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千年王  作者: 奥山まゆこ
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S8 蕾


セイが文所にこもっているうちに、季はすっかり変わっていた。

東の離宮の天樹は、東季の終わり頃になると淡い薄紅の蓉花をつける。

ひとつひとつの花弁は小さいが、一斉に咲きそろうので大層華やかな風情がある。


「大分、蕾が色づいてきましたね」


久しぶりに顔を見せたアッサンは、前庭に立って大枝を伸ばした天樹をまぶしそうに見やった。

どの離宮もそうであるように、果宮の前庭には手前に雲海に至る泉があり、小橋を渡った先に天樹が生い茂る築山がある。朝夕に庭番が掃き清めていて、いつ見ても清々しい気持ちのする前庭だった。


「はい。今年もたくさん花が咲きそうです」

「それは楽しみですね。さて、王子の作られたという《畑》はどちらでしょうか?ぜひ案内いただきたいのですが」


始相のアッサンは、雲上二品という高位についているが、物腰がとても柔らかく、セイのような子供にまで丁寧に話しかける。

セイは嬉しくなってアッサンを天樹の脇の日当たりのいい空き地へと先導した。


「先月、マス豆とタラ草を植えてみたのです。うまくすれば、陽月にはマスタラ粥を食べられるかもしれません」

「なるほど、どちらも高所で育つ植物ですね」


よくお考えになりましたねと、アッサンは感心した顔で小さくしつらえられた畑を眺めた。元々は短い草が生えているだけの庭地である。


「民は夢月になると種まきをすると聞きました。私もやってみたいと思いまして、カナタに無理を言ったのです」


天山の離宮で畑を作るなんて聞いたことがありません!と、素っ頓狂な顔で叫んでいた侍従を思い出し、セイは小さく笑った。

雲官にもおやめくださいと泣きつかれたけれど、構わなかった。自分で土を起こし、何の種を撒くかもよく吟味した。心配性な母様にはもちろん内緒だ。


「よい行いだと思いますよ。王子は民に近づこうとなさっているのですね」


頷いているアッサンの言葉がこそばゆい。

セイはかぶりを振って、「まだちっとも近づけやしません」と答えた。


実は、そんなに大げさに褒められるものではないのだ。種まきは単純に楽しそうでやってみたかっただけだし、マスタラ粥を食べられるのではという下心もあった。下界の馳走であるマスタラ粥は《春の七草粥》に似た風習の食べ物だ。一度でいいから、食べてみたかったのだ。


やっぱり、フォルカ先生に知られたら呆れられてしまうかな。

先生に畑を見せるのは、収穫できる陽月の頃にしようー…


「畑の作り方はどのようにお調べになっているのですか?」


セイが少しの間考えごとをしているうちに、アッサンがちょいとかがんで手に土を取り、土の湿り具合を確かめていた。土は、泉に流れ込んだ雲海を吸って、適度に黒く湿り気を帯びている。

天山で植物を育てるのは、実は難しいことだ。

雲上では、下界と違って犀雨や雨が降らず、ずっと薄い光に包まれたまま昼が過ぎ、夜になっても月の微光が満ちている。一日単位では光の強さはほとんど変わらず、育つ草花は限られている。


「文所にある綴子を読んで……、でも、色々と試しては失敗しています。なかなか芽がでなかったのですよ。あとは雲官に北領の畑仕事をよく知った者がおりましたので、雲上に近い気候かと思い、教わっております」

「王子はよく学んでおられるのですね。文所の綴子を全て読み終えてしまったら、私にお申し付け下さい。もっとすすんだ綴子を持ってまいりましょう」

「わあ、お気遣いくださって、ありがとうございます」


ぱっとセイが花が咲いたような笑顔になった。

本当なら獅従儀を過ぎないと雲上官は来てくれないというのに、アッサンは気さくに果宮を訪れてくれる。栗毛色の髪と深い黒目のアッサンは、肌の色といい、少し小柄で華奢な背格好といい、懐かしい《日本》の人々に雰囲気が似ているのだ。いつも優しげにしていて、あまり強く物を言わないのも、似ているように感じた。


「でも、アッサン始相はお忙しいのではないですか?始相のご政務に、今は兄様の学師もなされておられるのでしょう?」

「私は王にお仕えするしがない官。王の御子方の学事をお手伝いできますのは、この上ない喜びなのでございます」


うっとりとするような口調に、王城貴族の忠誠心が篤いというのは本当だなぁとセイは思った。アッサンはディンブラ家の傍系第二式(デ格)で、フォルカも同じディンブラ家の傍系第三式(ス格)の出身だ。

性格は違うけれど、二人とも王を思う気持ちは誰よりも強い。

それは、他の四方族の貴族たちと比べると、よく分かる。

たとえば、衣官のグレッツは南妃の腰巾着のようにして離宮を何度か訪れたけれど、セイには「王子」という名前の人形に対しているように接していた。決して粗略にされているわけではないのに、胸がすかすか透けていくような感じがするのだ。

アッサンとフォルカは、きちんと話してくれているという感じがする。

自分に興味を持ってくれているかどうかは、そのまま王への忠誠心の表れになる。


「ありがとうございます。蓉花が咲いたら、フォルカ先生を招いてここでお花見をしようと思っているのです。アッサン始相もぜひ遊びにいらしてください」


見送りに立って挨拶するセイに、アッサンは目を細めて微笑んだ。

本当に頼もしげな王子である。

嬉しい反面、アッサンは心のうちで残念に思えてならなかった。


「楽しみにしております。今日は畑の出来に感服させられました。王子の学びの蕾は、やがて大きな花を咲かせられることでしょう」


輝くばかりの才能を見せるのは、東の王子。

……王位継承権は第二位。

この王子が今生帝となることはないのだ。


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