夏(ナーシャ)になりましょう』といって、獅子の髭をもってくるよう頼みました。若者たちは勇んで旅に出て、探しにゆきました。けれど、どの若者も、手に入れたものは偽物ばかり。獅子の髭を用意することはできませんでした。その噂を聞いて、王はカグヤを訪ねるため天山から降りてこられました。そして、美しいカグヤを見たとたん、王は、ぜひご自分の妓にほしいとお望みになりました」


「おじいさんおばあさんは大喜びしますが、カグヤは月を眺めては涙をながします。そして、とうとう打ちあけました。

『実はわたしは月の異界からやって来て、天渡月には月へ帰らねばなりません』」


まぁっと非難するような声を立てて、ウヴァが慌てたように口を袖で隠す。

気づかぬうちに、雲官たちが寄って来ていて、熱心に耳を傾けていた。

セイは少し照れくさくなりながら続ける。


「おじいさんとおばあさんはなげきました。王はカグヤを引き止めるために、大勢の武官を天山から送り、カグヤの眠る花楼を守りました。けれど、暗月が明けて、天渡月が高く昇ると、武官たちは皆とつぜん眠ってしまいました」


「カグヤはその間に月から迎えにきた獅子にのって、月に帰ってしまいました。おじいさんも、おばあさんも、王も、たいへんたいへん悲しんだということです」


物語が終わると、ほうっと皆が息をついた気配があった。


「ねぇ、にいさま。てんと月には、獅子のくにがあるのよ」

「よく知っているね」

「うんかんが言っていたの。カグヤはひとのくせにどうして獅子のくにに生まれたのかしら」

「…もしかしたらカグヤは獅子が人に化けていたのかもしれないね」


ふぅん、と鼻がかった声でメアがうなずく。幼いながら、想像をたくましくさせているのだろう。黙っているかと思ったら、ぱっと顔を上げてあたりを見渡した。


「たいへんだわ!今日であん月が明けてしまうのよ!」


大丈夫、大丈夫となだめながら、セイはその柔らかな髪を撫でてやった。


《にほん》と同じように、この世界でも獅子は敬われているけれど実体はない。

太陽はないけれど、昼と夜に月が昇り、月の満ち欠けはないけれど、暦とともに月の名前は変わる。


まるで《かぐや姫》が迷い込んだように、似て非なる世界に迷い込んでしまった。

いつか、帰らなければならなくなるような、そんな気がしてならない。


メア王女を寝かしつけるウヴァを尻目に、セイはもう一度下界の灯を眺めた。

懐かしくも幻想的な炉の光。

あの灯が大道をつくるのだと、前にカナタから教わった。


大道が走り、天と地をつなぐ門が開くと、暗月は明けて、下界の灯は消える。

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