据え膳食わねば
「あ、おかえりセヴン君」
「ただいま!ナッツさん!」
朝から狩り続けて居たセヴンは、死闘?を終えて冒険者ギルドに戻って来ていた。
どんなに疲れている時でも、優しい笑顔で迎えてくれるギルド職員のナッツに、どこか姉の様な親しみを感じつつ、モンスターのドロップアイテムを差し出す。
「あら、今日は少な目なのね?あら?コレは??」
拾った時よりも若干光の薄くなった大きな枝を見てナッツは目を丸くさせている。
「コレ【闇夜の枝】じゃないっ!どうしたの!?」
「ちょっと心の戦友からいただきまして…」
「コレはレベル40の冒険者でも、ギリギリ倒せるくらいのモンスターの貴重品なのよ?簡単に人から貰える物じゃないわよ?」
「いや…貰ったと言うか…ゴニョゴニョゴニョ…」
はっきりしない態度に首をかしげるナッツ。しかし、そこに横から声がかかる。
「ナッツちゃん、ソレはこの坊やが[ブラックウィロー]を一人で倒して手に入れた物だよ」
歳の頃20歳を超えたか超えないかくらいの冒険者のお兄さんが横から割り込んで来る。
「えっ!?だってセヴン君まだレベル12よ?そんな無理でしょ?そもそも討伐出来るレベルの冒険者は、この街には居ないし、中央の街とか国の、人間の統治する地域に移動してるじゃない」
いつもの優しい笑顔が消えたナッツは驚きを隠せずに、その冒険者に詰め寄る。
「いや…俺だって[ブラックウィロー]をソロで倒すのは無理だし、やろうとも思わないが、この坊やはなんか恍惚の笑みを浮かべながら、やってのけたんだよ」
「セヴン君本当なの?」
二人の視線が痛いように突き刺さり、少し俯いたまま、両手の人差し指で輪っかを作りながら、それをピコピコと動かしている。
「だって…人は山があるから登るわけで…据え膳食わねばなんとやらなわけで…」
「なんか最後のほうは意味が違う様な気がするけど…ともかく、どうにかして一人で倒しちゃった訳ね?」
「ハイ…」
消え去りそうな声で答えるセヴンを、呆れた顔で見つめるナッツ。そんな二人のやり取りを傍観していた冒険者は、その空気を変えようと声をかける。
「坊や、ソレはギルドに収めちゃうのかい?」
「あ、そうね、コレは収めるより別の使い道のほうが良いわね」
「???」
二人の会話についていくことが出来ず、困惑した顔で二人を交互に見る。
「コレはギルドに収めて報酬をもらうよりも、セヴン君はメイジなんだからコレを素材に杖を新調したほうが良いわよ?」
「えっ?そうなんですか?やった!火力不足に悩んでたんですよ!」
「メイジが持つのは可笑しいくらい良い杖が作れるはずだぞ?上級クラスの持つレベルだなぁ、てかこんな村には持ってる者は居ないぞ」
何段飛ばしだ?と言うような装備の話しに喜ぶ、そして、そそくさとカウンターの奥に引っ込んで戻って来たナッツから小さい麻袋を受け取る。
「今回はアイテムの数は少なかったけど、デスストーカーの骨があったから、いつもより少し多いくらいかもね?全部で3万5千アデナよ」
「お?結構な値段になるんですねあの骨」
アズガルド全域で使われているの共通通貨はアデナと言い、地球と言う異世界の日本と言う国の通貨と、ほぼ変わらない価値であると言える。
「あと、ステータスの更新もしておきなさいね?」
そう言われて、例のカウンターにある石版に手を置く。
狩りなどでステータスの変更があった場合、冒険者ギルドの石版にて、更新をする事は、冒険者の常である。
「な…何か変な称号貰ってるけど…レベルが5つも上がってるわね。本当に倒したんだ」
「テヘッ」
色々アレな称号が付いてる事に、ジト目を浴びせる、いつもと違う優しいお姉さんに精一杯の愛嬌のある笑いを返す。
「あとレベルが上がってるんだから、後で神殿に寄って、スキルの更新もしておきなさいね」
「はーーーい」
冒険者はレベルが上がる事で新なスキルを手に入れる事が出来るのだが、その時は神殿において祝福を受ける事によって、神々から新たなスキルを授かるのである。
そして会話が終わり、いつの間にか居なくなってる冒険者のお兄さんを気にもせず、その場を後にする。
アビスの街にある武器屋、防具屋は1件しかなく、装備の新調の為に街の端にある煙突から煙を登らせている建物に辿り着く。
大きな街などでは数件が軒を並べる武器屋、防具屋ではあるが、この街には両方を兼ね備えたこの1件だけである。
「おっちゃん邪魔するよぉ」
