S2 貴賓
「獅従儀?兄様の?」
立礼もそこそこに始まった会話に、セイは目を瞬かせる。
母様の住まう花宮の茶会に招かれて来てみれば、あまり見ない貴賓が訪れていた。
自慢ではないが、母様の生家であるキーマン家は家格こそ主格だが、中身はただの貧乏貴族である。天山の高級官僚である雲上官の来訪など滅多にない。
「そうですわ。第一子であらせられる北の王子は御年七歳。来月の天渡月で獅従儀が行われます。離宮一同が会する初めての場になりましょう」
セイの問いに答えたのは東妃でなく、南の離宮の家主だった。
「南妃様、これは失礼いたしました」
向き直って軽く詫びると、妖艶な会釈が返される。
南妃であるイグナ=ルギャンは、何度か見知った顔である。
「わたくしは天山での傍系のようなもの。畏まらずともよいですよ」
小首をかしげたような姿は、何とも艶っぽくて、南方貴族の主格らしい気品にあふれている。同じ主格の妃と言えども、あちらは蓉花こちらは名のない草花のようなものだ。これでよく母様と話が合うなと思うのだが、大人しい母様と華やかな雰囲気の南妃の仲は良好だった。
「それでね、南妃様が獅従儀のときに纏う衣を揃えようと言ってくださったのよ。ほら、こうしてザハト獅従も来ていただいて、相談に乗っていただこうと思って。こちらはグレッツ衣官よ。ご挨拶して」
相変わらず母様は構わないお方だ。話の順番が逆じゃないか。
重いシデルを腰から引き上げて立ち上がると、セイはゆっくりと膝礼の姿勢をとる。自分より品が高い官に対しては、立礼でなくて膝礼をするのが礼儀である。衣官に対しては立礼。互いに型通りに挨拶して、着座する。
「まぁ堅苦しい」
母様は苦笑するが、貴族は怖い生き物だ。礼を尽くしておいたほうが間違いない。
ザハト獅従は母様の兄御にあたる。だが、南方貴族のルギャンの前で馴れた挨拶を交わせば、何を言われるか分からない。南妃はもとより、グレッツ衣官はルギャンの末系なのだから。
「その御年で立派に挨拶がお出来になる。なんとよい御子でしょう」
「王子たるもの、これくらいは当然のこと」
褒めるグレッツに対し、ザハトはいかつい顔を苦々しくしかめた。黙っていると怒っているように見えるこの伯父は、実際にとても峻厳かつ真面目な人物で、母様ですら笑った顔を見たことがないそうだ。褒めらているのか叱られているのか分からないでいると、グレッツが苦笑した。
「できない王子もいますからねぇ」
「その王子の従士は誰になりましょう」
するっと会話に入っていった南妃の言葉で、セイはすぐに第一王子の兄のことだと察した。まだきちんと対面したことがない兄だが、たまにこうして会話に上がる。
「まだ言えませんな。従士がどこの家の者であろうとも、獅従儀を華美にするつもりはございません。北の離宮は北妃様亡き後、さしたる収入がありません。おそらくささやかな儀になるでしょう。儀を受けられる王子よりも贅をかけるのは止めていただきたい」
南妃に対しにべもなく言い放つと、ザハトは三白眼を伏せて茶器を手に取った。
「あら、先回りされてしまったわ。でも、お揃いなら構わないでしょう?」
「北の王子は貢物を受け取らないと聞きますが」
「そう?儀のための衣だと言って、お渡しいただいてよろしくてよ」
権高い物言いに、ザハトは訝しげになって顔を上げた。
「…南妃様からの貢物ではないと?」
「えぇ。衣官に持たせればいいのだわ。せっかくの獅従儀ですもの。北の離宮が貧だからといって、皆が貧相になることはないわ。民も雲上に暮らす王子の美しい姿を望んでいるはず」
「そうですわ。兄弟仲良く揃いのシスルを羽織れば、今生帝もきっと御喜びになります。とってもいい考えだと思いますわ」
手を打って横から口を出した母様に、ザハトは難しい顔で唸った。
セイにとって、獅従儀はまだ遠い儀だった。会ったこともない兄のために着る衣である。正直、何だって構わなかった。シデルだけでなく、もう一枚羽織るのは気が重いが。
自分はなぜ呼ばれたのだろうとのんきに考えているうちに話がまとまった。
ザハトが一足先に出て行って、さぁさぁと南妃にせかされて調所に向かう。
いつ持ち込んだのか、グレッツがごっそりと長上衣を広げはじめ、セイはゴクリと唾気を呑み込んだ。しまった、これから着せ替えごっこが始まるのか。
「さあ、王子にぴったりの衣を見繕いましょうね」
「あぁ、そ、そう……だね……」
イヤだ!誰でもいいから助けてくれ!カナタ!
涙目になったセイの心の悲鳴をよそに、南妃と衣狂いの衣官はそろって目の色を変えたのだった。