復讐と成果
「さて、そろそろあの魚に復讐する時だ」
空き缶商法で荒稼ぎしていて忘れていたが俺の目的はあくまで『ぬし』を釣り上げる事。間違っても空き缶を釣る作業ではない。
エネルギーやスキルも一週間で相応にランクアップした今ならばもしかしたら釣れるかもしれない。一応ステータスを確認する。
名前/絆†エクシード。
種族/魂人。
エネルギー/6340。
マナ/150。
セリン/148540。
スキル/エネルギー生産力Ⅵ。
マナ生産力Ⅳ。
フィッシングマスタリーⅢ。
解体マスタリーⅡ。
元素変換Ⅰ。
エネルギー生産力Ⅵ。
毎時間2000エネルギーを生産する。
ランクアップに必要なマナ2600。
マナ生産力Ⅳ。
毎時間50マナを生産する。
毎時間エネルギーを1400消費する。
ランクアップに必要なマナ3200。
フィッシングマスタリーⅢ。
釣竿を使った全ての行動に30%の補正を発生させる。
毎時間エネルギー400を消費する。
ランクアップに必要なマナ400。
解体マスタリーⅡ。
解体武器を使った全ての行動に20%の補正を発生させる。
毎時間エネルギー200を消費する。
ランクアップに必要なマナ200。
元素変換Ⅰ。
アイテムをエネルギーに変換する。
消費エネルギーが生産量と同じだが元素変換Ⅰのお陰でギリギリ+になる。
マスタリースキルは獲得アイテム数でランクアップ条件が開く。
フィッシングマスタリーは釣った魚の数。
解体マスタリーは解体で手に入れたアイテムが1000個を超えたら出た。
Ⅰは比較的に少ない量だがⅡからガクンと増えてフィッシングマスタリーは100匹、500匹、1000匹と増えた。解体マスタリーの方も同じく相応に増えていく。
アルトから聞いた話では戦闘系のマスタリーは該当武器で倒したモンスターの数らしい。
そして俺と同様、気付いている奴が公言しないのか、実際に知らないのかは不明だが解体武器は相手にあった武器を使うと特別なアイテムが出る、という噂が広まった。
攻撃力が低いので解体武器=地雷みたいな扱いを受ける。
まあいずれ気付くだろう。お前等が地雷と言った武器が必須な事に。
そうして俺は今、藍色の服『蒼蟲の服』を着ている。
釣り仲間の間では夜釣りをするなら明るい色よりも暗い色の装備をした方が、魚が沢山釣れるというジンクスが存在する。
なんでも現実の夜釣りでも、そうなんだとか。
偽りか真実かは不明だが空き缶商法の影響、夜釣りばかりしていたので俺も願掛けにこの服を着ている、という訳だ。
ともかく俺は今日も今日とて糸を海に垂らす。
ちなみに今は朝だ。
あの日『ぬし』は昼間に引っかかった。可能性の話だが、昼に釣れると思う。
今日は一週間振りに兄弟……今は姉妹で集まる事になっている。
――俺の一週間の成果を見せる為に『ぬし』を絶対に釣り上げる。
そう意気込んで既に10時間。
今日は早朝6時から糸を垂らしているが生憎とニシンばかりで『ぬし』が掛かる気配すらない。
あの時『ぬし』が引っかかったのは本当に偶然なのだと思う。
だからこそ、俺は何日経とうと『ぬし』を釣る。そう決めた。
――ニシン獲得。
「またニシンか。今日は妙に多いな」
フィッシングマスタリーのランクが上がる毎に他の魚を釣る確率が上がっていたはずなのだが、今日は何故かニシンしか釣れていない。
趣味アイテムとして買った釣り籠にニシンがひしめきあっている。
「……ニシンの神様が化けて出たりしてな」
まあゲームの世界で神様が現れるとは思えんが。
いや、ゲームの世界だからこそ神様という偉大な存在がいるのか?
