電球式釣り考案
ディメンションウェーブに来て初めての飯はアジとニシンだった。
例の料理スキルを覚えた子の所で直接魚を渡して焼き魚にしてもらった。
自分が釣った物というのも大きいが美味しかったので、ニシンを10匹ただで譲った。
ちなみに紹介料ついでにアルトにもニシン三匹渡したら喜んでいた。
もはやニシンが友好の大使だ。
「それにしてもアルトは友好関係が広いな。β経験者か?」
確かβテストの募集をしていたのを見た覚えがある。
「いいや、βの経験は無いよ。というかβテスターは意図的に省かれるらしいよ」
「そうなのか?」
アルトの話によると、なんでもβはゲームバランスの調整とイベントがしっかり起こるのかを確かめる為の物であって、基本的には製品版と同じく最初から最後までやるらしい。
そして会社の意向なのか、ゲーム内容を知っているプレイヤーを一緒に放り込むのはセカンドライフプロジェクトの趣向に合っていない。なのでプレイヤー全員が初心者の状態でゲームが開始されるという作りらしい。
「なるほどな」
「情報漏洩はあったらしいけどね」
「それは俺も聞いたな。内容は知らんが」
なんでもβテスターの誰かが匿名掲示板でゲーム内容の一部を暴露したという話だ。セカンドライフプロジェクトの契約書には禁止されている事項なので訴えられていた。という内容をネットで見たが、リアルタイムで見ていた訳では無いので具体的にどんな情報が漏洩したかは知らない。
「それでどんな情報が漏洩したんだ?」
「ゲーム内では結構有名だよ? スピリットが弱過ぎるって話さ。確か覚えようと思えばスキルを際限なく取れるけど、ステータスが全種族最低だったかな?」
「……さいですか」
「そう言えば君は何の種族だい? 見た事無いけど」
俺は気不味そうに自分を眺める。
偶に薄っすらと半透明になる。それがスピリットの特徴だ。
「そのスピリットだ。珍しいタイプだから強い方の種族じゃないのは分かっていた」
「そうなんだ。どう? スピリット」
「う~ん。ずっと釣りをしていただけだから分からないけれど、今の所特に困ったとかは無いな」
ステータスがエネルギーで統一されているので些細なミスが致命的な弱体化を招くと考えるに弱いというのも納得は行くが。
だが、街で釣りとか生産職をメインにするなら相性が良いと思うんだが。
エネルギー&マナ生産力って何もしなくても経験値が入ってくる様な物だろ?
まあディメンションウェーブはゲーム内容的に戦闘職がメインっぽいが。
「そっか~。使い心地とか分かったら教えてよ。情報漏洩の所為でスピリットって少ないから知りたい人は結構いると思うんだよね」
「ああ、気が向いたらな」
「じゃあ僕はもう行くから。買い取って欲しい物があったらいつでも連絡よろしくね」
「おう」
手を振るアルトに手を振り替えして答えた。
一度礼をしてからアルトは踵を返して次の商売へとは歩いていった。
「ふぅ……」
俺は一度溜息を吐くとアイテム欄にある、アルトの知人に作ってもらった釣竿を眺める。
木の釣竿+2。
しなる枝、コモンワームの糸、銅の釣り針から作られた竿だ。
材料全ての入手先が違うらしいのでアルト様々といった所だな。
さて、+2になるのは単純な運だとアルトは言っていたが、多分違う。
おそらくは製作者のスキルレベルと実力、更に材料の品質だろう。
しなる枝、コモンワームの糸、銅の釣り針は見せてもらった在庫の中から程度の良さそうな物を選んで作ってもらった。なので多分合っている。
そして、合計なんと700セリン。
600セリンのボロ竿を買うよりも性能面を含めても得だと思う。
せっかく作った竿だからな。今度は持って行かれない様に気を付けよう。
おっとそろそろエネルギーとマナが増えた頃かな?
名前/絆†エクシード。
種族/魂人。
エネルギー/1320。
マナ/60。
セリン/2000。
スキル/エネルギー生産力Ⅱ。
マナ生産力Ⅱ。
エネルギー生産力Ⅱ→エネルギー生産力Ⅲ。
毎時間200エネルギーを生産する→毎時間400エネルギーを生産する。
ランクアップに必要なマナ50。
マナが足りているのでエネルギー生産力をⅢにランクアップさせた。
これで二時間後にはフィッシングマスタリーを取得できる。
「スキルも振ったし竿も出来た。腹も膨れたし、第二ラウンドと行くか……お!」
そこで頭に電球が浮かんだ。
若干表現が古い様な気がしなくもないが、ともかく閃いた。
――昼と夜で釣れる魚、違うんじゃないか?
