第一幕ー陸
今回は小太郎と司機神たちが主体です。
時は進み午後の授業を終え、終業のホームルームへと時間が進む。
「では、本日の授業はここまで、今朝のニュースにもあったけど、武蔵坊弁慶が脱獄したそうだ。ことが収まるまで一般生徒は早く帰って、夜は出歩かないようにな!」
教卓の上の立っている教師は、外見こそは普通の成人女性に見えるが、髪がうねうねと職種のように動いており、教壇の上においてある惣菜パンを後頭部へと運んでいる。
外見の特徴から見てわかるが、彼女は二口女である。
促している警告は、一般生徒にとって大事なことであるが、この光景はいまいちしまりがないというか、緊張感が欠けるものがある。
こともあろうか職務中にどうどうと飲食をしている。
この光景に対して、完全に当の本人の司機神が若干、呆れて苦笑いを浮かべている。
「それと、陰陽科の生徒も相手は強力だから、無理はくれぐれもしないようにな」
生徒への警告を終え、教師が教室を出ようとドアを開けると後ろ口が、警告を付け加えてげっぷをする。
それを見て教師の司機神は、生徒達に頭を下げながら、退出する。
光景に対して紅蓮は『ここには、まともな教師はおらんのか?』と呆れた口調で言うと桔梗が『……あの二人が特殊』とフォローを入れる。
その桔梗の言葉に対して、周囲の司機神も無言でうなずいて同意する。
「洋輔達が夜、出歩くなって言っていたのは、このことか?」
「お前ら、ニュース見てなかったのか?」
「今日のデートのことで頭がいっぱいで、テレビはついていたけど完全に聞き流していた」
「……あなた達ね」
洋輔とアヤメは二人の楽観的な態度に対して、若干、呆れて頭を抱える。
幸せなのは実質、悪いことではないがこうした周囲の重大な情報を聞き逃しているのは、いささか問題がある。
でないと、いつかどこかで絶対に痛い目を見る羽目になりかねない。
「俺達はこれから、1年の教室に用事があるから、お前らは、さっさと帰れよ」
洋輔と史郎と暦に再度忠告に促すとアヤメと一緒に席から立ち上がる。
「えっ、一緒に帰らないのかよ!?」
「というか、1年の教室に何の用?」
史郎と暦は洋輔の言葉を聞いて苦い顔をして、1年の教室に一体何の用があるのか尋ねる。
何気に2人としてはこの主従と一緒に帰れば、少し寄り道して多少帰りが遅くなっても大丈夫だろうと考えていたので、一緒に帰れないというのは少々想定外の出来事である。
「水島家の水連に以前の武蔵坊弁慶戦の情報と、あさぎに協力を頼もうと思ってね」
『……今回は超強敵、情報の採取は必須』
アヤメも桔梗も少々緊迫感を込めた声色で二人にそう告げる。
それと同時に、武蔵坊弁慶への警戒心や緊迫感もあったのだろうが、水島家の名前を聞いた途端、一部の陰陽科の生徒達から腫れ物に触れるような不穏な気配が流れる。
その気配を感じ、洋輔とアヤメは少しばかり、そういった生徒達に対して、無言で威圧するような視線を送りながら、ドアへと史郎と暦を置いて歩きだす。
「えっ、今日休み!?」
そして、一年の教室前でクラスメイトを呼び出してもらおうと洋輔は声をかけたが、一年生の答えを聞いて驚きの声を出す。
「はい、なんでもお母さんの実家の方に用事で行っているみたいですけど……」
「となると海外か……」
『なんと間が悪い』
一年生の言葉を聞いて洋輔は頭を抱え、紅蓮も宙に浮きながらも脱力をする。
確かに紅蓮の言うとおり間が悪いと言えば、間が悪いともいえるが、放課後に用事がるなら、前もって確認とっておくべきである。
特に、昔違って今はスマートフォンが一般的に普及ししているのだから……
「いつもは、向こう行くときは連絡がくるから、見積もり甘かったですね」
アヤメはスマートフォンを取り出しながら、メール打ち彼女もとへと送信する。
彼女もとに特に連絡を入れずに来たのは、普段なら母方の実家に行く際は、彼女方から前もって連絡来ているという点があるからである。
もっとも、相手も生きている人間なのだから、そういったことを忘れることもある。
「先輩方はあんな下法使いに一体何の用なんでしょうか?」
「まぁ、ちょっとな」
洋輔は一年生が今ここにいない少女のことを見下した態度で尋ねると、そっけなく返して、その場を立ち去ろうとするが、少し進んだところで足を止める。
