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千年王  作者: 奥山まゆこ
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S6 天山の官


やっと、外の世界が見えてきた気がする。


学師が増えるにつれて、政宮の様子がおぼろげながら伝わってくるようになった。

政宮は、上から順に、雲上殿、雲中殿、門殿の3つに分かれている。


まず、雲上殿。そこで働いているのは、高級官僚である雲上官だ。政策を立案したり、行政のルールを考えるのが仕事で、さらに昇渡が許されると王に奏上もできる。離宮にやって来る学師は、皆、雲上官から選ばれている。


雲中殿と門殿は雲下官の領域で、行政や警備の実務を担っている。天山はそれ自体が大きな町のようになっていて、町役場のような役割もしているそうだ。彼らは許可なく雲上に立ち入ることができない。


官職や品、家格によって出入りできる場所は細かく決まって、雲上官なら誰でも正殿への昇渡ができるというわけではないし、同じ雲下官でも雲中殿と門殿とでは断然雲中殿の方が偉いらしい。その違いはイマイチ理解できないけれど。


官職は、雲上百官、雲下百官のあわせて二百。それぞれ定員も決まっていて、宰相や獅従のように一人職もあれば、長の者から見習いまで含めて百人近い大所帯もあるのだという。


離宮にいると実感しづらいけれど、天山には、広大な官僚の世界が広がっているのだ。

官職によって考え方や人柄も違う。派閥争いもあってあんまり仲は良くないらしい。学師同士ですら互いの官職や品を引き合いに優劣を張り合っているし、侮蔑を通り越して、自分の職務以外には目もくれない学師もざらにいる。


学事のために顔を出したアッサンに裁の歪みが起きている話をしてみると、案の定、初耳だとばかりに新鮮な反応が返ってきた。


「うむむ、西領で裁の取り直しが増えていると。カンヤム裁官がそのような意見をお持ちだとは存じませんでした」


ひとしきり頷くと、アッサンは難しい顔になった。

「実は、私の元にも、最近、西領に利するばかりの上奏が増えているのです」

「上奏文の起草ということ、草官ですか」

「えぇ。官の配置替えや昇進願いといったものが多くなっておりまして」


コネ人事ってやつだな。日本の会社でもありそうな話だ。

アッサンも「それだけなら珍しい話ではなかったのですが」と口を濁した。


「スプーク宰相は、王が西の妓を召してからというもの、ますます権勢を大きくしています。草官だけでなく尚官までも西寄りとなれば、見過ごすわけにはいきません。少しはわきまえていただかなくては。王に見えぬところで己の意を汲ませようと企むなど、まったく天命に恥じるべき振る舞いです」


「さっそく主だった官にあたって調べさせましょう」と語気を強めてから、アッサンは深く首を垂れた。


ここでも西の妓か。

セイは礼を返しながら、小骨が喉にひっかかったようにそのことが気になった。



「官職の気風は領に似るんだよ。仲が悪いのはそのせいじゃないかな」


学事を終えて、蒼雲閣でくつろいだ姿になり、ウージは天山の官をそう評した。

雲上官になるつもりで学んできたウージは、官の事情にも明るい。

もっとお互い交流すればいいのにと呟くと、あり得ないとばかりに思いきり手を振られた。


「雲門舎にいたときだって、領が違うと俄然激しく競い合う。登試に合格したら、皆官職につくけれど、家領や家格でおおよそ登用先は決まってる。それで官職同士で勢力を競い合うのさ」

