師弟関係
「では絆さん。どこからでも良いので来てください」
俺は現在硝子と対峙していた。
別に喧嘩している訳じゃない。以前心に決めていたプレイヤースキルを学ぶ為だ。
カルミラ島での生活は時間を作ろうと思えば思いの外作れるので、朝昼晩と一日三回手合いを取ってくれる事になっている。
何故一日三回にするのか尋ねた所、戦いに身体を慣らせるのは重要だが、身体だけで動くと後々悪い癖が付いてしまうらしい。
硝子曰く、頭と体が同時に動いて初めて型として成立するそうだ。
頭で考えて、体で実行する。
単純だが難しいこの動作を実現できて初めて硝子の様になれる、という話だ。
……思ったんだが、硝子って何かの武術とか現実でやっているよな。絶対。
「戦い方ってどんな方法でも良いんだよな?」
「はい。競技ではないのですから、勝ちさえすれば良いのです」
「わかった」
少々暴論だがディメンションウェーブは別に戦い方にルールはない。
ジャンプしても良いし、飛び道具を使っても良い。
俺は取得していないが魔法なんて物もあるのだからルールもへったくれもないよな。
ともかく距離を取っている俺は釣竿を硝子に向ける。
俺の所持する、遠距離武器として機能する装備は釣竿だけだ。
その近付かれるまで釣竿を使うというのはスキル構成からしてありだと思う。
「ヘイト&ルアー!」
カーブを掛ける形で右側からルアーを投げる。
これによって硝子は糸とルアーという制限を受ける為左から避けるしかなくなる。
もちろんジャンプなどの可能性も考えるが、俺のコントロールはルアーの方向を途中から変えられる。つまり避けられても一度に限り、追撃を掛けられる。
「絆さん。自分のいる位置は知っている事を前提に動いてください」
「くっ!」
ルアーの移動方向が硝子にバレており、ルアーの移動を逆にコントロールされた。
つまり硝子に当てるつもりがこっちに戻ってきた。
それを避けようとするも硝子がルアーと同じ速度で飛んでくる。
判断として釣竿を投げ捨てて開拓者の七つ道具をハンマーに変えて振りかぶる。
「その調子です」
振りかぶったハンマーをバックステップで避けた硝子が余裕そうに呟く。
勝てるとは思っていないが、せめて一度位は焦らせたい。
ハンマーを避けた硝子は直ぐに攻めてくるだろう。そうなると重いハンマーでは不利だ。
俺はハンマーを直ぐに小箱の状態に戻して、利き手である右手にケルベロススローターを持って構える。
次の瞬間、硝子が突撃して来た所に切り掛かる。
当然二つある扇子の片方で流されるだろう。これも予想済みだ。
左手に握っていた開拓者の七つ道具をドリルに変化させて貫く。
硝子はケルベルススローターとは別の扇子で流す様に受け止めるもガリガリという音が響いて、次の瞬間地面を引きずる様な音と共に硝子が俺の視界から消える。
「少し腕を上げましたね。絆さん」
左斜め後方から扇子が向けられていた。
要するに負けた。
「相手を褒めながら自分が勝つって、微妙に嫌味だぞ」
「師匠というのは得てしてそういうものですよ」
「まあ弟子が師匠を簡単に抜くとかマンガだけだよな」
「そうですね。ですが絆さんは私が教えた通り、頭で考えて体で実行しています。体得できれば私位にはなれると思いますよ」
半分はお世辞が入っているんだろうが、そうなると良いな。
ともあれ、現実では体力的に無理だと思うけど、身体の追い付くこの世界でなら考えた通りに動く事が少しずつだができる様になってきた。
そもそも硝子はいつもこんなに集中しながら戦っていたのかって感じだ。
この戦い方、会得できれば凄いとは思うんだが、精神的に疲れる。
まあ疲れない戦いなんて無いとは思うけど、一日三回なら可能だが、俺では常に維持はできそうにない。
「絆さんに助言をすると、相手を良く見る事です」
「見てはいるんだ」
「はい。ですが見ると言いましても、相手の全てを見るのです」
「全て?」
「全てです。爪の先から髪の毛の一本、体内を流れる血液の流れまで見通せれば……」
「見通せれば?」
「どうなるんでしょうね?」
おい……。
硝子が冗談を言うのは非常に珍しいのでビックリした。
「もちろん悪ふざけで言った訳ではありませんよ。私はその領域まで踏み込んではいませんが達人になると、そういう方もいるそうです」
「へぇ……」
どんな人間なのかは理解できないけど、硝子が言うのだから本当にそういう人がいるんだと思う。硝子は嘘とか言った事無いし。
まあ朝の訓練は終了したし、ペックルに指示でも出すか。
ストレスゲージが生まれてから休ませる必要が出てきたので、開拓が停滞気味だ。
しかし一日で蓄積するストレスの量から察するにカルマーペングーを倒すまではどんなに働かせても不良化はしなかったと思う。
おそらく、何かしらの条件を満たすまでロックが掛かっていたのだろう。
条件と言えば……。
「そういえば俺を探していたって言っていたけど、新大陸とか見付かったか?」
「いいえ。見付かりませんでした」
「そうか……中々難しいな」
「いえ、そうではなく。どの方向に船を進めても、ある程度進むと必ず嵐に巻き込まれて、帰らずの海域に辿りつくのです」
「……また迷ったのか?」
「それも違います。数時間程彷徨うと第一都市近辺の海域に戻ってしまいます」
さすがに俺がいない間に対策を取らなかったのは考え難い。
あっちにはアルトもいたのだから、RPGのお約束とかは考えたはず。
それでも何も見付からなかったと考えると……ペックルと同じく何か条件を満たしていない……要するにロックが掛かっている可能性があるな。
例えばディメンションウェーブが一定数完了しないと進めないとか、そういう感じだ。
で、俺達が参加したリミテッドディメンションウェーブはクリアした人間がカルミラ島を手に入れて、条件を満たすまでのサービスステージの様な位置付けだと考えると、普通とは違う異常行動、この場合海を目指してしまった人間への報酬とも考えられる。
第二波と時を同じくして硝子がこちらに来られたのもそういった理由があるからか?
