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死の商人

「密航者でござるー!」


 紡がパーティーに加わってから三日間……陸と海を行き来して俺達はレベル上げに勤しんでいた。

 そしてまたタイミング悪く船内から闇影が叫んだ。

 ちなみに俺達が事に至る原因まで残り数時間。


「ち、違うんだ!」


 密航者のAさん。職業、死の商人。年齢、不詳。

 相変わらず死の踏み切り板を実践している四人組……紡も加わった――が、Aさんを突き落とそうと板に乗せて棒で突いている。

 下には何故か、死の踏み切り板が始まると現れるサメが三匹グルグル回っていた。

 これってそんなに楽しいか?


「で、Aさん……じゃなくてアルトレーゼさんは何をやっているんだ?」

「なんで他人面? いいから助けてよ!」

「俺は釣りで忙しいの!」

「この外道! 頼むよ! 友達でしょ!」

「冗談だよ。別に殺したりしないから」


 そもそも海に落ちた所でデスペナルティを受けて、セーブポイントに戻るだけだろうに。

 あれか、VRゲームにありがちな再現過剰による恐怖か。

 確か、Z指定のVRゲームで殺人再現できるとか、なんとかで一時期社会問題になったが、あれに近い感じかもしれない。


「む、絆殿の知り合いでござるか……」

「そこ、なんで残念そうなんだよ」


 この板には俺にだけ掛からない中毒性でもあるのかもしれない。

 ともあれ、何故アルトが密航していたのかを訊ねる。


「それで、どうして密航なんてしたんだ?」

「うん。絆が言っていたじゃないか、海に突き落としたって。あれから気になって海について調べたんだけど、船を作っている人はほとんどいない事を知ったのさ」

「結果、密航か?」

「僕はお金の為なら、なんでもする!」


 いや、そんな胸を張って宣言されても困るんだが。

 金の亡者と化したアルトを海に突き落としたい衝動を堪えながら聞く。

 俺達が海を活動範囲としている事を密かに知ったアルトは例の噂、数日前鎮火したシージャック犯の噂の中に嘘と真実が混ぜられているのではないか、と調査に乗り出した。

 本当、金の匂いを嗅ぎ付けて来る奴だ。


「それが真実であったとしてアルトレーゼさんはどうするのですか?」


 硝子が真剣な面立ちで訊ねる。

 まあ俺以外はアルトと初対面だから分からないと思うが、俺は分かる。


「僕にも一枚噛ませて欲しい!」


 アルトはこういう奴だ。

 俺の知っている話では、アルトは敵対同士のパーティーへにじり寄り、武器とアイテムを手配する様な輩だ。

 味方に付ければ心強いが、必ずしも味方とも限らない。

 儲けが減ったと見るや海での効率などの情報を売るからな。

 客層は前線組から製造組、果ては生活組まで幅広い。

 噂を流されればあっという間だろう。

 下手に断れば何があるか分からず、味方に引き入れても何があるか分からない。

 困った奴だ。

 まあ、それなら味方に引き入れるが。


「わかった。だが、海は釣れる種類が増えるのと、モンスターが陸地と違う位だぞ」

「クロマグロやタイだね。後、ブレイブバートやブルーシャークの素材アイテムか……」


 話してもいないのに生息モンスターなどを言い当てられる。

 ある程度裏を取ってから来ていると考えるのが無難か。

 アルトは口元に手を当てて作った様な素振りを見せる。


「解体武器……人のいない場所……経験値……流通量……スピリット……」


 闇影が心配そうに俺の方を見た。

 残念ながらその行動が既に答えを言った様なものだぞ。


「まあ最初から知っていたんだけどね」

「って事は俺以外にも知っている奴が?」

「僕の知る限り絆を入れて三人かな。実際はもっといると思うけど、解体武器ってだけで外された子は多いからね」


 彼等を取り入れて秘密協定を結び、買い取り、必要としている人に高値で売る。

 死の商人がしそうな手口だ。

 しかし意外なのは解体武器の真実を公開して評価を上げなかった事か。

 真実が公になれば解体武器はパーティーに一人は必要になる人員となる。

 そうなれば日の目を見られるというのに誰も公表しないのには納得がいかない。


 ……一つ、あるとすれば。

 俺はアイテム欄に入っているケルベロススローターを思い出す。


 ボスモンスターの死体を誰もいなくなってから解体すればあるいは……。

 仮にこの案を実践するとすれば俺なら潜伏スキルを取得する。もちろん、闇影が以前使っていた様な低レベルではなく、足音が立たない程度熟練度やレベルを上げた奴を。

 なるほど、ケルベロススローターを手に入れた時、思ったからな。


 ――これだから解体武器はやめられない。


 まあ良い、ここまで知られている現状、隠す必要性がない。


「しぇりる、どうする?」

「……絆にまかせる」

「わかった」


 海の可能性について一度は断っておきたかった。

 独断で決めると後々面倒だからな。


「アルト、ある事無い事話すぞ」

「ある事ない事かい?」

「ああ。海はおそらく新大陸への航路だ。敵の強さから本来は第一大陸を攻略してから進むのが正規ルートだが、船を作れたから先に進んでいる。硝子がディメンションウェーブで活躍したのは手に入る経験値が陸より多いからだ。だから、海を越えれば良い装備が手に入る」


 半分以上都合の良い嘘を言った。

 確実な情報ではないが、可能性としてはこんな所か。

 当然ここまで都合の良い話だとは思っていない。

 無論、何かあると睨んでいるのは確かだ。

 夢やロマンで海を越えたいという欲求の方が強く、道楽で終わるかもしれない。

 それでも投資するというのならアルトは信用できる。

 ……例え他意があったとしてもな。


「さて、商人アルトレーゼはこんな夢物語に投資するか、否か」

「もちろん、投資するよ」

「いやにあっさりだな」

「勘違いしないでほしい。僕は絆、君の空き缶を金に変えた目を信じているんだ」


 凄く期待されているみたいだが、アレは偶然に過ぎない。

 まあ今更偶然だと言った所で無意味だろうし、異論は唱えない。

 しかし……アルト、この一ヶ月で少し世界に染まったんじゃないか?


「まあ死の商人が投資してくれる事になったのは良いが、これからどうする?」

「誰が死の商人だい。ダメージキング」

「俺をダメージキングと呼ぶな!」

「喧嘩はいけません! 普段通りが良いのではないですか?」


 こんな感じでアルトを引き入れたまでは良かった。

 というか、ここまでは何もかも上手く周っていた。


 ……そう、東の空に浮かぶ黒い雨雲さえ除けば。


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