何度か覗き来ており、店主とも顔見知り程度には付き合いがあるが、いつもは良い装備に変えたくても先立つ物が無く、精々中古品などをあれでもか、これでもかと引っ掻き回して、その後、ウーンウーンと唸りを上げた後また元の位置に戻すくらいである。
「また中古品を漁りに来たのか坊主」
奥から立派な髭を蓄え、樽の様な体型の150センチくらいのドワーフ族の店主が、面倒臭そうに現れる。ドワーフと言えばコレ!と言うくらいの標準的な体型である。
「デヘヘヘヘッ今日は違うんだよねぇ」
「何だ?薄気味悪い顔しやがって」
「こんな可愛い中にも将来性を兼ね備えた少年に、薄気味悪いとはなんだっ!」
「まぁそれは良いから、さっさと要件を言いな」
店主の言葉にしかめっ面をしながら、手持ちの鞄の中から光る枝を出し、手渡す。
「ぼ!?坊主!?」
ギルド職員のナッツと同じ反応を見せる店主に、今度はしっかりと説明をして、胡散臭そうな顔をしながらも納得させる。もう少し客を信用するべきだと思うが、こんな1か月前に冒険者になった少年が、手にするには分不相応なアイテムを持ち込んで来たのだ。仕方の無い事である。
「おっちゃんコレで俺に杖を作ってくれよ!」
「ウチには工房もあるし作れない事は無いが、手数料は高いぞ?」
「いくらだい?」
「素材持ち込みで、削って加工するくらいだが、このレベルの装備だと10万アデナだな」
セヴンの手持ちは、今日の討伐報酬を合わせても12万アデナちょいしかない。宿代や食事代も考えると、少し心もとないが、ある事に気が付く。
(あ、そう言えば戦友から貰った麻袋があったな、中身確認してないや)
自らの鞄の中から、鞄の大きさよりも更に大きいであろう麻袋を取り出す。
セヴン達冒険者の所持する鞄は魔法がかかっており、某異世界の国民的アニメのドラ○モンのポケットの如く、収納力が優れている。ファンタジー!
(ふっふぉぉぉぉぉ…)
中身を確認して驚く事に、麻袋の中にはざっと見ても10万アデナが入っていた。
「よ、余裕っしょ!」
「ん?なんか怪しいが大丈夫なら作ってやる。しかし、こんな良い素材を扱うなんて、昔ヒューマンの国に居た時以来だぞ。こんな端の街ではまったくお目にかかれん」
「へ、へぇ~」
「まぁ待っとれ、30分もあれば出来るでな」
装備を作るのなんてもっと時間がかかる物だと思うのだが、そこはファンタジー仕様で、製作スキルのある物から言わせれば、素材さえあれば簡単な事らしい。
店主が素材を握りしめ、奥の工房に消えて行ったのを確認した後、自分の着ている装備が、いい加減ヘタって来ている事に気が付き、何か良い装備は無いかと店内を見渡す。
しばらくいつもの様にウーンウーンッと唸りながら中古装備を漁っていると、新品の装備棚の所に飾ってある、白を基調とし赤いラインの入った1着に目が行き手に取る。
「お?このローブとか、見た目も素材も良さそうだなぁ。やっぱ新品は良いなぁ」
「そりゃ今週入荷したばっかのヒューマン領から引っ張って来たヤツだな」
気が付いたら長い時間が経っていたのか店主が奥から戻って来ていた。それにしても早い。盗んだりしないよ…。たぶんね。
「ソレは[マウントラビット]っちゅう山兎の毛皮から出来たローブで、この辺りじゃ珍しいくらいの良品だぞい」
「それはさぞお高いんでしょうねぇ奥さん」
「ダレが奥さんじゃっ!15万アデナっちゅう所かの」
「ぶっ!高いっ!」
流石にレベルの割には小金持ちになって居たが、杖代と合わせると足りそうにない。溜息をつきながら、ローブを元の所に戻そうとしていると野太い声が聞こえて来る。
「中々珍しい素材を久々に扱わせてもらったしの、やはり一線は退いたと言っても良い素材を加工するのは、ドワーフ冥利に尽きるってもんじゃ。坊主がどうしてもと言うのなら、今着ているローブと引き換えに、杖の手数料とそのローブで、20万アデナで良いぞ?」
「え?俺の汗の浸み込んだローブを買い取って、後で若い子のエキスじゃぁ!なんて言いながら臭い嗅いだりするんじゃないの?」
「するかっ!馬鹿者っ!!」
「でもなぁ…ウーンウーンッ」
「この杖にそのローブは相応しい性能だと思うがの、杖だけ無駄に良い物より、揃えて良い物のほうが、より目立つとは思うが…」
「目立つ!?」
店主の目立つと言う言葉に過剰に反応し、顔を赤らめながらなにやら呪文のような言葉をブツブツと唱える。
(メダツ、ヒトニミラレル、ギモヂイイ…、メダツ、ヒトニミラレル、ギモヂイイ…)
「よっしゃ!持ってけ泥棒っ!」
「そりゃワシの台詞じゃっ!」
そんなやり取りをし、何だかんだで凄く甘い店主に、心の中で感謝をしたとかしなかったとか。