帰らずの海域
「さて、これからどうするか、だ!」
事が起こって翌日。
俺達全員は水浸しの濡れ鼠状態となりつつもどうにか船の上にいた。
要するに嵐に巻き込まれ命からがら生存した、という状況。
結果として船はどことも分からない……地図上で、方向すら機能しないという最悪の状況にいる。更に沖から離れすぎているのか帰路ノ写本まで使えない。
地図表示で分かるのはこのマップが『帰らずの海域』と表記されている事だけだ。
「死に戻りするというのはどうだい?」
「アルト、貴様俺達がスピリットである事をわかって言っているな」
「そんな事はないよ」
飄々とした顔で軽く流しやがった。
最悪の手段としてはしぇりる、紡、アルトは死に戻りは可能だ。
しかし俺達スピリットは少々厳しい。
「死んじゃう位ならこのまま進もうよ! 戻ってデスペナ受けるより、進んでデスペナ受けた方が良いとあたしは思うな~」
パーティーに加わってから常時機嫌の良い紡はニコニコ顔で言った。
持ち前の性格からか、闇影やしぇりるとも颯爽と打ち解けた紡。
話している内に、何故か誰よりも冒険心を刺激されて海、海、海と騒ぎ、毎朝就寝中の俺へのしかかりを掛けてくるに至っている。
この言動についてだが、元々紡はRPGがそこまで得意じゃない。
MMOなど、特にVRと付くゲームは結果としてアクションRPGになってしまうという弊害がある。
実際にゲームに入り込むのがVRの特徴であるが故に、どうしてもアクション要素が付く物が多い。そうなってくると紡は途端に上手くなるが家庭用RPGだと低レベルクリアでも目指しているのか、と思う程次へ次へと進む。
まあ後ろで見ている分には面白いのだけど……元々好奇心が旺盛な所があるからな。
「……元々どっちが前か後ろか分からない」
「あれだな。迷いの森とか、無限砂漠とか、RPGだと定番だがそれに近い感じか?」
「……そう」
「しかし驚いたね」
「そう」
「いや、僕はまだ何も言っていないんだけど……」
「そう」
「絆、彼女の翻訳を頼めるかい?」
しぇりるのコレに俺達は慣れたが、初対面のアルトじゃ厳しいか。
どうでも良いが、なんで俺がまとめ役みたいなポジションになっているんだ。
「それで何が驚いたって?」
「うん。僕は絆の言っていた海云々を半分……七割方信じていなかったんだけどね。現状を見て考えを改めようと思ったんだ」
「それは何故でしょうか?」
「絆も話していたけど、迷いの森や砂漠みたいなフィールドって昔のRPGでは一般的だと僕も思うんだ。それで、大抵はそういう場所をクリアすると次のマップに行けるとか、伝説の剣とかが手に入ったりするじゃない。もしかしたら絆の話の何割かは本当かもしれないってね」
概ね同意見だ。
俺の知っているゲームだと一度はプレイヤーを困らせる通過マップ、後半に物語を進める為のキーアイテムが眠っている、というパターンもある。
攻略本でもあれば良いんだが、生憎とディメンションウェーブはβテスターがいない。
そうなると手探りで帰らずの海域を探索せねばならない。
どちらにしても海を越える場合、行く事になるのだから。
†
そうして帰らずの海域を彷徨う事となった俺達だが。
「紡さん、闇子さん!」
「むふー!」
「承知でござる!」
ブレイドマーマンとスカイレイダーなる水系と鳥系の、どう見ても生態系が違うだろうってモンスター群が連携攻撃を仕掛けて来ていた。
それに対する我等が戦力。
扇子の派生武器である両手持ち……左右の手に扇子を持った硝子。
特化に進んだ戦鎌の紡。
相変わらずドレインオンリーの闇影。
この三人が対峙する。
ディメンションウェーブ第一波で活躍した二人がいるのだから絶対安心かと思いきや、敵も強い。おそらく海域に流された影響で適正より上の敵と戦っている。
少なくとも俺が相手するにはエネルギーが大幅に足りないな。
「輪舞一ノ型・回撃!」
両方の手に握られる扇子が開き、硝子は舞うかの様に一回転。
狭くはあるが全方位攻撃なので背後の敵にも攻撃が命中する。
確か輪舞の概要説明は……充填時間の大幅増加と防御能力を低下させる代償にスキルと通常攻撃の威力が高くなる、だったはず。
以前が防御必殺タイプだとするなら、攻撃必殺タイプって感じだ。
説明通り以前使っていた乱舞系とは違いチャージ時間が大幅に延びたがその分威力が高くなっている。使い始めてまだそんなに時間は経っていないので断言はできないが硝子には輪舞の方が合っている気がする。
なんというのか、硝子は受け止めて防ぐより避ける方が向いていると思うんだ。
ケルベロス戦アクロバット的な意味で。
尚、先日……光のルアーを買った日だが。
