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千年王  作者: 奥山まゆこ
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S10 マスタラ粥

陽月になると、セイは毎日のように朝も夜も天樹の脇にこしらえた畑を見に行った。

畑を作った頃は反対をしていたカナタも、あまりにもセイが熱心なのに負けて、今では前庭の沓脱石に可愛らしい編み靴を置いておくようになった。


「マスタラ粥を食べたいですって??」


そんなカナタが今日も目をぱちくりさせる。


「あれは東季祭で食する平民の馳走、三式より上の貴族はクラチダ粥を食べるのがならわしです」

「知ってるよ。先月の園遊会で食べた粥だろう?あれも美味しかったけれど、僕はマスタラ粥を食べてみたいんだ」

「私はマスタラ粥など食べたことがございませんが…」


あまり美味しいという評判を聞かない、とカナタは言いづらそうに続けた。


「それはカナタがキーマン家の第二式(デ格)だからだよ。ウヴァに聞いたら馳走だと言うのだもの」


セイは子供らしく口を尖らせた。


「それにね、実はフォルカ先生に僕の作った菜物を食べてもらいたいんだ。ほら、先月の園遊会で畑のことを知られてしまったでしょう?」

「確かに……、そういうわけでしたら、仕方ありませんねぇ」


カナタはセイの言い分を聞いて首を傾げながらも頷いた。

はしゃいでいるセイに引き摺られるようにして畑でマス豆とタラ草を摘み取る。

どちらも発育が遅く、実も葉も小ぶりだったが、粥にするには柔らかくてちょうど良いだろう。

午後からやってくる学官に食べさせたいのか、そのまま膳房に行こうとねだるセイが、急に幼子に戻ったように見えた。


「王子はフォルカ学官を敬愛されておいでですね」

「あんなに博識な官は他にはいないもの。ねぇ、膳房を借りて僕が粥を作ってもいいでしょう?」「とんでもない!炉を使うのは危のうございますよ。作り方は膳番が存じておりますから、王子は水場で汗を流されませ」


カナタは膳房の戸前に立ってセイを通すまいとした。

畑に続いて膳まで作ると言い出すなどたまらない。

セイは少し残念そうな顔になってカナタを見上げると、懐から書付を取り出した。


「じゃあ、この通りに作ってよ。マスタラ粥が美味しくなる方法を考えたんだ」


-


《あっち》の母様は、料理を手伝ってほしいとよく言っていたのにな。

洗い物をして、とか、ちょっと玉ねぎ切ってみて、とか。

玉ねぎを切りながら泣いちゃって、メガネをかけたりして。

買い物を頼まれて、スーパーに行くこともあった。


こっちでは、料理も買い物も雲官や番の仕事だ。

畑だって、自分がいない間に、庭番や半子たちが世話をしてくれていたはずだ。


でも、誰もそれをあえて僕に告げようとしない。


見えないけれど侵してはいけない境界線のようなものがある。

王子の自分は、ただそれに甘えているだけ。

楽な生活だけど、本当はとても狭い場所にいるのだと思う。


「普通のマスタラ粥とは違いますね。クラの実が溶け込んでいるような甘い風味があります」


ひと匙目で隠し味を言い当てられて、セイはかなわないなと思いながら自分も匙ですくって口に含んだ。甘い《ミルク》に似た汁に、少し苦味のある香草のタラ草がよく合う。マス豆は柔らかく煮込んであって、噛むとほくりとした食感だ。


「美味しい……」


七草粥とはちょっと、いや、大分違う気がするけれど、苦くて食べづらいマスタラ粥に、クラの実を入れる工夫は大成功である。


「この粥は王子が考えられたものですか?」

「あっ、はい。タラ草もマス豆も高所などの厳しい気候に強く、滋養によい菜物です。でも、三式より上の貴族がクラチダ粥を好むので、どうしてかなと思いまして。クラの実は煮炊きするのに合っているようです」

「ふむ。貴族がクラチダ粥を食するのは、チダを食したいというのも理由でしょう。民にとってチダは南季に食する海物。貴族にとっては、チダは東季のうちに季の走りを高値で仕入れるものなのです」


実に、フォルカの知の泉は尽きることを知らない。

セイがどんなに突拍子もないことを聞いても、答えに詰まったことがない。

まるで雲海としゃべっているようで、驚嘆すらこみ上げる。


「『どうして王子』などと、からかわれておられると聞きますが…」


匙を置いて、急に表情も変えずに言い出したフォルカに、セイは恥ずかしくなって顔を赤らめた。そんなことまで知られてしまっているのか。

もしかしたらカナタが教えたのだろうか。口止めをしておけばよかった。


「あの、申し訳ありません、先生……。雲官たちにそう言われております」


身を縮めるセイに、フォルカは首を振った。


「いいえ、謝ることではありません。私は喜んでいるのです」


意外なことを言われて、セイは目をしばたいた。


「……王子は覚えておいでですか?私が、今生帝のことをハルト王やロン賢王と比べれば善政ではないと言ったことを」


文卓を挟んで向き合いながら、「忘れたことはありません」とフォルカの青い目をじっと見つめ返した。

今思えば、あの言葉がきっかけになって文所に通うようになったのだ。


「悪政でなく、善政でもない……。それは、今生帝がご自分を殺しておいでになるからです。外戚の西方貴族をはじめとする四方族と三式四方の顔色を伺い、天山に君臨しておられながらご自分を示すことを恐れていなさる」


フォルカの声は落ち着いていて、セイは深い意味がわからないながらもその言葉を受け止める。

確信を持って紡ぎ出される言葉は、まるで啓示のように響いた。

低い声が、胸の奥を深くえぐり、炉を立てているような。


「王子、疑問をお持ちなされ。この粥のように工夫を重ね、ご自身というものを、お持ちなされ。さすれば傀儡となることなく、天山を統べる器を持てましょう」


美味しいマスタラ粥でした、と言い残してフォルカは果宮の陽舎を辞していった。


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