ペックルの笛
「ダンジョンのボスが初めて討伐されたペン!」
帰還すると同時に視界にそんな文字が大きく浮かび上がった。
島内放送って奴?
オンラインゲームだとよくあるサーバー全体への放送みたいな物だろう。
ダンジョンのボスを討伐かー。
となると硝子と紡が倒した事になる。
とりあえずみんなの所へ行ってみるか。
「ただいまーさっきダンジョンのボスを倒したって放送が流れたんだけど」
倉庫前に寄るとアルトがいたので声を掛ける。
「君か……それは昨日の話だよ?」
「え?」
アルトが俺に向かって半眼で答えつつ質問してきた。
「ねえ絆くん」
「何だ?」
「君が出かけてから既に三日経過しているよ。ダンジョン内に何日滞在したのか聞きたいところだね」
うえ……ずっと滞在できると思ったらこんな落とし穴があるだなんて思いもしなかった。
硝子達がカンカンに怒っていないか不安になってくる。
いや、絶対怒ってるでしょ。
「君がいつまでも帰って来ないから硝子くんが心配していたよ。まあ紡くんが『お兄ちゃんの事だからダンジョン内にずっといても経過は一日! って言って釣りをしてるんだよ』と言っていたけど……どうやらその様だね」
さすがは俺の妹、考える事は読まれているか。
某王国ゲームをやり込んだ俺ならこの程度造作もない。
ちなみに国民みんな怠け者になってしまった。
ゲームのシステム的に怠け者になりやすいからしょうがないんだ。
それを修正するのに何百年掛った事やら……やり直した方が早かったな。
じゃなくて、今はこのゲームの話だ。
「で、何日いたんだい?」
「じゅ、十五日……」
「別の意味で凄いね。聞いた話だとそんなに広い場所じゃないだろうに」
「いや、実は結構広いんだよ。縦に広いというか」
倉庫に釣りの成果と主以外の解体した素材を納品するとアルトが額に手を当てた。
この反応はアルトが冗談を言っている訳ではないようだ。
つまり五日で一日経過してしまうという事か。
よくよく考えたら無限に滞在出来る訳ないよな。
バランス的に考えて。
そもそも魚の変換率も悪かったしな。
まあセーフエリアが外と同じ時間の流れじゃなかったのが救いか。
「嘘じゃないのが君らしいね。今、硝子くん達に連絡したから」
背筋が凍りつくけど説明はしなきゃいけないよな。
アルトを見直すとペックルの管理をしている。
良く見れば島での建物の配置が若干変わっている様な気がする。
道が完全に舗装されていて小奇麗になってきたし、俺がやっている時は村っぽかったのに、今は町っぽくなっている。
まだ発展途上って感じだけどさ。
「随分とペックルを入手してきた様だね」
「ああ、釣りの合間にさ、釣れるから」
「わかっているよ。ダンジョン探索にペックルを行かせると発見されると言う話や何をするにしても見つかる事があるってね」
十五日……ではなく、三日いなかっただけでアルトが色々と把握している。
やはりこの手の仕事を任せたのは正解だったな。
「絆さん!」
まさに飛んでくる勢いで硝子達が俺達の所へ駆けこんできた。
「た、ただいま」
「いつまで経っても帰って来ませんし、連絡を取ろうにもダンジョン内じゃ通信できないみたいで、また行方知れずになったんじゃないかって気が気じゃなかったんです」
「ご、ごめんね」
こりゃあ心配かけちゃったか。
インスタントダンジョンだし、別々になると同じ場所でも合流出来ないしな。
そもそも地底湖は一応ダンジョン扱いだしな。
「15日程、ダンジョン内で釣りをしていたらしいよ」
「どんだけですか!」
「どれだけ居ても一日だと思ったんだよ」
「限度はあるよね」
「潜り過ぎは危険……っと」
今度は三日か四日置きに帰った方が良いかな。
一日の判定がいつ計算されているのかが勝負だ。
「で……」
紡が見慣れぬ衣装を着ているので指差す。
思えば島に呼んだ時とは完全に装備が違う。
「どう? ダンジョンのボスを最初に倒した時にドロップした装備だよ? 結構優秀でね、戦闘がかなり楽だったんだー」
「へ、へぇ……」
「ボスまでにこれでもかとエネルギーや経験値を稼げましたからね。とは言え、既に私のエネルギーは上限に至っているんですけど」
ん? 聞き慣れない単語だ。
俺は最近、増えも減りもしない程度に調整しているからよくわからない。
「上限?」
「ええ、スピリットのエネルギーは上限ラインがあるみたいです。その値に引っ掛かると上限突破の拡張をしないといけなくなる様ですよ」
「へー……」
まあ普通に考えてありえた話だ。
スピリットは不利な部分はあるけど、使い方によっては最強にもなりうる。
エネルギーさえ気にしなければスキルを使い放題なのも理由だ。
そういう意味では限界値と追加スキルがあるのはパワーバランス的に当然と言える。
それこそ波毎に限界が上がるとかかもしれない。
「初見で挑む時は二人で大丈夫かな? 様子見しようかなと思っていたけど、思ったよりボスの動きが悪かったし、硝子さんが盾になって色々と往なしてくれたからごり押しで倒せたんだ」
「大分パターンも掴めていますし、ボス討伐で解体とかもしたいんで絆さんも来てください」
「わかった」
ボスの解体か。
そりゃあ楽しみだ。
「ダンジョンをクリアしたんだよな? 報酬とかは?」
「ありましたよ。これです。攻略後に開いた奥の部屋の宝箱の中にありました」
硝子が俺に一本の笛を手渡してくる。
ペックルの笛
島の主が海岸で吹くとペックルの主を呼ぶ事が出来る。
「何これ?」
「さあ……実験をしてもらいたいです。私達では使用できないみたいで」
俺専用?