「それと次に俺の前であいつのこと悪く言っていったら、潰すぞ」
「覚悟しといてください」
振り返り、後輩に向けて威圧するような視線を送りながら、アヤメも笑顔だが、確実に目が笑ってない状態で声を投げてから、去っていく。
そんな二人の威圧に対して、一年生は明らかに気おされて、黙りながら二人を見送る。
紅蓮と桔梗は、主に威圧された一年生に対して頭を下げてから、去っていくが、あまり一年生に対して同情念は感じられない。
彼ら自身も主の沸点の低さには、頭を痛めているが、自身が仕えている主の家の盟友を悪く言われてあまりいい気分ではないからである。
「はぁ、またか」
小太郎は、学校での洋輔達の様子を紅蓮から報告を受けて、ため息交じりに頭を抱える。
『なんといか……』
『……面目ない』
そんな彼に対して、紅蓮と桔梗は申し訳なそうにする。
「こればかりは、本人自らの意思でどうにかなくてはならないと何度も申しているに」
『若様もアヤメも彼女に対して過保護すぎる』
小太郎と雪風の主従は、腕を組みながら、首をひねる。
小太郎としては、幾ら盟友とは言え、学校での偏見は彼女自ら改善にしなくければならない問題である。
多少手を貸すのはいいが、今日のようにあの二人は過保護に相手をつぶしに行ってまいる。
結果、彼女と周囲の関係は改善せず現在っている。
「まぁ、それでも子供頃より、感情を出すようになったという点では、アヤメや彼女に会わせたのは正解だったと思うんだがな」
『確かにな』
『あのまま育っていたら、若様、確実に友人0だったろうな』
『……今も多い方ではないけど、孤立は必須』
小太郎の一言に対して司機神達は首を縦に振り、同意の意を示す。
洋輔は次期党首としての教育の結果、同年代の中では比較的に大人ぶった言動が多いため、友人が多い方ではない。
彼らの口ぶりだと、アヤメと水島家の跡取り娘と出会わなければ、現状よりも友人が少なく、紅蓮から0とさえ評されるほどに孤立してまいた可能性がありえる。
だから、アヤメと水島家の跡取り娘との出会いは、ある意味良い影響を与えているとも言える。
「はぁ、他に何か変わったことはないか?」
小太郎は一息ついてから、話題を切り替えるために学校での二人の様子についての報告を続けさせる。
『そうだな。お前の素顔について、若様のご学友からの質問があったな?』
『ほう、小太郎の素顔についてだと、それはいったいどこの回し者だ? 何が目的でそのようなことを? それは本当に若様のご学友か? 変化の術で化けた別人ではないだろうな?』
紅蓮の報告に対して、雪風は連続で質問をして詰め寄る。
『落ち着け、あくまで単なる雑談流れだ! 普段から、術で見えなくなっているから気になっただけだ!!』
『……何か化けていたなら、流石に私達が気付く!』
紅蓮は雪風の頭を押さえながら、桔梗も背後から押さえつけ引きはなす。
その光景を見て小太郎は、肩をすくめる。
「雪風、昔と違って気に留める必要性はないだろう。今は昔とは違うのだからな!」
雪風と違って小太郎は特に気に留める様子はなく、雪風をたしなめる。
このあたりが、この主従の現代社会への適応の違いなのだろう。
『だが、しかし、我々が昔やってきたことを考えれば……』
「なら、なおのことだ。そういった者どもが、変化の術を若様に近づけば、桔梗が気付くだろ。それに今の世の中、怨みがあってもどの家も下手に出を出して、自ら犯罪者になろうと言う者はおらんだろう」
雪風の心配ごとに対して、小太郎はちゃぶ台のお茶を飲みながら落ち着くようにいう。
確かに焔家に仕える前の小太郎と雪風は暗殺者として、多くのものを殺してきた。
それゆえに彼らを恨んでいる者は今も多くいる。そして、そのことに対して彼ら自身、大いに自覚している。
だからと言って、戦乱の世らまだしも、現代のおいてそのことで焔家に戦いを仕掛ければ、自分たちが犯罪者となって、立場が危うくなりかねない。
これは妖の中には、当時から生きており証人となる者も探せばいるが、小太郎達が当時、扱っていたのが、弓矢による遠距離からの狙撃である。そのため、直接、姿を見た訳でもなく、ターゲットが殺される場面を見ただけが多くである。また、中には、視力が優れ、遠く離れた小太郎たちを視認できた者たちもいたが、そういった者たちの多くも殺されてしまっている。
