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千年王  作者: 奥山まゆこ
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R2 天樹儀


「王子ー!王子!まったくどこに隠れていらっしゃるのです?」

「学博様、こちらにはいらっしゃっていないようです」


フォートは首を傾げながら何か心当たりはないかと尋ねるが、彗天房にいた雲官たちも戸惑った顔になった。


「困りましたね、雲台にもいらっしゃらない。まったくあの二人ときたら、隠れて遊ぶことばかり長けていて」

「もしかしたら天泉の様子を見に行かれたのではないでしょうか?その、チダが卵から孵るのを大変楽しみになさっておられましたので」


一人が遠慮がちに申し出ると、他の雲官も頷いた。

「あぁ、なるほど!もうそんな時期でしたね。ありがとうございます、サハラさん」

会釈を返すとフォートは身をひるがえした。後ろでは、顔をほんのり染めた雲官たちがこそこそと騒ぎ出す。兄よりも優しげな風貌をしたフォートは雲官の間では憧れの青年なのだ。


……残念なことにラティに対するときは、性格が豹変してしまうが。



「あーっ、あった!あった!これが卵だろ?」

「わぁっ!たくさんあるなぁ!」


前庭では甲高い歓声があがっていた。二人して小橋に沓を脱ぎっぱなしにして、泉の淵に裸足でしゃがみ込んでいる。東季入りしてまだ間もないが、地面の冷たさも苦にならない年頃らしい。まだ犀は残るが、枯れ草に混じって若葉が芽吹きはじめ、冴えた萌黄が新しい季を感じさせた。

フォートは楽しげな声に安堵しながらその様子を眺めたが、すぐに眉間にしわを寄せると果階を下りてきて脱ぎ散らかされた沓をつまみ上げた。


「王子!!とっくに学事の刻限を過ぎておりますぞ!ウルル式官がお待ちです!」


式官が通されているのは、果門に近い暗舎である。

わぁわぁ不平を言うのを押しやって入ると、上座についた実直そうな顔には何とも言えない表情が浮かんでいた。騒ぎが聞こえていたらしい。初回の学事で寝り惚けて以来、この式官には情けないところばかり見られているラティである。


「いよいよ天樹儀が迫っておりますので、今日はそのお話をいたします。天樹儀というのは、天樹の植え始めの儀のことで、夢月の半ばに行われます。天山のふもとの獅従領では、天樹儀を過ぎると種まきを始めて、天樹の苗を育てるのですよ」

「うん」


ウルルはなるべく平易な言葉で天樹儀のことを話しはじめる。しかし当のラティはあくびをしかけては後ろからフォートに抓られ、項垂れかけれては頭を小突かれるありさまだ。ウルルはそれを見て見ぬふりをしながら、このやる気のない王子にどうにか興味を持たせようと必死になって話し続けた。


「天樹は民の守り木とも言います。戸を構えるときに、天山の方角に苗を植えて、家人の安寧を祈るのです。天樹を切り倒すと恐ろしい禍がやって来て、家人が途絶えてしまうのですよ。そのため戸に住まう者は、家主が死ぬか戸を捨てるときまで、天樹を大切に育てます」

「ふぅーん……」

「王子!ちゃんとお聞きなさい!」

「さ、お菓子ですよ。天樹のお話ですから、今日は蓉果にいたしました」


途中で見かねたらしい侍従が菓子を持ってやってきた。小皿に盛られた干した蓉果をかじり、ラティは頬を丸く膨らませて美味しそうに目を細める。前庭に生い茂る果宮の天樹は、花は咲かないが北季になると実をつける。どうぞ、と差し出されてウルルもひとつ取った。固いが、噛むとじゅわりと甘い果肉がはみ出す。


「俺が離宮を出たら、ここの天樹も枯れちまうんだろ?」

口をもごもごして吞み込むと、ラティは「こんなに美味いのになぁ」と惜しむように呟いた。


「そうやって枯れるから植えるんだろ。天渡月になると獅従領では苗ばかりを売る市が立つんだ。すごい賑わいなんだぜ。新しく家主になった女たちが、五領じゅうからこぞって買いに来るんだ!天山詣の帰りに立ち寄っていく客も混ざるから、どの路地も人でいっぱいになっちまう」


顔を突き出したソンが、自領で行われる天樹市の光景をいきいきと語り出すと、ラティはすっかりそれに惹き込まれた。話は市で売られる苗木のことから所狭しと並ぶ露店の話になり、そこで売られる珍しい菓子や踊りの面の話になった。


「ごほっ、うぉっほん、えぇー、ソン様も王子もそろそろ学事にお戻りなさいますよう」

わざとらしい咳をしながらフォートは身を屈める。失礼、と前置きするなりしゃべりやまない従士と惚けているラティの耳を代わる代わるきゅうと引っ張った。


「いでで」「ってーな!」

「どうぞ続きを」


にっこり笑顔で促され、ウルルは強張りかけた頬にそれらしい愛想を浮かべた。教える側にとっても、ラティの学事の道はなかなかに険しい。これから列席する祭礼は増える一方だというのに、どうしたらいいのか。

ただ、ソンの小話のおかげで、今日は寝顔を見ずにすんだようだ。まずは助かったと思いながら、帰りがけにウルルは懐から預かっていた二通の文を取り出した。


「実はネリー様から文をお預かりしてきました。私が学師として離宮を訪れていることをお伝えしたところ、お言付けいただいた次第でして」

「……ばば様が?」


嫌な予感がする、と言いたげにぶるっと震えてみせるソンの前で、まず一通目がラティに差し出される。


「俺にか?」

「はい。この間、ご挨拶ができていなかったので、と」


怪訝な顔で封を眺めてラティは裏を返す。蝋をたっぷりつけた領印で封緘がしてあった。


「それからこちらをソン従士に。文を送っても読まないだろうからこうして託けるとおっしゃっていましたが、すぐに読むようにとのことです」

よほど主格の家主はこの従士のことが不安だったのだろうとウルルは察した。

しぶしぶ手にとって、投げ出したそうな顔をしてびりびりと封を破る。しばらくうつむいて文を読んでいたソンだが、途中で急に血相を変えた。


「何だって?!いつ、これを……!」



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