「……ん?」
海面に不自然に大きな黒い影が映る。
俺は来たか! と、期待を膨らませながら竿を強く握る。
――焦るな。決して焦るな。けれど心は熱く保て。
あの頃の俺とは違う。絶対に釣って食ってやる。
「コイコイコイコイ……」
ぶつぶつと念じながら、影ではなく竿の先端に意識を集中する。
今日まで魚を釣る際にして来た基本の動きだ。
「来た!」
――ガクンッ!
あの日感じた海に引き込まれる力強い引きを受ける。
俺は立ち上がり両手両足に力を込めて踏ん張る。
そして直に竿に掛かる強い引きを感じ取った。
通常の魚と比べて明らかに引きの判定が難しい。
まるで点の様なアタリ判定を逃さず、引きが強くなる度に引っ張る。
ぐいぐいと引っ張ってくるがこちらも負けない。
「フィッシングマスタリーⅢ舐めるなよ!」
慎重に、迅速に、されど確実な攻防を続ける。
今まで戦ったどの獲物よりも強い引き。正に『ぬし』の引きだ。
そんな戦いを30分は続けただろうか。
『ぬし』の力が弱り始めた。
俺はその好機を逃さず、追い詰める。
竿からは軋む音が響き、こちらも肉体はゲームなので問題ないが、いつ集中力が尽きてもおかしくない。
「決戦をしかける!」
点の様な小さい引きを断続的に引っ張る。
そして『ぬし』が海面から大きく跳ね上がり――――
†
「あはははは! 何それー! デカ! ニシンデカ!」
俺は今、ブスーっとした表情で紡と奏姉さんと合流した所だ。
背中には巨大な魚……訂正しよう『ぬし』事巨大なニシンを背負っている。
まさかのぬし様はニシンでしたよ!
巨大ニシンを背負って歩いていたら人に指差されるしさ。大変だった。
一度アイテム欄に入れようか、そんな風に思っていた時に姉さんと紡に遭遇したって感じだ。
今俺は紡にスクリーンショット……要するに写真を撮られまくっている。
スクリーンショットはキャラクタークリエイトに使用したUSBメモリに記録する事ができる。斯く言う俺も釣った魚を何匹か撮ってある。もちろん『ぬし』もだ。
しかし……先程から俺を目撃して驚いた人がカメラのポーズをするのは何故だろうな……。
「紡笑っちゃダメよ……ぷっ!」
「あんたも同類だよ!」
いや、まさか俺もあのぬしがニシンだとは思わなかったさ。
しかし何故ニシン?
そんなに美味しい魚のイメージではないんだが……。
ともあれ、俺は二人と合流を果たした。
二人のゲーム内の外見を始めて見るが……一言言わせて欲しい。
「何故に俺が一番チビ?」
「もう一人妹が欲しかったの~」
姉さんの種族は人間。
美形なのはゲームなので当たり前だが、造詣は凝ったのだろう。量産型とは一風変わった艶のある凹凸のある外見をしている。
現実でも胸は程々に大きいが、こっちでも大きい。
何故か微妙にこだわっているらしく、垂れ気味な胸だ。
「あたしも妹が欲しかったの!」
紡の種族は亜人。
狐耳がぴょこんとアクセントになっており、なんとなく顔の造詣が姉さんと似ている。
胸の方は大きくも小さくも無い。良く言えばギャルゲーのメインヒロイン程度のサイズ。
身長は俺より若干高い程度の……中学生位だろうか。
「それで俺がロリな訳ね。はいはい、ワカリマシタヨー」
そして俺が魂人。
若干透明色に近い身体。ぺったんこな胸。小さな体格。
二人と、それとなく似た容姿。
うん。確かに姉妹、というのはなんとなく分かる。
思わず溜息が出そうだ。
「……言いたい事が無いのは嘘になるけど、今はいい」
「完成された美幼女の姿に感嘆の吐息が止まらないのね!」
「それで二人は一週間どうだった?」
「流された!」
姉さんのふざけた物言いをスルーして話を進めた。