ゆえにあくまで推測と状況証拠の線をいまいち、抜けでず、仇討として戦う理由としては、強く押し出せない。なにより、そういった私的目的で、術を使った大掛かりな戦闘は法で禁じられている。
なので、勝っても負けても、自分たちが犯罪者として社会的地位を失うデメリットの方が、現代は大きい。
それに忍びの術をベースにした術を得意としている土門家の司機神である桔梗が側にいる以上、その手の変化の術は見極められる可能性がある。
同時に土門家も犬の妖である。そのため、嗅覚は人よりも優れている。だから、別人が化けていたら匂いで気付かれる。
「他に報告することは?」
『強いて言うなら、アヤメの盗撮に対して、若様が諦めの態度をまた見せたと。まぁ、いつも通りだな』
紅蓮のその報告を聞いて小太郎は頭を抱える。
「また、またか。そうか。またなのか」
『……面目ない』
小太郎が、自分に言い聞かせるように呟くと桔梗が申し訳なそうに謝罪する。
少なくとも、洋輔がそのことに対して、アヤメに対して注意していた時は、彼からも注意を促すことができたが、前述でも述べた本人が諦めてしまったので、注意を促せず、頭痛の種になっている。
『しかも、あの手の電子機器の扱いはあちらの方が上だからな』
「あぁ、隙を見て我々の方で消してもきちんとバックアップを大量にとっているからな」
それでも諦めず、小太郎や雪風を初めとし、アヤメの家族である土門家ともに彼女が保存していた盗撮のデータを度々消してはいる。
だが、そんな彼らの行動は既にアヤメに見抜かれており、バックアップをCD、外付けのハードディスク、USBメモリー、そして某光の巨人が宣伝を務めたネットワーク上のサービスとありとあらゆる手でバックアップを大量に保有しており、消したところで全て無駄で終わっている。
生まれて時には既にことの手のものが、当たり前に普及されているアヤメとされていなかった小太郎では扱いの慣れでは彼女の方が上である。
『それにしてもこれはある種才能の無駄遣いだよな』
『……返す言葉もない』
同時に、今現在、洋輔達の戦いにおける作戦は、土門家のアヤメが建てている。その過程で、ある程度、小太郎の行動パターンも彼女の頭の中に入っているというのもある。
そういった面での計算や駆け引きは、年上の小太郎よりも上である。それでも、長年生きているので、作戦を立てる時、実体験を活かし、年の功で小太郎からアドバイスを送ることもある。今はまだ、彼女より彼の方が、実戦経験が上だからできることである。
だから、紅蓮の言うとおりまさにある種の才能の無遣いと言ってもさしつかえもない。
『取り敢えず、以上が本日、学校での若様たちの様子だ』
『……報告終了。失礼する』
学校での洋輔達の様子を終えた紅蓮と桔梗は、屋敷内にいるそれぞれの主のもとへと帰って行く。
『あの小娘め! 本当にどうにかならなんのか? 小太郎!』
「どうにかって、あれでもアヤメは若様の半身とも言える腹心だぞ。拙者達の暗殺術を本気で出せば、どうにかできるが、それは流石に身内同士でそんなことやっても無意味だろう。それに実行すれば、確実に拙者達にこの家での居場所はない」
紅蓮と桔梗が部屋からいなくなると、アヤメの盗撮に対して、腹を立て悪態をつく雪風に対して、小太郎はたしなめる口調でそう告げる。
とは言え、とうの洋輔本人は結構、その半身とも言える腹心をハリセンで叩きまくっているが……
『わかっている。あやつと我らは同じ主に仕えている身内同士だというのは! だが、主に恋愛感情を抱くなど断じて遺憾だ! 何より若様は奴に甘すぎる』
「また、前時代的なことを」
雪風の言葉に対して小太郎は完全にあきれ果ててしまう。確かに、盗撮はりっぱな犯罪なため、その行動に怒りを感じるのは理解できる。
けれでも、雪風のアヤメに対しての怒りというのは結局のところ配下である自分たちが、その家の跡取り主従以上の感情を持っているという点である。
その後、夕食まで小太郎は雪風が落ち着くまで、桔梗の手前、ため込んでいた前時代的な考えや主張を聞かされるはめとなった。