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千年王  作者: 奥山まゆこ
14/50

R7 文所


クレハがやって来たのをきっかけに、ラティは嫌がっていた学事を不承不承に受けるようになった。学師が来る頃合になるとふらっと姿を見せる。その代わり、学事が終わるとぶすくれた顔で雲台に登ってしまうか、ぷいと姿を消してしまうのだ。

学事を受ける気になっただけましだとフォートも深く追わなくなった。


「あの……、ソン様。王子はどこにいるんですか?」


メイソンは学事の時間以外はめっきり姿を見せなくなったラティが心配だった。

気に入りの碧雲閣で寝そべる姿もない。

いればいたで呆れることの多い残念王子だが、いないといないで気になるのだ。


「……さぁ?」


露台で寝そべっていた橙色の髪が揺れる。手掴みで蓉果をかじる姿を眺めながら、まるで王子が二人いるようだなとメイソンは思った。どちらも周囲を気にすることなく、獣が伸び伸びと日光浴をするような格好で気持ちよさそうに物を食べる。


ただ、似ていると言っても、ソンの方はよほど人間ができていて、二ヶ月近く存在を無視されてもいっこうに応えた様子もなくラティと席を並べて学事を受けている。これが王城貴族の主格というものかとメイソンはいちいち感心していた。


「少し探していただけないでしょうか。妙なことをしでかされても困りますので」


物腰低くメイソンが上目遣いになるのに、ソンは口に含んでいた果肉をごくんと飲んだ。


「なんで俺に?」

「……私が行ったら、へそを曲げそうな気がします」


ただの勘である。

ただ、フォートも探そうとしないのだから、やはりそうなのだろう。

昔から、ラティは嫌なことがあると雲隠れをする。宮舎には雲官や番らの出入りを禁じた細廊があり、いくらでも行方をくらますことができるのだ。

そういうときは、気が済むまで放っておくのがメイソン兄弟の教育方針だった。

だが、獅従儀を過ぎた王子なのだから、とも思う。


「それに、ソン様は従士でしょう」

「別に求められてないけどな」


ちらっと曲げた唇で訂正する。

いいけど、と言って起き上がりかけた背中に、静かな声がかけられた。


「……それは違いますよ、ソン様。たとえどんなに強い王子でも、そばにいる人がいなくていいわけではありません」


-

ああいう真摯な声は、苦手だ。

ソンは碧雲閣を逃げるように出て、ひとり首を振った。


メイソンには分からぬふりをしたものの、ラティの居場所には見当がついていた。

日中暇にまかせて歩き回っていて、離宮の中はあらかた知っている。


そういえば、雲官からも手を貸してほしいと頼まれていた。

なんでも、身辺に仕えるべき付番が、王子を探しあぐねて一日中うろうろしているらしい。ただ、呆れる声はあっても、なじる声はほとんど聞かなかった。

あれだけ言動が滅茶苦茶な王子だが、家人からは案外好かれている。

二ヶ月あまり離宮で過ごしているうちに、気づいたことのひとつだ。


「……」


音を立てぬように調所の脇の引き戸を開けると、ソンはそっと中に身を滑り込ませた。


「……くー、……くー」


思った通り、文所の隅で金髪頭が突っ伏していた。

昼寝をしているらしい。

寝ていてよかったと思いながら、ソンは側に寄った。

伏せた腕から綴子がはみ出している。


「……離宮費の天帳か」


クレハから渡されたものだ。寝ているのをいいことに、ぐっとラティの腕の下から引っ張り出すと、ソンはそれを手のひらにのせてめくった。さすがに天山の離宮費ともなると、途方もない大金だ。帳面につけられた膨大な金額にたじろぎながら、もう一度桁を数えてしまう。よく見るうちに、去年の予算を下敷きにしているらしいことが分かった。ソンは薄い字を指でたどり、なるほどと合点した。

今年は、一割ほど離宮費が減らされている。


離宮費に続いて支出項目がずらずら並び、予算を立てているのだと察したものの、恐ろしく項目が多い。金額など見当もつかないものばかりだ。


ラティの手らしいはっきりとした字を追っているうちに、離宮費のほとんどが宮舎の補修に消えていく懐内情が呑み込めてきた。

離宮が広大な分、補修費はかさむ。それを除けば、むしろ思っていたよりも支出は慎ましやかなものだった。侍従、学博、雲官、番、半子まで合わせて五十余の家人の給金、儀や祭礼の式金、衣代、炉代、膳代、調度代、学師の謝礼、従士の礼金。

このままでは金が足りなくなってしまう。


離宮費がないというのは、どうやら嘘ではないらしい。

もろもろに書き連ねられている中、花宮の補修費のいくつかは朱で消されている。

枠外には、雲官の名前と家格が走り書きしてあった。書いては消し、書いては消して真っ赤になったそれぞれの給金を眺め、ソンは察した。


人減らしをしたいのだろう。

でも、どうしたらいいのか分からない。


悩んでいるのが一目瞭然だ。

心なしか、寝ている顔までしかめっ面に見えた。

ソンは転がっていた芯筆をとって、とりあえず自分への礼金を二重線で消した。


二ヶ月も人に口をきかないくせに、支出項目には名が上がっている。

二重線を引いた自分の名をしばらく眺め、ソンは苦笑いをこぼした。


「……仕方ねぇ王子だな」


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