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千年王  作者: 奥山まゆこ
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S2 西の妓


「それでは今生帝が新たに妓を迎えられるというのは本当なのですね」

「東季のうちに波離宮の改築を終えるそうですから、おそらく南季にはもう……」


珍しく言葉を濁す伯父に、母はまだ信じられないという顔でいた。それでも、王が裁可したのであれば従うほかない。


「無事に御子がお育ちになって、また外に気が向かれたのでしょう。今、天山には五十余もの外離宮がありますが、妓がいらっしゃるのはそのうち六宮だけ。先王に比べればはるかに少ない数です。妓が一人増えたところでどうということもありますまい」

「そう……そうなのですね」


不安そうにうつむく姿にザハトは取りなし顔だが、反応は鈍い。

王は一夫多妻だ。四人の妃を同時に迎えてヨーイドンで子作りに励むだけでなく、好きなだけ外妻の妓を囲っていいということになっている。

やり取りを聞いていたセイも遠い目になる。目の前でザハトは、父が多情な王ではないから大丈夫と言葉を変えて繰り返しているけど、十人の奥さんがいる男は日本じゃ立派な浮気者だ。


「それで、妓になられるのはいったいどのような……?」

「アンブレの末系、第九格の者のようで。この話は、私もいいとは思っておらぬのです。今帝帝が本心でお望みならばともかく、西領の佞官に勧められたという理由では……」


言葉を濁しながらゆるく首を振ると、ザハトは対面に座ったセイに目を移した。その脇には上背のあるウージがきちんと身を正して控えている。


「ともかく、今できることは、今生帝の御心を信じ、王子を立派にお育てすることだけです。聞くところによれば、近々学師を招聘なされるとか。官の間で話題になっておりますよ」

「あ、はいっ。歴を学ぶため、ヤン歴官をお招きします。あとは、フォルカ先生に選んでいただいた治官と裁官も招きたいと思っております。あの、その……、謝礼が賄えるようでしたらと」


勢い込んだ後に言いあぐねてしまい、ちらっと部屋の隅にいるカナタを伺った。

学師は普通、官のほうで人選して離宮にやってくる。離宮から指名して招聘することもできるが、その場合は官務にならないから余計に礼金を弾まねばならない。


「王子、大丈夫ですよ。幸い、今年は離宮費も据え置きになりましたからね」

「まぁ、いやだわ。そんなことを気にしていたの?」


物思いに沈んでいた母がやっと明るい声になる。重苦しい空気が凪いで、ザハトもほっとしたらしい。


「離宮費ばかりを切り詰めるやり方も見直させねばなりませんな。天官にも王子の言葉を聞かせてやりたいものです」


と、重そうに腰を上げて花宮を辞していった。正殿と離宮を守る獅従の立場も大変なようだ。


---


「ハルト王も、半人前の頃はたくさんの官を招聘されたそうだよ」

「そうかぁ。どうしてだろう?アッサン始相も熱心に勧めてくれたけど」

「うーん、官が選んで寄越す学師には、よこしまな者が混じってしまう、ってことじゃないかな。媚を売って出世したい輩や、ただ近くに侍りたいだけの無能者が寄ってきてしまうから」


花茶を注ぎあいながら、同じ木皿にのせたリカをつまむ。

ウージとも、少しずつ打ち解けた会話ができるようになっていた。最初は敬語をやめさせるのにも苦労した。自分が思っていた以上に、王子に仕えることはウージにとって大役だったらしい。緊張をほぐし、果舎での生活に慣れさせ、凝り固まったよそ行きの挨拶を取っ払うまでひと月はかかった。

さて、話せるようになってみればウージはたいそう物知りで、十一、二歳だというのに高校生の自分より大人びていて、ゆったりした性格をしている。傍にいると不思議と心が落ち着いた。

好きな場所も文所と蒼雲閣で、それも気が合う。暇さえあれば文所にいて雲官も遠ざけ、二人でこうして過ごすようになっていた。


「なるほどね。僕もなるべく招聘するようにしようかな」

「ハルト王はそうやって招聘した学師のなかから優秀な官を見つけて、即位後に政事を任せたんだ。学師というのは、その人に政事を任せるべきか、考えながら選んでいくものなのかもしれないな」


考え深そうにウージがゆっくりとしゃべる。

菓子を食べながら、そういえばアッサンも似たようなことを言っていたなぁと思い返す。学師を選ぶことは、とりわけ王になる者にとっては政事に直結することなのだろう。

受け入れてばかりじゃ、ダメってことか……。


「時々フォルカ先生がおっしゃるんだけど……ハルト王に比べると、今生帝は官の言い分を聞きすぎているって。さっきの妓を迎える話も、そういうことなのかな」

「確かに歴代の王のなかでも、ハルト王は傑出していたと言われてるよ。在位期間も長いだろう?四十三年の長きにわたって天壇におわしたんだ。王の天寿は、禍が少ないほど長いというから、それだけ善政が行われていたんだと思うよ」


言いながら、ウージは思い出したようにくすくすと笑う。

「でもね、妓の数もすごかったんだ。四十六人も妓を迎えたんだよ。おまけに妃替えをしたから六人の妃がいた。だから、今生帝が妓のことで官の意見を聞き入れたとしても、それは気にするようなことじゃないと思うな」


目を丸くしているセイに、紫色の瞳がいたずらっぽく片目をつぶってみせた。

さっきザハトが母を慰めていたのは、そういうことだったのか。

なるほど、十人の奥さんじゃ多情のうちに入らないわけだ。

くすくす笑いながら、ウージはどことなく色気のある顔を傾けてなおも言った。


「だってそうだろう?長い在位の間、王は歳をとらないけれど、周りは歳をとっていく。次々に若い妓を求めたくなるのは、当たり前のことなんだと思うよ」


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