硝子の新たなリアルスキルが判明した。
なんでも硝子は利き手が両方……両利きらしい。
文字を両方の手で書きやがった。
硝子さんマジパネェッす。
冗談は置いておくとして。
考えてもみれば双剣とかゲームではありがちな設定だがVRゲームだとやはり利き手の剣の方が上手く動かせるのだろうか。
もちろん、スキルはシステムが勝手に動かしてくれる。だが通常攻撃は別だ。
利き手は反射動作される手の事だから脳と関わりがあると考えられる。
詳しくないので予測になるが、脳と関わりがあるとすればやはり利き手もゲームをする上で重要な才能の一つになるはず。
そういえば昭和を懐かしむテレビ番組で左利きは独楽の対戦で有利だったと聞いた事がある。
他にもスポーツでは右利き選手と左利き選手は違うとも聞く。
具体的には科学の塊であるVRゲームでそれが該当するかは不明だ。だが、現実と差の少ないこの世界において利き手は意外にも重要かもしれない。
まあ今は関係ないか。
ちなみにどうでも良い補足だが、俺は平均的な右利きだ。
「彼女、第一印象と大分違うんだね」
「アルト? こんな所にいると殺されるぞ?」
「……気をつけるよ」
「で、硝子の何が違うって?」
「第一印象だよ」
確かに硝子は普段話している時は、物腰が柔らかく話し方も丁寧なのでキャラクター外見と一致していると思う。
しかし結構考えている、というか見た目よりも暴力的な所はあるな。
ディメンションウェーブの時も防衛より攻めを提案していた。
……生まれる時代と性別間違えたんじゃないか?
戦国時代とか三国志に生まれたら武将とかやってそうだよな。
「そういえば絆はやっぱり以前手に入れた媒介結晶を使っているのかい?」
「……店売りだが?」
――媒介石。
NPCの店で売られている媒介石は一つ特殊効果が付与されている。そしてシールドエネルギーという他種族でいうHPに該当するゲージが付属している。
このシールドエネルギーはHPと同じく自然回復する効果もある。
唯あまり数値自体は高いものではなく、低い物だと50、一番高い物でも1000。
シールドエネルギーの低い物は特殊効果が優秀で、高い物は貧弱というありがちなバランスだ。どれを使うかは個々人の好みと言った所か。
闇影なんかは闇魔法威力%アップとか付けていた気がする。
俺は中途半端なスキル構成なのでマスタリー系ランクアップを使っているけど。
「ほら、僕等が出会った頃……もう一月位前になるのかな。空き缶で稼いでいた時に、話していたじゃない。媒介結晶って」
あーあったな。そんなアイテム。
アイテム欄をごちゃごちゃ詰め込んでいるので忘れていた。
俺はカーソルメニューからアイテム欄を選択して探してみる。
色の入っていないやや灰色染みた結晶石。
これは未鑑定という意味か。
「あった。これか」
「まだ未鑑定だったんだね」
「実装前に手に入れたアイテムじゃな……」
実装とは言っても事前に搭載されている追加システムみたいな物だからな。
きっとこれからも装備できないアイテムとか出てくるのだろう。
「まあそういう事なら鑑定してあげようかい? 職業柄アイテムを触る事が多くてね。鑑定スキルの熟練度は高いつもりだよ」
「良いけど、金は無いぞ?」
光のルアーに限らず、リールや料理スキルに使うアイテムを購入したら底を尽きた。
特に媒介石が高かったが……鑑定して優秀なのが出たら無意味に……。
「君は僕の事を金の亡者とでも思っているのかな……」
「違うのか?」
「違うよ! それ位サービスするよ」
「それはすまなかった。じゃあ頼む」
未鑑定媒介結晶を渡すとアルトは虫眼鏡……ルーペ? を取り出した。
そして『アイテム鑑定』と小さく呟くとルーペが淡く輝く。
すると結晶が黒に限りなく近い、深い青色に変わった。
「うん。釣りで手に入った媒介石って感じだね」
「俺にとっては釣りと解体が唯一の長所だからそれで良いんだよ」
受け取ると実験に装備してみる。
装備というか、魂を移すと表現した方が風情はあるか。
システム上、寄り代とする器だからな。
初級媒介結晶。
シールドエネルギー700/700。
フィッシングマスタリーを二段階ランクアップさせる。
夜間に生息する魚に与えるヘイトを上昇させる。
特殊効果が二種類だ。
シールドエネルギーは高い方か? 微妙だ。
しかし店売りの方は媒介石だったが、媒介結晶なんだな。
多分、スキルの付いている数で名称が変わるのだろう。
「ともあれアルト、ありがとな」
「君からはいつも儲け話しかこないからね。これ位ならいつでも言ってよ」
こんな感じで初めのうちは船旅を楽しんでいた。