「えっ、最初から決まってるってこと?」

「うん、それに昇進を重ねた後も、家格に見合った官位が与えられるからね。末系では高くて雲上六品、王の計らいがあっても三品より上は望めないという話だし」


三下は天山にいても三下、と侮蔑される所以である。

雲門舎でのウージの競争相手は、当たり前のように三式以上の他領の子だった。


「うわぁ、それは不公平な話だね」

「?そうかな」

身分の高いウージには、ピンと来ないらしい。

その様子に、階級社会というのはこういうものかと思い知らされてしまう。

自由とか、平等とかいう考え方は、この世界にはないのだ。


「西方貴族はどの官職につくことが多いの?」

「西の者は政事好きだから、草官や尚官、あとは領の政事を見張る令官にも多く登用されているよ」

続きを促すような目に、ウージは心得て唇を湿らせた。

「東方貴族は地官や河官といった実学に優れた官を輩出しているし、南方貴族は商学に明るいから、天官や通官を目指すことが多いね」

まだ会ったことのない官職がたくさん出てきた。

さすがに雲上百官というだけあるな。


「獅従領と北領は?」

「うーん、獅従領は特別でね、あまり官職が偏っていないんだ。他の四方領と違って、領としての考えも持たないし。あえて言えば、今生帝のお傍近くでお仕えする侍官や学官には欠かせないんじゃないかな。北領は、……どうだろう。以前は衣官や式官に多かったそうだけど、今は雲上殿へ出入りが許されていないから」

「え、えっ?一人もいないの?」


ウージは言いづらそうな顔になった。

「僕もよく知らないんだけどね、北方貴族は先王の下で専横の限りを尽くして繁栄したのだけれど、今生帝に対して三度も大逆の罪を犯して、雲上殿から次々に追放されたというから」

思いもよらぬ政情に、セイは驚いたものの、なるほどと思う部分もあった。

これまで会った学師に、北領の者はいなかった。

あれほど噂好きのグレッツも北領の官の話をしたことがない。


大逆の罪を犯したって、どういうことだろう。

もう少し突っ込んで聞きたいけど……。


話し込んでいるうちに、ずいぶん経っていたらしい。

「また難しいお話をされておいでですね。お菓子をお持ちしましたよ」


ぷうん、と香ばしい匂いがして、部屋にカナタと雲官が入ってくる。バターを焦がしたような匂いで、今日の菓子はハーツだと知れた。

「わっ、美味しそう!」

珍しくウージが声をあげてはしゃいでいる。


「さぁ、召し上がれ。たっぷり用意しておりますよ」

大皿に盛られたマカロンのような形をしたハーツは、しっとりとした食感に濃密な旨味があって、ひとつ摘まむとついつい手が出てしまう。カナタもそれを分かっていて、ハーツに香草を混ぜたり、クラを蕩かして詰めたりと、変わりダネを仕込んでくれるから余計に止まらない。

夢中で食べている二人に、雲官たちも微笑ましげな目を向けながら、頃合いを見て花茶を入れ替えた。


「お楽しみいただけてようございました。実は、東妃様から今度の園遊会にはぜひハーツをと仰せつかり、菓子番の者が腕を競っておりまして」


含み笑いでカナタは打ち明ける。


「園遊会?もう、東季は過ぎてしまうよ」

「えぇ、少し気が早いですが月転の天鎮祭に合わせて宴を催すことになりました。雑事を忘れて賑やかに座を囲めば、東妃様のご気分も晴れましょう」


いい考えかもしれない。

西の妓のことがあって以来、母は元気をなくしたままだ。どうせなら、煩くならない程度に華やかにした方がいい。

思いを巡らして、ぽんとセイは膝を打った。


「じゃあ、園遊会で楽を奏でたらどうかな?楽士を呼んでもいいし、楽をたしなむ者がいれば雲官や番にお願いしてもいいじゃないか。あっ、そうか、ウージは風琴が得意だっけ!」

「えっ?わ、私ですか?」


突然話を振られて、ウージは狼狽えたように顔を上げた。


「あぁ、それはいいお考えですね。東妃様もきっとお喜びになると思います。前にしみじみ仰っておられました。楽のなかでも風琴の音色にはことのほか心近いものをお感じになると……」


カナタの周りで雲官も口々に賛意を示す。

顔をそっと背けて、ウージは心音が跳ねるのを感じまいと堪えた。

あの方も、風琴の音色がお好きなのだ。

我慢しようとしても、とろけそうに甘い気持ちは蜜のように溢れ出して、頭のてっぺんから足先まで染み込んでいく。

膝に押し付けられた手のひらの感触がまざまざとよみがえり、頭に思い浮かぶのはたおやかな温もりと、細い息づかいと、憂いを含んだ微笑みと。


あぁ、どうしよう。こんなことを思うなんて、どうかしている。

遠い、決して手の届かない人への思慕とも憧れともつかない想いに、ウージの心は千々に乱れていくのだった。

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