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千年王  作者: 奥山まゆこ
41/50

R3 嘘

この物語には、多々差別的な習俗がありますが、現実社会の倫理観とは峻別ください。

作者は、全て人は公平平等な存在であると考えています。

近々、末の息子が天山にお訪ねするかもしれません。

そのときはどうぞよろしくお迎えください、とネリーの文には書かれてあった。


「おい、どういうことだよ」

「……うん」

あれきりソンはすっかり調子が狂ってしまったように元気がない。尋ねても生返事しかなくて、そのまま天樹儀も過ぎて散月となった。

自分から言い出すまでは待ちなさいとメイソンに言われてからは、ラティも気づかぬふりをするようになった。


「このところ西領の官が続きますね」

「うーむ、昨日はスプーク宰相で、今日はミール衣官とエイス尚官長とは。あぁ、頭が痛い」


客舎で出迎えの準備をしながらメイソン兄弟がぼやき合っている。

ラティとソンも今日は早々に着替えて、真面目くさった顔を並べている。権勢を持つ西領の官の機嫌を損ねることはできないと、フォートが襟首を掴む勢いで行動を見張っているからだ。


「あー、もう来なくていい、来なくていい」

「王子っ」

学師が来る前からすっかりラティはやさぐれていた。

いつもなら一緒になって文句を言ってくれるソンもあまり口を開かない。何か心配事があって悩んでいるのは分かるが、ラティにはどうすることもできない。

もやもやするのを堪えながら、口を突き出して学師を待つしかないのだった。


「王子におかれましてはご健勝で何よりでございます。あぁ、こうして近くで拝見するとますますお美しい。お会いできて嬉しゅうございます」


やってきた衣官がわざとらしく声を震わせながら膝礼をする。ラティは軽く立礼をして、じろじろと浴びせられる視線に笑いかけた。


「そんなに美しいか」

「はい、清らかなお心を映すような御姿だと存じます。ただ、少しばかり、そうですね、その衣ではお顔映りが悪うございます。もっとよい衣物をお取り寄せになってはいかがでしょう。僭越ながら、私に進物をさせていただければ……」

「ふん、俺が美しいのは単に家主に似たからだ。進物はいらん」


鮮烈な言い振りに、ミールはうっと詰まって、それからなぜかうっとりした顔になった。


「あぁ、王子はお声までもが麗しい。その上、その真っ直ぐなお心もすばらしい。私など足元にも及びませぬ」


延々と繰り返される美辞麗句を浴びながら、ラティは始めから終わりまで完璧な作り笑いを崩さなかった。相づちを適当に打ち、遮ってしまいたいのを我慢して頷き、相手の気がすむまでしゃべらせ続ける。


「うーっくそっ!」


三刻たってミールが去ると、ラティは唸り声をあげて席を立ち、乱暴に張子を払って細廊へ出て行ってしまった。よほど鬱屈したのだろう。その日はフォートが何と言ってもがんとして雲台から降りてこず、やむなく後の学師には仮病を使うことになったのだった。


「なぁ、ラティ」

「なんだよ」


そろそろと近づいて、ソンは雲台に腰を下ろす。


「な、そろそろ降りないと夕餉になるぜ?」

「ふん、あの野郎好き放題言いやがって」

「ラティ?」

「あんなの、全部嘘じゃねぇか」

「そうかもしれないけどさ。あんまり怒るなよ。俺も、……俺だって、嘘をついたことがある」


慰めるつもりだったのに、ふいと口について出て、ソンは目を落とした。


「………なんだ、お前も嘘つきかよ」


口ぶりとは裏腹に、こちらに向いたときには怒気はもう消えていた。代わりに、和らいだ目が少しだけ笑う。両耳を飾る彗珠の粒が、瞳と合わせるようにきらきらと輝いて揺れるのが見えた。ラティに気遣われているのは、気づいていた。ウルルやメイソンにフォート、雲官にだって心配をかけている。遠回しにそっと背中を押された気がして、ソンはようやく決心した。


「あのさ、前に弟がひとりいるって、言っただろ?」

「あぁ、ネムっていう名前の」

「俺と、生みの母親が同じなんだけど、俺…その弟に、ずっと嘘をついてたんだ」

「嘘?」

「うん……天山で従士になるのが分かったら淋しがると思って、俺は雲門舎に入るんだって、言っちまった。それで、天渡月に黙って家を出てきた。どうせ、俺みたいな奴に従士が務まるわけないと思ったし、雲門舎なら退舎まで家に帰らなくたって不思議じゃないだろ?ばれないと思って、……そしたら、弟が、俺のことを探して家出したって。っ、どうしようラティ、ネムは、目が、目が見えないのに……っ」

「おっ、おい、ソン……!」


くしゃくしゃになった顔を覆って、ソンがいきなり泣き始める。

ラティは驚いて手を伸ばすと、何と返せばいいか分からないまま、ただその背中をさすった。


家出、目が見えない、弟……

【末の息子が天山にお訪ねするかもしれません】


ネリーの文は生々しい重みを伴って、しゃがむ二人にのしかかってきたのだった。


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