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千年王  作者: 奥山まゆこ
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R8 筆談


『食費と衣代を削るのはやめろ。食うにも着るにも困る王子に仕える身にもなれ』


ガリガリと芯筆を強くあてて、ラティはソンが殴り書いた朱書きを二重線で消した。

それからむっとしたように押し黙って、食費をもとの金額に上書きして、衣は少しばかり切り詰めた金額に直す。

それから、枠外に今年変える衣を書き出した。

背が伸び始めれば、衣を頻繁に変えなければならなくなる。

それを季ごとに行えば、あっという間に衣代が消えた。

芯筆を揺らしながらしばらく迷って、もう一度金額を少しだけ上乗せした。


隣に座って、ソンは顎に手をついてその様子を眺める。

夢月を過ぎて、ラティとソンの関係は少しづつ変わっていた。


『これは取り崩さねえの?』


ソンがぐいっと横から手を出して、積立金に赤く丸をする。トントンと芯筆で叩くと、意を汲み取ったらしいラティが、ものすごい目つきでソンを睨みやった。

金色の不思議な煌めきを放つ瞳に無言で睨みつけられながら、どうやら一筋縄ではいかない理由があるらしいとソンは片眉を上げた。


互いに、無言である。

三ヶ月経っても、まだ口をきいていない。


-


「あぁ、あのお金はお亡くなりになった北妃様が積み立てておられたものですよ」


メイソンはそう言って懐かしそうな顔になった。


「元々は選妃儀の時に支度金としてご持参されたお金だと聞いています。以前は、この離宮も豊かで、予算も毎年余っていたようですしね」

「へぇ、そんな時期もあったのか」

「私が侍従となる前ですよ。しかし、クレハ天官はそんなことを学事で触れられるのですか。天帳の管理は私がやっておりましたのに、急に預かるとおっしゃって」


変な顔をしているメイソンに、ソンはそそくさと背を向ける。

毎日天帳を眺めてラティが百面相をしているのを、ソン以外誰も気づいていない。


とりあえず、ラティが積立金にこだわる理由は分かった。

文所に顔を出してみたがラティの姿はなく、ソンは回廊をまわって花宮の北端に位置する北彗宮に出ると、ひょいひょいと雲台によじ登った。

文所にいないときは、ラティはたいていここか碧雲閣の雲台にいる。


『積立金がだめでも、補修費はもっと削れるだろ』


背中を丸めてうつむいていたラティのそばにしゃがむと、ソンは天帳を奪い取って、言いたいことを書く。自分が丸をした積立金のところに、心なしか小さい字で金額が試し書きされているのを見つけ、さっさと消した。ついでに悪戯心で『できないくせに』と書いてやった。


「……!」


いきなり手元から消えて、すぐ戻ってきた朱書きに、ラティは怒りでかっと顔を赤くさせた。

白い顔は血がのぼると耳もとまで紅く染まる。天帳を悔しそうに睨み、がっと芯筆をつかむなり、口をへの字に曲げて乱暴に文字を塗りつぶしはじめる……。


……びりっ、びりりっ


あっと思ったときには、もう遅い。

威勢のいい音とともに、紐でくくられた綴子が真っ二つに破れた。


「「……!!」」


やばい、どうする気だ。

ソンがまじまじと眺めていると、しばらく呆然とした顔をしていたラティが、ぱたんとそれを重ねた。そのまま脇に置いて、ごろりと横になる。

なかったことにしたらしい。


すーすーと寝息を立て始めたラティの大物ぶりに呆れながら、ソンは破れた綴子を手に取った。弱っていたのだろう。綴子の紐も切れてしまっている。どうやら天官を呼ぶしかないようだった。


-


「君たち、筆談でもしているのかね」


天帳を一目見て、クレハは眉をひそめた。


「書きすぎだな。いいかい、この綴子をつくるのに百鱗の費用がかかる。君たちが話すのには金はかからないだろう。なぜ、口がきけるのに筆談をしたんだい?」

「「こいつが」」


ぶつぶつボヤきながら天帳をめくるクレハに言い返しかけ、ラティははっとなって隣を見やった。

クレハがちょっと顔を上げる。目の前でラティとソンが顔を見合わせている。


「なんだい?今度は睨めっこか」


ふっとクレハが表情を緩めた途端、気を伺っていたラティは素早く口を開いた。

同時にソンがくわっと口を開く。


「「こいつが口をきかないからだ!……っ!」」

「……ぶっ、」

「「お前だろっ!!」」

「ははは、あっはは、アハハハ!」


まるまる重なって顔をしかめている二人をよそに、クレハが噴き出して破顔した。

ラティが決まり悪そうな顔になって、ソンから顔を背ける。

クレハはひときしり愉快な笑い声を立てると、懐から真新しい綴子を取り出した。


「もう、新しいものはやらないからな。次からは金をもらう」

「守銭奴じじい」

「何とでも言え。……こちらの天帳は、なかなか面白いな。話の種に私がもらっていこう。まぁ、予算はこんなものでいい」


えっという顔になった二人に、クレハはにやりと人が悪そうに笑った。


「君たちはいつまで筆談で予算を立てている気だったんだ?まさか予算を作ってしまいなわけがないだろう。そろそろ、収支のつけ方を教えようじゃないか」


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