わからない。
でなければ、カルマーペングーを倒せなかった場合のバランスが取れない。
おそらくアルト辺りを呼んでいた場合、カルマーペングーは今も森にいたんじゃないか。
憶測になってしまうが、合計レベルに応じて何か条件が解除される。
仮にその憶測が正しいとすれば、硝子は相当レベル……エネルギーが多い。
闇影の次にエネルギーが多いし、装備も良い。
……闇影を呼ばなくて良かったな。あいつを呼んだらシステムが牙を剥いた可能性もある。
例えばネオカルマーペングーみたいなモンスターに変異していたかもしれない。
まああくまで憶測でしかないが……今が安定しているなら良いとしよう。
「さて、ペックルダンジョンはどうなったかな?」
現在5匹のペックルが例のダンジョンを探索している。
最初ダンジョンに向かわせた3匹は2匹のペックルを連れて戻ってきた。
三角帽子とシスターベールをつけたペックルの2匹だ。
ペックルの分際で俺達よりRPGのパーティーっぽい、この5匹。
兜が戦士でインディアンが弓使い、スカーフが盗賊、三角帽子が魔法使い、シスターが僧侶……実にバランスの良いパーティーだ。
俺達のパーティーもこれ位構成が整っていればな……。
まあ俺が一番色物な気もするので間違っても口には出せないが。
「え~っと今回の報酬は?」
ペックルダンジョンはやる気が下がりやすく、ストレスが溜まりやすい。
正確には全個体のやる気が0%になった段階でオート帰還するか、何かを発見して自発的に帰還するかのどちらかだ。
今までの傾向だとペックルダンジョンでは新しいペックルが発見されていた訳だが。
紙切れ?
倉庫完成後はペックルが獲得したアイテムは倉庫に入る様になっている。
単純に食物や肉、魚といった類の品が膨大なのが理由だが、施設運営で使う場合もある。
そういう訳で俺は硝子と一度別れて倉庫に来ていた。
ちなみに硝子は島を探索している。
一応俺も目を通したが百聞は一見にしかずと言わんばかりに自分の目で調べたいそうだ。
「これか……設計図?」
紙切れには何やら建物の絵とその作り方が描かれている。
見た感じ病院をデフォルメした様なデザインだ。
アイテムとして使ってみると、こう表示された。
――施設ペックル病院を建設できるようになりました。
簡易的に施設効果が表示されているので見てみる。
ペックル病院。
怪我をしたペックルやストレスを溜めたペックルの介護をしてくれる。
全個体に与えるストレスの増加量にマイナス補正を発生させる。
施設レベルが上がる毎にマイナス量が増す。2レベル毎にやる気にも影響を与える。
尤も使われる薬品については秘匿されている……。
なんだ? 最後の一文は。開発者は何を意図してその説明文にしたのかは知らないが、ブラックジョークか何かだろう。
ともあれ、ペックル病院を建設するとストレス増加を抑えられるみたいだ。ローテーションに影響が無いかを確認した後、手の空いているペックルに建設を命じた。
こんな風にペックルダンジョンから設計図を拾ってくるんだな。
尚、この病院を建設するには今までと違い鉱石が必要らしい。
鉱石はペックルが採掘をする事で倉庫に溜まっていく。
現状しょぼい……というか銅や鉄ではなく、島限定の鉱石が多い。まあ銅や鉄が大量に手に入ったら、カルミラ島を手に入れたプレイヤーが有利過ぎるからな。
ちなみに俺がドリルで採掘すると稀に銅や鉄が出てくる。
100個に1個位だけど。
さて、そろそろ釣りでもしているか。などと考えていると硝子からチャットが届いた。
珍しいな、と思いながらチャットに出る。
「どうした?」
「私だけ教えるのは不公平かと思いまして、一度教えて頂きたい事があったんです」
「なんだ? 俺が教えられる事ならなんでも答えるぞ」
「では、釣りについて教えて頂けませんか?」
こんな感じで、俺一人だった生活が二人に変わっていった。