まともに相手したら陽が暮れるからな。
「すっごく面白かった!」
「やっと安定してきた所かしら」
二人は各々に一週間の話をし始めた。
紡はなんとなく分かる通り、廃人プレイを勤しみ、俺達の中で一番レベルが高い。
俺はレベルが無いので分からないが、一日のほとんどをレベル上げに費やしているのだから最初の街から一歩も出たことが無い奴よりは確実に強いだろう。
なんでも第二都市開放の為に立ちはだかったボスを仲間達と倒したんだとか。
奏姉さんの方は堅実なプレイスタイルをしている。
姉さんはどちらかと言えばFPSやアクションが得意な紡と違ってRPGが得意なタイプだ。なので確実に、失敗しない強さを獲得している。
仮に姉さんと紡が戦えば、姉さんがOKを出した時、紡の方が倒れているはずだ。
無論、戦争の申し子である紡相手に姉さんがOKを出す事はそうそう無いが。
そんな姉さんが本気を出して、紡の様な最前線にいないのは武器選びに三日も費やしてしまったからだそうだ。
自分に合うスタイルで無いと安心して戦えないと、全ての武器を試したというのだからゲーマーの鑑とでも評価しておこう。
「絆お兄ちゃんはどうだった?」
「ああ、程々に面白いぞ。魚釣り」
「え? 絆、釣りしかやってないの?」
「そ、そうだけど? 何を隠そうこの街から一歩も出ていない!」
二人から変態を眺める冷たい視線が!
特に何か目覚めない俺はMでは無いのだろう。心の底からよかった。
「ん~……絆お兄ちゃん、第二都市の方に川があるから行って見たらどうかな? 使ってる武器なに?」
「解体ナイフ」
「攻撃力に問題があるのよね~。モンスターを倒すと武器に応じてドロップアイテムが増えるだったかしら」
「そうそれ」
どうやら本来の用途は前線プレイヤーの二人でも知らない事らしい。
二人からすればネタ武器なのかもしれない。
「それでしか手に入らない奴があるから、手に入ったらちょうだい!」
「そうなのか」
「結構多いのよね。だからプレイヤー間取引で高くても買う人は多いわ。でも威力が低いから使う人が少ないのよ~ドロップもそんなに多い訳じゃないから」
「なるほどな~じゃあそろそろ俺もモンスターと戦ってみるかな」
面白い話を聞いた。
もしかしたらモンスターの方も解体が通じるかもしれない。
言葉通り明日からはモンスターと戦ってみよう。
となると武器をそろそろ買わないとな。
あまり必要を感じなかったから空き缶商法の時も結局新調してなかった。それに該当する武器でモンスターを倒すと言った。
そうなると初心者用では解体できないかもしれない。
「絆お兄ちゃん用に良い装備買ってあげようか?」
「妹に奢られるのは兄としてのプライドがな……」
「何言ってるの~普通のネットゲームだといつもレアアイテム貸して上げてるじゃない」
そうでした。
このゲームはリアリティが高いので度々現実の様に感じるがゲームでしたね。
「まあでも金には困ってないから、紹介してくれれば自分で払うぞ」
「魚釣りしてただけなのに?」
「つい最近まで売ってたアイアンのインゴットあったろ?」
「え? うん。昨日まで使ってた」
「実はな、アレの材料を集めていたのは、俺だ」
「そうなの? 材料なんだったの? アルトレーゼって人が企業秘密とか言うから分からなかったのよね~」
「鉄鉱石が出て来たから、情報公開する事になってな。まあそれで金には困ってないんだ」
「それでそれで、どこで手に入るの?」
ぴょこぴょこと狐耳が跳ねる紡へ不敵に笑い口を開く。
「あれの材料、空き缶なんだぜ?」
二人の驚く顔を眺めながら、俺はこの一週間に多少の満足感を得たのだった。