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千年王  作者: 奥山まゆこ
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R15 式官


「よく仕える官といつも人の悪口ばかり言う官がおりました。王子ならどちらを用いますか?」

「悪口言わないで勤める方だろ」

「では、よく仕える官の言うことを、王子はよく聞かなければなりませんね」


こういう王の心得は模範の解が決まっている。今日はわりに簡単な問いかけだった。

ダルシャンは得意そうに小鼻を膨らませるラティに少し目尻を下げると、傍聴していた年若い家人にも目を向けた。


「ソン君。悪口を言う者を遠ざける王に向かって、諫言ができると思いますか」

「……うーん」


ソンが難しい顔で唸ってしまい、ダルシャンは続けてその隣に目を向けた。


「フォート学博。君が私服を肥やしたい雲上官であったら、この王のことをどう思うでしょう」


少し考えるそぶりを見せて、「御し易いと思うかもしれません」と返答がある。


「その心は?」

「真面目に働く姿だけ見せていれば信を得られ、言を聞いていただけますから」


しれっと言った学博に、ラティが悔しがったのは言うまでもない。


「ダルシャン!今日のは引っ掛けだな!」

「これっ学官長に何という口の利き方ですか。それに学官長が問われているのは王の心構えのお話ですよ。考えなしに答えてどうします」

「くそー、あぁ、むしゃくしゃする!」


わしわし頭を掻いているラティに、ダルシャンはふっふと笑っている。

ダルシャンの学事ではラティと家人を巻き込んだ問答が交わされ、しかもはっきりした解が示されないのが常だった。おかげで王の心得とは何か、未だにさっぱり分からないラティだった。


ダルシャンと入れ替わりで、休む間もなく次の学師がやってくる。

一年の仕事に目処がつきはじめたのか、この頃急に訪れる学師が増えた。今まで見なかった官職の者もいて、ラティは次々に新顔を覚えなければならない。


「次はウルル式官が来られておりますよ。はい、家領と家格と品は?」

「あー獅従領、ディンブラ家の、えーっと、主格かな」

「ウルルなんて奴は俺んちにいねーよ」


ラティの当てずっぽうな答えに、側にいたソンがあっさりと否定する。フォートはがくっと頭を下げた。


「あれだけ苦労して覚えさせたのに、もうお忘れに……っ!」

「仕方ねぇだろ、今さら覚えてられるかよ」

「ディンブラ家は第一式(ラ格)、雲上十三品です!!もう早く行きなさいっ!」


小声で叫ぶように言うと、フォートは二人を急き立てた。幻舎では既にメイソンが学師をもてなして待っている。学師が立て続けに来るために、北の離宮では暗舎、天渡舎、幻舎という賓客用の三つの客舎を全て整えて、それぞれに学師を迎えているのだ。


「私、式官のウルルと申します。今日は、再来月の獅従儀のことをお話しさせていただきたく参りました」


式官を名乗った青年は几帳面そうな痩身で、雲上官としては駆け出しに見えた。年の頃はクレハやメイソンよりも下、ちょうどフォートと同じくらいだろうか。黒い髪に群青の目をしている。


「ソン従士もどうぞお見知りおきください。ネリー様からも丁寧な文を頂戴いたしました」

「げっ、ばば様が」


ソンの顔が不味いものでも食べたように歪む。ウルルはちょっと訝しげに小首を傾げたが、取り立てて構うことはせずに用件を切り出した。


「このたび獅従儀を受けられるのは第二王子ですが、式が始まる前に、儀に列席する雲上官が第一王子の貴方様に拝謁し、言祝ぎをさせていただくことになります」

「……あぁ、分かった」

「年が明けて幻月になりますと、王子も月に一度、朝議にご列席されるようになり、雲上官と面識を交わす機会が増えまする。その前挨拶を兼ねているとお心得くださいませ」

「……うん」


だんだん尻すぼみになる相槌をよそに、そつのない口調でウルルが細微にわたる挨拶の手順を説明しはじめる。メイソンが端に控えて懸命に書き記しているが、ラティは次第に眠気に襲われはじめた。幸い今は小うるさいフォートもいない。耳半分で聞きながら、またあの退屈な儀に出るのかと想像しているうちに、体中から力が抜けていった。


「…それから、無事に儀を見届けましたら、後日吉日を選んで第二王子が挨拶に来られます。その際は客舎でお迎えいただくようにしてください。しきたりでは、……あの、王子……、王子?」

「寝てるって」


背筋だけはしゃんと伸ばし、ラティは俯き加減ですうすうと寝息を立てている。

目を点にしてウルルの顔が固まった。


「もっ、申し訳ございません!後でよく言って聞かせますので……!」

「…、……」


ウルルは口を開きかけたまま言葉を探した。

真っ直ぐ生え揃った長い睫毛を伏せてラティは安らかな寝顔をさらけている。気持ちよさげに眠り呆けている邪気のない顔をまじまじと眺め、ウルルは動揺し、迷い、心の声に耳を塞いた。

そして引きつり気味の顔になると、縮こまった侍従と半笑いを浮かべる従士を相手に、そのまま学事を続けたのだった。


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