空腹感といったシステムが存在するのだから当然睡魔とかもあるに違いない。
そうなると夜釣りをする場合、眠くなって行けない何て事もあり得る。
少し早いけど宿屋で仮眠でも取っておくか。
そうなると姉さんと紡に一報送っといた方が良いな。
カーソルメニューの中からチャットの欄を選ぶ。
考えてみれば二人ともフレンド登録してなかったな。
『紡†エクシード』と入力してチャットを送る。
しばらくプルルルルと電話のシステム音みたいな音が耳に鳴り響く。
以前紡が電話と間違えていたがこれは間違えたのも分かる気がする。
「絆お兄ちゃん? なにかあった?」
「ああ、今日はもう寝ようかと思ってさ。一応連絡しとこうと思ってな」
「え、もう寝ちゃうの? 早くないかな?」
「いや、昼と夜で釣れる魚に差があるか調べたくてさ」
「そうなんだ。分かったよ。奏お姉ちゃんにはわたしから伝えておくね」
「おう、助かる。そういえばそっちはどうだ?」
「ん~普通に戦闘中」
「おいおい……大丈夫なのか?」
「あはは、五匹に囲まれてるだけだよ~」
「集中しろ!」
ブツッ!
乱暴にチャットを終了させた。
そういえば以前にもFPSをやりながら姉さんと話をしていた事があった。
同じ戦場に俺も居たものだから、ちょっとイラっと来たのは秘密だ。
しかも普通にキル率が一番高かったという嫌な結末まで付いている。
そもそもよくよく考えて見ればディメンションウェーブの参加権を手に入れてきたのは紡だった。五匹位なら本当にどうとでもなるのかもしれない。
……釈然としないが、宿屋でも探そう。
カーソルメニューから地図を呼び出し、宿屋を探す。
最初の街だけあってそこ等中に『ZZZ』などのマークが浮かんでいる。
その内の五店舗程良さそうな店を探す。
まあゲームなのでそんなに差は無いだろうが、店によって値段が違う。
最終的に安くも高くも無い中間の宿屋を選んだ。
「――一泊150セリンです」
店のオーナーと思わしき女性、これまたどこかで聞いた女性声優の声だ。
俺は150セリンを支払うと部屋の鍵をもらって部屋に向かう。
尚、宿屋は金さえ払っていれば24時間いつでも使えるらしい。つまり宿で一度休んだ後買い物に行く、なんて事もできる。まるで旅行に来た様な気分だ。
ともあれ俺は宿の内装を眺める。
客は一人もいない。まあゲーム開始初日にこんな早くから宿を取っている人は少ないか。
俺が調べた店の中では、まあ普通のホテルって感じだ。一番安い店だと壁にヒビが入っていた。どういう使用用途なんだろうか。
「ここか」
鍵に『101』という番号が書かれた鍵を鍵穴に差し込んで扉を開く。
部屋は普通の部屋だった。
リアルのホテルと比べると若干狭いが想像の範囲内だ。
俺はベッドに腰掛ける。俺の部屋のベッド位には柔らかい。
悪い言い方をすればホテルのベッドとしてはふかふか感が足りない。
まあ150セリンなんてはした金で止まれる宿だからな。
「……とりあえず寝よう」
服と靴を着たまま寝るのは生活習慣的に躊躇われる。
俺は靴をその辺に放り出し、服を脱いだ。
すると下着姿の幼女が。
――
――――
――――――
『おっとそれをはずすなんてとんでもない』
魔が差した。
答えだけ述べると下着より先にはなれなかった。まあ普通に全年齢のゲームでそんなやらしいシステム内蔵している訳が無いよな。
「ちっ」
別にそれ程気にしている訳では無いが半ば冗談みたいな舌打ちをする。どうでも良いが当初の予定通りベッドで横になる。これまた俺の部屋と同じ位の暖かさの掛け毛布を掛けて目を閉じた。
すると睡眠薬でも入っているみたいに眠くなってきた。
もしかしたらシステムとして眠り易くしてあるのかもしれない。
現実でもコレ位寝付きが良ければ楽なんだがな。
なんてぼんやりとした思考の中で考えていると、いつのまにか俺の意識は完全に途切れていった。