開拓を始めたリーダーしか使えない装備って事かな?
「ま、絆くんが納品してくれた魚のお陰で当面の食糧問題は解決したよ。後は物資類の調達をお願いする」
経過報告によるとアルトはペックルの店で売っている設計図や物資を、所持していた資金でかなり買い占めたそうだ。
ただ、それでも足りないらしい。地味に高いのが原因だとか。
城や建物の建設をアルトは一定のラインまで妥協はしないスタンスに切り替えたみたい。
この辺りは何だかんだ言ってアルトも凝り性って事かな?
まあ、悪徳やっていた事を反省してって事何だろうけどさ。
どんだけ大事業なんだ?
「毎日島の採掘場で入手できる物資でもコツコツと開拓は出来るが、早めに終わらせたいだろ? そう言う事だよ」
ああ、なるほど。急がせてる訳か。
と言う訳で俺達は海岸へ向かう。
海岸では相変わらずしぇりるが船作りをしているようだ。
最近じゃマシンナリーと併用して漁船の作成に勤しんでいる。
ソナー付きの船が何時出来るか楽しみだな。
しぇりるが作業を中断して俺達の所へ来る。
「……おかえり」
帰って来たのは察したみたいだ。
実験をすると笛を見せると頷いた。
とりあえず……吹いてみよう。
お? オートで手が動いて笛が鳴り響くぞ。
「「「ペーン!」」」
ペックル達が海の中で集まり、煙となって……一羽の巨大なペックルとなって姿を現す。
大きさは……10メートルくらいか?
海岸でしか呼べないと言うのはどう言う事なんだろうか?
「ペーン」
そのまま海岸で横になったままペックルは時々背中に乗れとばかりにフリッパーで背中を指差している。
「……」
みんな沈黙するしかない。
「わー面白そう!」
紡以外はな。
さっさとチャレンジを始める紡に合わせて俺達はペックルの背中に乗る事にした。
けどしぇりるが若干しぶそうな顔をしている。
「船……?」
「あー……ありそうだ。ペックルカウンターみたいに笛で設定を弄れるぞ。装備とかもさせられるみたいだ」
ペックルが船の代わりとして乗せてくれる感じ。
なんとなく嫌な予感がしつつみんなで乗り込むと、俺の視界に出発の項目が出現。
「もしや島から出られるのか?」
そう期待して胸を躍らせながら出発を選ぶ。
すると巨大ペックルは何故かクロールで俺達を載せたまま泳ぎ始める。
行く方角は頭側の羽毛を引っ張る事で操作するみたいだけど……。
島がドンドン小さくなり……やがてまた島が見えて来た。
そう、俺達の島が……。
「島から出られない! いい加減出してくれー!」
第二都市の主を釣らせろー!
「落ちついてください、絆さん!」
「速度は出てる……負けられない。ううん……乗り心地の為に船を改造するのも良い」
しぇりるが職人の目で見ている。
結果、この巨大ペックルに牽引してもらう船が後に完成する。
のは置いて置いて、俺達は海岸に戻ってきた。
俺達全員が海岸に降りると巨大ペックルは煙となって消え、ペックルが散らばる。
「あははははは! お兄ちゃんといるとあきないね! こんな事が起こるなんて」
「笑うな! 運営に言え!」
変なイベントを盛り込みやがって。
俺に一体何をさせたいと言うんだ。
ともかく、実験は終了だ。
「そうそう、地底湖で主を釣ったんだった。しぇりる、あの地底湖はまだ底が深そうなんだが素潜りで底まで行けると思うぞ」
「また行くんですか?」
「今度は五日くらいで帰ってくるさ。な、しぇりる」
「……のう」
しぇりるが視線を逸らしている。
行きたくないのだろうか?
くそ、しぇりると俺は同類だと思っていたのに。
「ダイバースーツと酸素ボンベを作って底があるのか、別のマップやダンジョンが分岐しているかもしれないだろ?」
「気持ちはわかりますけど……」
「……チャレンジは重要」
しぇりるも冒険心はあるみたいだ。
そりゃあ新天地を目指す志を持つ仲間だもんな。
単純に長期滞在が嫌だっただけか。